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最終更新日:2017.04.12 公開日:2017.04.12

第6回 阿波の国にてたおやかな鹿と出会う ●澤鹿(さわしか)

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今まで四国は高知県しか知らなかったので、今回は初の徳島県でした。阿波踊りと鳴門海峡、金時芋に半田そうめん、鳴門わかめ、和三盆糖。よく知られたものがたくさん思い浮かびます。
実は何度も食べているものが2つあります。まずは阿波尾鶏。この質のいい鶏肉は、東京でも割合よく見かけます。そして、小豆と山芋の蒸し菓子である「澤鹿」です。徳島出身の友人が帰省する度に送ってくれたのがこのお菓子で、徳島は知らねど鹿の姿を表した優しげな銘菓の味わいは、何度も楽しんでいたというわけです。
澤鹿は、あんと卵の生地を蒸した浮島と、山芋と卵白の生地を蒸した軽羹の間にあるようなお菓子です。蒸し菓子ならではの、しっとりとした湿度のある生地は、薄い小豆色の中に大納言の粒が散っています。澤鹿を主に作る澤鹿文明堂4代目主人の近藤竜也さんは、京都で修業後、先代とともに澤鹿の製造に携わって、今までに和三盆糖を生かした独自のお菓子を作られています。お茶席のお菓子に注文される方も多いらしく、幅を2等分して切り分けることもあるとか。どんな切り方をしても風情のあるお菓子です。

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澤鹿と力強い文字で書かれた巻紙には、親子と思われる鹿が二頭。水面に映る鹿の姿を想像すれば、このお菓子の柄も納得できます。
蒸し菓子は、日本のあちこちに見られる伝統の製法で、お饅頭を筆頭にかなり素朴な蒸しパン的な郷土菓子まで、お馴染みの和菓子は蒸して出来上がっていると言ってもいいくらいです。あんの風味を蒸して生かすのが、浮島と呼ばれるお菓子ですが、出来上がりがふんわりとして、中に茹で小豆などを入れても美味しいので、私も作るのがとても好きなお菓子です。
この澤鹿は、浮島の美味しさに薩摩菓子の軽羹のように、すりおろした山芋を加えて、さらにしっとりとした生地に仕上げています。山芋を生地に加えると、ほのかに山芋が香ったり、生地がより保湿されるだけではなく、山芋独特のぬめりのある食感が加わって、それが個性になっていると思います。
個性と言うと、何かアクセントのように強調されたもののように思えますが、このお菓子においてはちょっと違います。飛び抜けた何かではなく、全体が一体となった中にふと感じるもの。大納言の粒も含めた生地全体のハーモニーというのか、食べて感じる材料の調和が、ずっしりとボリュームのある澤鹿を飽きずに繰り返し食べたくなる理由のようにも思えます。

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まずお菓子を知って興味を持ったなら、次は訪ねて行きたくなります。どこで買っても同じものなのですが、いつも気になるのは、どんな佇まいのお店でどんな家族が作り商いをしているか、ほかにどんなお菓子を作っているのか。一つのお菓子は、その背景を全て表しているからです。そんな興味から、徳島駅から少し離れたところにある「澤鹿文明堂」を訪ねました。
想像通りの控えめな店構え。小ぶりなケースにいろいろなお菓子が並んでいます。
4代目は京都で修業されただけあって、どこか京菓子の風情もありました。
「香う木」(こうぼく)は、和三盆糖の干菓子に大徳寺納豆を忍ばせてあります。菓銘の通り、確かに独特な香りのあるお菓子です。
和三盆糖の産地だけあって、干菓子の類は和三盆糖が多く使われているのも、徳島の和菓子の特徴かもしれません。”特別な国産の砂糖”というイメージを持っていますが、それが当たり前のように、ふんだんにお菓子に使われているのです。
ケースには、一週間で変わるという主菓子(生菓子)も並んでいますから、旅行の途中であっても食べるタイミングを作って楽しむことをお勧めします。日持ちのしないお菓子こそ、作った日に居合わせたご縁というものです。逃したら勿体ない。

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そんなことを言っていたらきりがありませんが、お菓子を食べるタイミングは、お菓子に合わせてこそ。一期一会とも言える旅の楽しみでもあるのです。
私がお店を訪ねた時は、ちょうど雛祭りのあたりでした。斜めに仕切った箱に詰められた雛あられは、いかにも美味しそうな色合い。やはりこれも、修業時代の京都のお菓子がヒントになっているようです。
ほかにも、小ぶりな箱に詰めあわされたお菓子がいろいろ。ここでも、和三盆糖の徳島ならではなんだな、と感じます。楕円形の麩焼煎餅の名は「阿波三味」。模様は鳴門の渦潮でしょうか。何とも軽やかな小判形の麩焼です。
隣は、ほのぼのとした色合いの干菓子の詰め合わせ。可愛らしい形ばかりなのは、やはり雛祭りの時期だからでしょうか。しばらく眺めていたいようなお菓子です。
干菓子の色合いというのは、とても難しいものではないかと思います。濃ければしつこく品のない感じにもなり、薄すぎてもぼんやりとしてしまう。やや控えめな、絶妙なるバランスというものがあるような気がします。
「金剛杖」と名付けられたお菓子は、卵と砂糖を泡立てた黄身の入ったメレンゲを、羊羹と合わせて乾かしたお菓子。干菓子の仲間といえます。なるほど、この名前からは四国八十八ケ所を思い起こします。こんな美味しそうな杖なら、いくらでも歩けそう? 旅のお供にしたくなります。
隣の小さな箱2つは、先ほど紹介した大徳寺納豆入りの「香う木」と、浮き出た渦の模様が美しい「鳴る潮」。鳴門の渦潮を表した干菓子です。もしこれを買って帰ったら、お茶を淹れる度に徳島のことを思い出しそうです。

さて、右上の箱は「しも柱」です。まるでキャンディーが包まれているよう。このお菓子は、糸寒天とグラニュー糖を炊いて煮詰め、固めたものです。いわゆる錦玉羹(きんぎょくかん)ですが、これが特筆すべき「はかなさ」で、すぐに消えてゆく食べ心地は、お菓子ならではの甘さを含んだはかなさでした。これも特筆すべきはまぶされた和三盆糖。この黄色がかったお砂糖をまぶす事、さらに薄紙に一つずつ包む事で、薄い衣をまとったような風情です。和菓子なのか? それとも洋菓子にもあるかもしれない? と思わせるようなお菓子です。
入口は澤鹿でしたが、その他の繊細なお菓子の数々に、作り手の力を感じた滞在でした。

●澤鹿文明堂
徳島市富田橋4-55-5 ℡088-652-7251
【営】9:00~19:00 【休】休日曜、年始の3日
澤鹿1竿 2,160円

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徳島を歩く

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澤鹿文明堂でお菓子を堪能した後、一旦徳島駅に戻ってから散歩に出かけました。南国を感じさせるのは、棕櫚(しゅろ)のせいでしょうか。まだ肌寒いのに、気分が違うものです。
駅から西へ、大通りを行くと新町川に沿った遊歩道があります。自転車で通る人、犬の散歩をする人、学校帰りの学生が通り、週末にはマーケットも開かれる場所のようです。整備された遊歩道から橋を渡り、突き当たると徳島天神社です。その右手の建物からロープウェイに乗り、眉山へ開けた景色を眺めに行きましょう。

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夕暮れ時の景色は、春先らしいぼんやりとした眺め。徳島の中心地から海にかけてが一望できます。初めて訪れる街では、あらかじめ文字や写真で情報を集めて、ピンポイントでお店に行ったりするよりも、まずは景色を眺めることをお勧めします。雰囲気を感じることも、一種の情報収集のように思えるから。それには、高いところから街を見下ろしてみるのもいい方法です。そのほかには、物産館に行ってみたり、地元に根付いたデパートがあれば、のぞいてみます。市場があれば言うことなし。その土地で、普段どんなものを食べて暮らしているのかを垣間見るだけで楽しいもの。普段の自分が住む地域との習慣の違いを感じるのは、とても興味深いものです。

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そんなわけで、デパートの食品売り場に。魚売り場はさすがに新鮮な素材ばかり。旅の途中でなければ、今夜はあんこう鍋にしたいと思うような鮮度の良さでした。徳島の漁場は、内海と外海の両方の豊かさを享受できるとか。なんともうらやましい限りです。

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新鮮な素材を見ていたら、郷土料理を食べたくなりました。そこで、昔懐かしい料理だというそば汁を。だしの効いた、そば米の雑炊かスープか、という感じのものです。そば米は、国産なら今は高級食材になっているようなもの。もはや懐かしい食べ物なのかもしれませんが、素朴な風味でほっとする味ですから、そば米を見つけたら作ってみるといいと思います。次はさつまいも。鳴門金時は、その名の通り鳴門方面に産地が多いようです。お店で見かけた艶やかなさつまいもも、里浦という地域のものでした。鳴門金時なら、日常的に見かける気がしますが、現地で見るとどうしてこんなに美味しそうなのか? 産地マジックとでも言えるかもしれません。周りにもおすそ分けしようと、これは送ることにしました。
次に行ったのは、地元の居酒屋です。小料理屋、居酒屋、食堂などは、人気の店であればだいたい地元産の材料で、地酒、地元客で賑わう、となるわけなので、ちょうどお店を開く頃にパトロールするように歩いてみるのです。
地元の日常を覗くのはとても面白い過ごし方。居酒屋といっても、メニューが多いところがほとんどですから、実は食堂のような使い方ができます。お刺身定食に、一人前だけ牡蠣フライを足したり、竜田揚げを少し、若布が美味しいから酢の物を追加、などと自由自在ですから、気楽に食べたい時は居酒屋に限ります。

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「うだつの町並み」

今日は遠足。電車なら徳島線でのんびりと穴吹まで、車なら伊予街道を西へ、いずれも吉野川に沿って美馬市まで。目的地は、脇町に残る「うだつの町並み」です。できれば駅の近くから吉野川を眺めながら少し歩いて、橋を渡ってみるのも気分がいいものです。うだつの町並みの入口は、吉野川の支流に面しています。
川沿いの柳の木のそばに、脇町劇場オデオン座という看板が。昔の芝居小屋が修復され、映画上映や演劇、貸しホールとして使われている建物だそうです。もしやパリのオデオン座を目指した?のかどうかはわかりませんが、中は和風の劇場だそうです。その反対側に、町並みの入口があります。ここからは徒歩のみ。車を停めてしばしタイムスリップという気分でしょうか。

“うだつの上がらないやつ”などという例え方は、この町並みの、2階から突き出すように造られた袖壁というものから来ているそうです。火事が起きた時、延焼を防ぐ役目もあったものが、明治以降は装飾の一種になっていき、富の象徴だったとか。この辺りは、主要な街道と吉野川という流通の要衝があり、徳島の名産品の一つ、藍の集散地に加えて、脇城の城下町という位置にあったといいますから、さぞ内外の人の往来も多く、賑わっていたことでしょう。

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綺麗に整備された通りを歩くと、花を飾る家が多く、気をつけてみれば今時のカフェなども、昔懐かしい看板やら電話ボックスと並んで、控えめに存在しています。
長い一本道をゆっくり歩き、うだつの町並みと青空に白い雲の景色を眺めていると、どこに来ているのか不思議な感覚になります。話し声がする方を振り向くと、レトロ看板の脇でご近所同士が立ち話。この町並みに住む感覚とは? 住んでいる方は特別に思わないかもしれませんが、ちょっと俗世間から離れたような気がしてきます。週の前半の平日だったせいか人通りも少なく、時折写真を撮りながら歩く人の姿が見える程度なので、ここに来るタイミングは平日がいいかもしれません。

帰りに穴吹駅に寄ってみました。のんびりした小さな駅のホームに、名所案内の看板があります。日本百名山のひとつである剣山へは南西51km、その途中の美しい渓谷剣峡は南西8km、不思議な地形の土柱は北東6km。
とあると、また次の旅を計画したくなります。

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この旅の裏テーマは、「名物に美味いものあり」でもあります。土地に長く根付いた食べ物は、食べ続けられた理由と説得力があるのです。土産物店や物産店に行ってよく見ると、美味しそうなのは昔ながらの味。逆にどこに行ってもありそうなのが、地元の素材と言いながら作られた新しいもの。ほかに行ってもありそうなものではなく、細く長く続いてきた土地の味を探します。
そこで、一つは半田そうめんコレクション。半田は、うだつの町並みのあるあたりからさらに西へ行った、美馬郡つるぎ町にあります。吉野川は”四国三郎”と呼ばれるいわゆる暴れ川だそうで、氾濫もあるが豊かな水流を生かせば流通も盛んになるわけで、三輪素麺で有名な奈良から運ばれてきた技術であるそうです。肥沃な土地と寒風が素麺作りにぴったりで、少し太めの、冷や麦のような素麺が生まれたといいます。何が美味しいかって、やはりこの絶妙な太さなのではないでしょうか。製造メーカーはいろいろあっても、実はどれも美味しい。間違いなく美味しいのですから、細かいことは言わずに楽しみたい素麺です。

道と川はいろいろな物を運び、根付かせる人がいる。食も文化だなと思う一例です。

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こちらは、眉山の麓の阿波踊り会館やデパート、徳島駅の物産店で集めた郷土のお菓子です。鮎最中や金時をとても上手く象ったおいものお菓子、和三盆糖の東に栗菓子、ごく小さなお饅頭に干し柿、巻き柿。今回初めて知った、阿波ういろうのやさしい美味しさ。これだから、取り寄せもいいけど現場に行かねばならないと思うのです。

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東京に戻ったら、徳島から送ったさつまいもを焼き芋にしました。ふと、徳島でさつまいもというのもなんだか違う気がしたので、やはり鳴門金時と呼びましょう。
皮の紫色も美味しそうな金時は、オーブンで焼くことにします。金時はさっと水に通し、フォイルで包んでから190℃のオーブンに入れて1時間。中ぐらいの大きさなら、ほっこりほかほかに焼き上がります。
金時とはよく言ったもので、黄金色のおいもの何と美味しそうなこと。そのまま一切れ食べ、次はシナモン、さらにシナモンとメープルシロップで。名物のお勧めの食べ方です。
澤鹿から半田素麺、金時まで、豊かな甘さが連鎖する徳島でした。

写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。新刊『食べ方帖』ほか著書多数。

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