俺の彼女は超アムロ!? 日産の愛すべき“なんちゃってRV”「パルサー・セリエS-RV/ルキノS-RV」を振り返る【世界の名車・珍車図鑑】Vol.22
歴史に名を残した名車・珍車を紹介するコーナー。今回は日産「パルサー・セリエS-RV/ルキノS-RV」が登場!
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世に名車といわれるクルマは数あれど、ひらがな発音は同じだが意味はまったく逆の「迷車」ないしは「珍車」といわれるクルマたちも、130年以上におよぶ自動車史においては少なからず存在している。
でも迷車・珍車と呼ばれるクルマには、不思議な魅力があるのも事実。それぞれにコアなファンがいたりもするようだ。
そこでKURU KURAでは、歴史に名を残した迷車・珍車をご紹介するコーナーを企画した。
今回取り上げるのは、かつて一大ブームとなった「RV」の人気に便乗を狙ったかのようなクルマ。日産「パルサー・セリエS-RV/ルキノS-RV」をご紹介させていただくことにしよう。
日産 パルサーセリエ S-RV|Nissan Pulsar Serie S-RV
現代の“クロスオーバーSUV”とは似て非なるもの……?
バブル期に端を発する国民的スキーブームやアウトドアブームにしたがって、1990年代のわが国では「三菱パジェロ」をはじめとする本格的クロスカントリーカーの台頭から、いわゆる「RVブーム」が旋風を巻き起こしていた。
RVとは「レクリエーショナル・ヴィークル(Recreational Vehicle)」のイニシャル。現在では「SUV(Sports Utility Vehicle)」という呼称に取って代わられた感もあるのだが、実際のところはSUVもRVの一カテゴリーである。当時のRVは、現代でいうSUVやミニバン、時には当時人気の高かったステーションワゴンまでも含めた、レジャーのための荷物をたくさん積めそうなクルマ、あるいはアウトドアが似合いそうなクルマという、かなりザックリとしたジャンルだったのだ。
そしてこのブームに乗り遅れまいとしたのか、本格的なSUVとは対極にあるような、いわば即席RVのようなモデルが、日本のメーカーから複数デビューしていたことをご記憶の方もいらっしゃることだろう。
日産 パルサーセリエ S-RV<オプション装着車>
たしかにRV的なクルマの本場アメリカでは、既製のセダン/ワゴンをベースとする4WDオフローダーで、現在では確たる一ジャンルとなっている「クロスオーバーSUV」の先駆者とも称される「AMCイーグル」が、遡ること十数年前の1980年から存在していた。
いっぽう日本では、1995年にスバル二代目「レガシィ・ツーリングワゴン」の最低地上高を200mmまでリフトアップした「グランドワゴン」が登場し、同じくスバルの「インプレッサ・スポーツワゴン」でも、高性能版WRXをベースに、最低地上高を30mm高めて185mmとした「グラベルEX」なるクロスオーバー的モデルを設定している。
とくにレガシィ・グランドワゴンは、のちに「ランカスター」から現在の「アウトバック」へと進化。さらには、アウディやメルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲンなどのドイツ車にも類似したコンセプトと成り立ちのフォロワーが生まれるなど、クロスオーバーSUVの先駆者として称賛されてしかるべきだろう。
でも、今回の主役として取り上げさせていただいた日産「パルサー・セリエS-RV/ルキノS-RV」は、クロスオーバーSUVとは似て非なるものだったのだ。
日産 ルキノ S-RV<オプション装着車>
コンセプトは迷走していたのかもしれないけれど、ちょっと愛おしくも……
パルサー・セリエS-RV/ルキノS-RVは、サスペンションの大幅な強化・改造でロードクリアランスを上昇させるという、オフロード走行には必須のデバイスを施すわけでもなく、タイヤもスタンダード版と同じ夏タイヤのまま。
前後のバンパーおよびボディ下半身をシルバーメタリックとする、当時のRVでは定番のデュオトーンで塗装し、ルーフにはキャリアを載せるためのレールを設置。そして極めつけは、フロントエンドに「カンガルーバンパー」と呼ばれたガードパイプを取りつければ出来上がり! というような、今になって思えばいささか安易にも感じられるモディファイのもと、商品化されてしまったクルマだったと言わねばなるまい。
1996年8月に発売された日産パルサー・セリエS-RV/ルキノS-RVは、同時代の日産パルサーの5ドア版「パルサー・セリエ」をベースとし、日産サニー店で販売される車両は「サニー」ではなく「ルキノ」ブランドとされた。1.5Lおよび1.8L版が用意され、前者はFFがデフォルトながら4WDも選択可能。後者は4WDのみだった。
日産 パルサーセリエ S-RV|Nissan Pulsar Serie S-RV
フロントバンパーにカンガルーバンパーを融合させたような、ちょっといかつい形状とし、リヤのハッチゲートに背面スペアタイヤを括りつけるオプションを用意してはいるものの、特にベーシックグレードでは前後とも175/70R13といういかにもか細いタイヤもあって、なんともアンバランスな即席感がぬぐえない。くわえて、のちに走り志向のFF専用車「1600VZ-R」や2.0L・4WDの「エアロスポーツ」なども追加設定され、もとより曖昧だったコンセプトがさらに迷走してゆくことになる。
しかもデビュー当時に放映されたTV-CMは、クルマそのものの魅力を高らかにアピールするよりも「俺の彼女は超アムロ」なる名(迷?)キャッチコピーとともに、当時人気絶好調だった安室奈美恵さんがウインク……! という、当時ギリギリ20歳代だった筆者とて、とうてい理解しえないものであった。
それでも、2輪駆動のSUVなど珍しくもなくなった2020年代の眼で見れば、1990年代のRVブームになんとしても遅れをとりたくないと奮闘した当時の作り手たちの気持ちも、あながち理解できなくはない気がする。
あの時代の日産は、まだトヨタと国内シェアNo.1の座を争ういっぽう、RV時代の寵児である三菱や、パルサーにとっては絶対的なライバルである「シビック」ファミリーを擁するホンダが、虎視眈々と日産の背後を狙っていた時代である。最小限の開発コストで、通常のパルサー/ルキノ(サニー)と同じラインで量産できるRVというアイデアが魅力的に感じられたのは、むしろ当然のことだったのかもしれないのだ。
S-RVには「SR18DEエンジン」を搭載。最高出力125PS/6000rpm、最大トルク16.0kgm/4800rpmを発生させる。後に新開発の1.6L「SR16VE(NEO VVL)」を搭載したVZ-Rも追加設定された。
その成果として、1.5L前輪駆動のベーシックグレードでは、同時期に同じく日産から発売されていた正真正銘のクロスオーバーSUVの先駆け「ラシーン」の廉価版たる「タイプI」よりも10万円ほど安価な、車両本体価格147万9000円というリーズナブルなものとすることにも成功。
当時の街中では意外と目にする機会も多かったことから、一定の商業的成功も得られたと記憶している。そしてなにより、こんなクルマの存在が許された1990年代という緩い時代が、ちょっと愛おしくも感じられるのだ。
蛇足ながら、パルサー・セリエS-RV/ルキノS-RVが生産を終えてから5年後にあたる2005年に、日本から遠く離れたドイツに生を受けたフォルクスワーゲン「クロスポロ」は、前輪駆動の小型ハッチバック車である4代目「ポロ」をベースに、わずか20mmだけリフトアップしたサスペンションと、この時代のSUV風ディテールを盛り込んだ内外装の設えとしたモデル。言ってしまえば、日産S-RVの後輩的存在である。
それが欧米はもちろん日本でもヒットし、5代目ポロ時代まで継承。現行型のコンパクト・クロスオーバーSUV「T-Cross」に吸収されるかたちで2019年に生産を終えるまで、総計14年にもわたって人気を保っていたことを思えば、その先輩たるパルサー・セリエS-RV/ルキノS-RVのコンセプトは時代を先んじていた……? というオプティミスティックな見方も、ある意味成立するかもしれないと考えるのである。
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