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ライフスタイル最終更新日:2017.07.12 公開日:2017.07.12

第9回 旅の途中、甘いお煎餅で一休み ●平治煎餅

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名古屋から伊勢に向かうと、三重県の主要な町を次々と通ります。桑名、四日市、鈴鹿、津、松阪。
今回は、その行程の半分と少し過ぎた辺りにある、津市のお菓子屋さんを訪ねました。
津駅周辺から伊勢街道を南下、安濃川を渡ってしばらく行った大門という地区に、平治煎餅本店があります。2年前に建て替えたという本店は、新しいとはいえすっきりとして、昔からそこにあったような佇まい。店名にもなっている「平治煎餅」をはじめ、十数種類のシンプルなお菓子が並んでいます。

私が平治煎餅を知ったのは、この津市を通って伊勢に旅した時。観光客で賑わうおはらい町の土産物店に並んでいる、直径5cmほどの小さな菅笠の形をしたお菓子を見つけました。卵の風味がある、香ばしく甘いお煎餅はよく見かけますが、形の可愛らしさと生地の軽さが好ましく、伊勢に行く度に買うお土産となりました。
平治煎餅本店の創業は大正2年、今年で104年になるそうです。大中小と大きさは3種類あり、どれもユーモラスな姿。煎餅とはいえ、クッキーの仲間と言える甘い卵煎餅は、遠く遣唐使の時代に伝わったとされる歴史のあるお菓子だそうです。

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甘いお煎餅のルーツ

平治煎餅のようなお菓子を、一般的には何と呼ぶのでしょう? 小麦粉に卵や砂糖を加えた生地を意匠をほどこした型に流し、両面から加熱して焼き上げる甘いお煎餅は、誰にでも馴染みがあり、よく知っているようで、呼び方がはっきりと決まっていないところもあります。
お店によっても表現は様々。いわゆる米粉の塩煎餅と違って、卵や砂糖を入れるためか、贅沢煎餅と名付けていたり、小麦粉に砂糖という組み合わせが意外に洋風で洒落ていた(?)ところからか、ハイカラ煎餅という名前が付いていたりと、原形は同じでもその単純な生地をいろいろな味に工夫しているように見えます。

平治煎餅本店の4代目、伊藤博康さんにお聞きすると、大元(おおもと)をたどると唐菓子(からくだもの、とうがし)がルーツだと言われているとのお話でした。粉に砂糖を混ぜて焼いたり揚げたりのお菓子は、奈良時代に日本に入ってきてから、日本風のお菓子が始まったと言えそうです。甘みはいつの時代も貴重なもので、自然素材の甘みだけだったのが、そこから劇的に変わっていったのでしょうね。神饌(しんせん)菓子が、やがて広く楽しめるものになっていった様を見てみたい気がします。
お煎餅と同じく、お団子も唐菓子がルーツだそうで、奈良に始まって江戸時代に急激に庶民のものになって進化した和菓子の、元になったもののひとつがこの甘いお煎餅でもあるわけです。
分類すると、塩煎餅に対して卵煎餅、と書かれることが多いようですが、それは洋菓子においても、小麦粉に砂糖や膨張剤を入れ、卵が入るかどうかで全く別ものになることを考えると、卵の存在は大きいのだと思います。

特徴はもうひとつあります。洋菓子のクッキーやビスケットとの大きな違いは、基本的に油脂を加えないこと。卵は入れても、バターなどの油脂が入らないことで、和菓子の域に留まってきたのかな、などと思いました。和菓子と言われるものでも、最近は洋風の原材料を使っているものも多く、境目があるようなないような。パスタも和風にする日本人らしいとも言えます。
いくらでもアレンジ可能なお菓子ですが、昔から変えずに作られるものを残すことも重要。卵煎餅は、その代表のひとつである気がします。
そんな平治煎餅は、何といっても形が可愛らしく、平治煎餅本店の新しい店舗(とはいえ、渋い佇まい)の喫茶室では、アイスクリームに乗せられて供されるようです。味がシンプルだから、チュイールやウエハースのような食べ方もできるというわけ。可愛らしさも加わると思います。

12~13種類のお菓子を作っているという平治煎餅本店ですが、長年の煎餅製造から派生してきたような焼き菓子が多く、茶色く香ばしいものがほとんどなのも面白いところです。
その中で、平治煎餅の親戚(?)ともいえそうな卵煎餅のシリーズ「平治のお好み」は、どれも香ばしくおいしいお菓子です。菅笠が棒や丸の形になっただけでも印象はかなり変わるものですが、原料は砂糖、小麦粉、卵をベースに、ちょっと洋風、和風のアレンジが加えられていて、バターや味噌、ナッツなどの風味が生かされています。こちらはたくさん種類があり、軽いお土産にとてもいいお菓子だなと思いました。

どこのお菓子屋さんでも、最近は生菓子以外はオンラインで販売することも多いですし、私たちはじっとしていてもかなりのものを手に入れることができて便利で楽しいのですが、その反面、ひとつのお菓子が生まれた土地に出かけてこそ、とも思います。
ちょっと可愛らしく、ユーモラスな形の平治煎餅は、その昔母親のために神宮御用の禁漁区から「ヤガラ」という滋養に溢れた魚を獲ったためにお咎めを受け、阿漕浦沖に沈められた、漁師の平治を題材にした謡曲に因んだお菓子。
「ヤガラ」を知らなければ、どんな魚なのかを知るきっかけにもなります。「津」がどんなところなのかを知り、伊勢に続く海岸沿いの風景や、かつては伊勢参りの前に「津観音」にお参りして向かうのが通常のコースだったということを知ったのも、甘く小さなこの菅笠がきっかけ。お菓子を入り口にして土地を知るのは、何とも愉しいことです。

→次ページ:立ち寄りたくなる町、「津」

立ち寄りたくなる町、「津」

さて、最後に興味深いお話を。名古屋の食べ物として有名な「味噌カツ」そして「天むす」。これらのルーツは、津にあるそうですよ。そもそも、お菓子屋さんの多い津地方ですから、アイデアに溢れた人が多かったのでしょう。発祥はこのあたり、それをうまく商売にしたのが名古屋人、というところでしょうか。
津の海も魅力的です。潮干狩りや立て干し(海に竿を立て、網を張って引き潮の時に魚を手づかみする)は、遠浅の御殿場海岸の風物詩とか。夏休みの風景が目に浮かぶようです。
松阪牛を専門に扱うお店、三重県立美術館、津偕楽公園、津観音お城公園など、伊勢への道中、昔そうであったように、津に立ち寄ってみるのはいかがでしょうか。

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平治煎餅本店。昔からシンボルになっている、いい味わいの菅笠や看板が、店内に飾られています。

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煎餅の型。長年使われているもの。大きなサイズは、生地を平らに焼いて形を作るそうです。

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お店の奥には、落ち着いた喫茶室があります。平治の逸話に登場する「ヤガラ」が菓子皿に描かれていました。

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いろいろな大きさの平治煎餅、「平治のお好み」はバラエティに富んだ風味がたくさん。その他のお菓子も、香ばしく揃っていました。

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箱入りを買うと、可愛らしい風情の包装紙に包まれています。平治の話に登場しそうな魚と菅笠と網と櫂。

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上は、筒状にパッケージされた小さな平治煎餅。伊勢の土産店で最初に見つけたものです。サイズの大きなものは、手仕事の素朴さと美しさが詰まっているような雰囲気です。右下の白い菅笠は、平治最中。皮は白く仕上げてあります。これも可愛らしい。

●平治煎餅本店 三重県津市大門20-15
℡059-225-3212 【営】9:00~18:00 【休】水曜
平治煎餅小笠540円~

写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。新刊『食べ方帖』ほか著書多数。

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