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最終更新日:2024.10.11 公開日:2024.10.11

今欲しいのだ、その勇気が──伝説のシトロエンが復活「SMトリビュート・コンセプト」。

1970年に登場したシトロエン往年の名車、「SM」が現代に復活した。DSオートモビルが新たに発表したコンセプトカー「SMトリビュート」とは如何なるクルマか。自動車史家の大矢アキオが解説する。

文・写真=大矢アキオ ロレンツォ(Akio Lorenzo OYA)

写真=Stellantis

「シトロエンSM(左)」と、DSオートモビル「SMトリビュート(右)」。

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約50年の空白を埋める

ステランティス・グループのブランドでフランスを本拠とする「DSオートモビル」は2024年9月11日、コンセプトカー「SMトリビュート」を発表した。実車はパリ北郊のシャンティイ城で同月14・15日に開催された自動車エレガンス・コンクールで公開された。

SMトリビュートは2024年9月、シャンティイ城の「コンクール・アール・エ・エレガンス」が第10回を迎えたのを記念して公開された。

SMトリビュートがモティーフにしたのは、1970年に当時のシトロエン社から発売された量産クーペ「SM」である。社内デザイナーだったロベール・オプロンによる優雅で空力的、優雅かつ前衛的な外観デザインは、自動車界に大きな衝撃をもたらした。

エンジンには提携先であったイタリアのマセラティ製V6が採用されていたほか、4ドアモデル「シトロエンDS」と同じハイドロニューマティック・サスペンションが用いられていた。パワーステアリングやエアコンなど、競合他車では一般的でなかった快適装備も惜しみなく盛り込まれていた。

ちなみに当時の日産自動車のデザインには、シトロエンSMに少なからず影響を受けたものが見受けられる。エクステリアデザインやカラーリングでは1974年「チェリーFⅡクーペ」、ダッシュボードでは1975年「シルビア」がその例である。

しかしシトロエン社がプジョー傘下に入ったのを機に、SMは1975年に生産終了した。

シトロエンSM。

いっぽう今回発表されたSMトリビュートは、デザイン担当VPを務めるティエリー・メトローズ率いるDSオートモビルのパリ・スタジオがデザインし、2020年春にSNSで共有した「#SM2020」が出発点であった。コミュニティ上では、オリジナルSMに愛着をもつ人たちと共に、そのデザインを台無しにしてほしくないと願う人がいた、とメトローズは振り返る。

デザイナーたちは、オリジナルSMが生産終了後も50年にわたり発展を続けていたかのようなイメージを抱きながら作業を続けたという。

イメージスケッチ。

オリジナルへのオマージュと再解釈

SMトリビュートのデザインを見てゆこう。オリジナルと寸法を比較すると、全長は3cm長い4.94m、全高は2cm高い1.34mにとどめることで基本的なフォルムを守っている。いっぽうで全幅を14cm広い1.98mとすることで、量感と存在感を向上させた。

強調された全幅がわかるショット。

大胆さと高い空力効率を想起させる軽快さ、細身でありながら筋肉質なサイドのシルエット、そして長いフロントフードをオリジナルから継承。車体色はオリジナルにあったゴールドリーフカラーを再解釈しながら、サテンワニスや(筆者注:錆や緑青の風合いを出せる)パティーナを使用している。黒色との組み合わせは、1930年代にフランスで複数ブランドが2色に塗り分けたクルマをいち早く自動車エレガンス・コンクールに持ち込んだ歴史を意識した。

最低地上高は3.5cm低い12cmである。

フロントグリルでもオリジナルが再解釈されている。オリジナルSMのフロント部には通常ラジエターグリルが置かれる位置にヘッドランプモジュールとナンバープレートを収め、広いグラスセクションで覆うという革新的デザインが採用されていた。SMトリビュートでは、中央まで点灯する3Dスクリーンで覆うことで、そのイメージを再現している。サイドを見ると、オリジナルで後輪を隠していたスパッツに新たな解釈が試みられているのがわかる。

1972年シトロエンSMの広報写真から。

3Dスクリーンで覆われたSMトリビュートのフロント。デイライト・ランニングライトは3方向に延びる。

後輪のスパッツは、このように再解釈された。Cピラーまわりの造形は、R.オプロンが後年シトロエンを去ってルノーでデザインしたクーペ「フエゴ」も思い出させる。

室内でもオリジナルSMの意匠が数々引き継がれている。ダッシュボード上部の特徴的な形状や、楕円のメーター類、水平基調のクッションを備えたSMの布張りシートがその例である。

そのかたわらでSMのアヴァンギャルド精神に従い、バイ・ワイヤ式のステアリングの前に広がる情報表示は独立ディスプレイではなく、限りなくダッシュボードに融合させている。センターコンソールは湾曲型だ。

1972年シトロエンSMのインテリア。シートのデザインに、同じGTでもイタリア車とは異なる方向での快適性追求が感じられる。

SMトリビュートのダッシュボードを描いたスケッチ。透過で現れるメーターは、オリジナルにならって楕円である。

シートにもオリジナルの意匠が再現されている。

メトローズは「チームは野心的なプロジェクトとして楽しみました」と振り返る。ただし、現実と乖離したコンセプトカーを避けるべく、現行モデルと将来のプロジェクトにつながる多くの要素を含めたという。

栄光のブランドの派生として

ここからは筆者による分析である。SMトリビュートの起源となったシトロエンSMの誕生は前述の1970年だが、コンセプトの起源は遠く第二次大戦直後の1947年までさかのぼる。「S計画」と名付けられたそれは、シトロエンDSの部品を最大限に活かしたクーペ仕様であった。

そうした意味では、実に長い歴史のつながりがある。同時に、シトロエン史において、豪華な量産GTはSMしか存在しない。そうした意味で、今回のコンセプトは意義ある挑戦といえる。

S計画のスケールモデル。オプロンの前任者フラミニオ・ベルトーニによるデザインである。1958年。アヴァンテュール・シトロエン蔵。(photo:Akio Lorenzo OYA)

フラミニオ・ベルトーニによる1960年の作とされるS計画のレリーフ。ヴォランディア航空公園博物館蔵。(photo:Akio Lorenzo OYA)

いっぽうで批判的観点にたてば、オリジナルSMやその基となったシトロエンDSが自動車史に残る名車であるのは、デザイン的にも機構的にも当時の一般水準からすると、驚くほど先進的であったからだ。哲学者ロラン・バルトは、シトロエンDSを「宇宙から舞い降りてきたようだ」と絶賛した。

シトロエンDSの1955年版カタログから。

シトロエンDS後期型。1971年。

直近の話題に切り替えれば、ステランティスは2024年上期の決算で厳しい経営環境が表面化。カルロス・タバレスCEOは、グループが擁する14ブランドのうち1つ以上の整理を検討することを示唆した。

DSオートモビルの欧州販売を振り返ると、2012年の約11万7千台が最高で、2017年以降2022年までは2019年を除いて4万台ペースである。目下業界で最も不安視されているステランティス内ブランドはマセラティだが、DSオートモビルも明確な将来を提示する必要に迫られるだろう。

シトロエンという栄光のブランドをルーツにもつなら、SMトリビュートを来年発売するくらいの決断力と勇気が必要なのでは? と思うのだが、いかがだろうか。

SMトリビュートで示されたものは、近未来のDSオートモビルのブランド・アイデンティティにどう繋がるか。

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