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クルマ2022.10.13

マツダが世界に誇る傑作車!「五代目ファミリア(BD型)」 ──歴代日本カーオブザイヤー受賞車特集(第1回)

日本カー・オブ・ザ・イヤーに輝いた歴代モデルを紹介する新連載がスタート。今回は記念すべき第一回目の受賞車、マツダ五代目ファミリアを特集する。

文=武田公実

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1980年6月にフルモデルチェンジ。第二世代のFFハッチバックとして五代目ファミリアが登場。

FFハッチバックとして1980年6月に登場した五代目ファミリア。

 ヨーロッパでは1964年からスタートした「カー・オブ・ザ・イヤー」は、その年にデビューしたクルマの中からもっとも優れている、あるいはもっとも象徴的なモデルを選出するもので、発足以来半世紀以上の時を経た現在でも権威を保持している。

そしてわが国でも、1980年(昭和55年)から「日本カー・オブ・ザ・イヤー(日本COTY)」を制定。これまで40年以上にわたり、数多くの傑作にアワードを授与してきた。

この特集企画は、歴代の日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞車の中から特に印象的なモデルをピックアップし、その誕生の背景やストーリーをご紹介するものである。その第一回のテーマとして選んだのは、もちろん第一回の日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞車、マツダ五代目ファミリアである。

和製ゴルフと呼ばれながらも、記録的な大ヒット作に

マツダ初代ファミリアは、「ファミリア 800バン」として1964年4月に発売された。マツダ初代ファミリアは、「ファミリア 800バン」として1964年4月に発売された。

 1975年に登場したフォルクスワーゲン初代ゴルフは、2ドア/4ドアにテールゲートを組み合わせた2BOXスタイルに、フロントエンジン/フロントドライブ(FF)の駆動レイアウトを組み合わせたパイオニア。そして、世界の小型車のトレンドをドラスティックに変化させる、歴史的ターニングポイントとなったと言えるだろう。

VWゴルフの成功ののち、イタリアの「フィアット・リトモ」やフランスの「シムカ・オリゾン」などのフォロワーが続々と誕生したほか、日本でも1978年に「チェリー」に代わって登場した初代日産「パルサー」でFF・2BOXが採用。そして1980年の6月に、日本におけるこのカテゴリーを決定づけた傑作、マツダ「ファミリア1300/1500」が誕生するに至った。

ファミリアとしては五代目にあたるこのモデルは、マツダ製乗用車としては二代目となるFF車。マツダFFの開祖としては、1969年に発売された「ルーチェ・ロータリークーペ」が挙げられるものの、こちらは縦置きエンジンのFFだった。

いっぽう横置きエンジンについては、1962年発表の初代「キャロル」で試みているが、そちらはRR駆動。かつて、初代キャロルや初代ファミリアの構想段階ではFFが検討されたこともあったそうだが、横置きエンジン、およびレシプロエンジンでの前輪駆動は、この五代目ファミリアがマツダ初となった。フロントに横置き搭載されるエンジンは、いずれも直列4気筒SOHCで、排気量は二種類。1300cc・74ps(JIS)と、1500cc・85ps(JIS)が設定された。

1967年にフルモデルチェンジし二代目に進化。写真は「ファミリア ロータリークーペ」。「ファミリア ロータリー クーペ」のインテリア。

1967年にフルモデルチェンジした二代目ファミリア。ロータリーエンジンを搭載した「ファミリア ロータリークーペ」も登場した(写真上下)。

なぜ五代目ファミリアは評価されたのか

五代目ファミリアは、FR駆動だった先代と同様の2BOXのハッチバックスタイルを継承したが、ぽってりと可愛らしい印象だった四代目からデザインを一変。直線基調で、スタイリッシュなウェッジシェイプとされた。

サスペンションは4輪ともストラット+コイルの独立式で、特にリアは2本のロアアームと長いトレーリングアームの組み合わせにより、トーコントロールを行う「SSサスペンション」を採用。簡素ながら抜群の操縦安定性を確保することのできるリアサスペンションとして、発売当時は内外から高い評価を受けたという。

加えて、FFファミリアはスタイリングや走りだけでなく、ユーテリティや快適性においても新たな境地を拓くことになる。フルフラットまで倒すことのできる前席のシートバックや、左右二分割で前方へ折りたためる後席シートバックは、リクライニング角度の調整もできる機能を備えていた。

1977年にファミリアは四代目にフルモデルチェンジ。はじめてハッチバックスタイルを取り入れる。ファミリアAP 5ドア スーパーカスタム

1977年に登場した四代目ファミリア。ハッチバックスタイルをはじめて採用したモデルだった。

 さらに3ドアの最上級・スポーティ仕様の「1500XG」では、後席の背もたれと側面の内装が丸みを帯びて連続する形状となった「ラウンジソファーシート」を採用。後席のデザインや快適性を高めていた。

また、当時流行の兆しを見せていた電動スライディングルーフを標準装備とするなどした「赤のXG」は、ヨーロッパ文化が大衆にも憧れとなり始めていた1980年代には、ホンダ・シビックやいすゞジェミニなどとともに、あか抜けたクルマとして受け入れられてゆく。

そして、テニスラケットやシートカバー代わりのTシャツなどが洒脱な小道具として車内を飾るようになったFFファミリアは、日本国内では「和製ゴルフ」なるニックネームを奉られながらも、社会現象とも言うべきヒット作となるのだ。

世界で認められたマツダのものづくり

ファミリア誕生20周年を記念した特別仕様車として、1984年2月に「ファミリア ターボ スポルトヨーロッパ」が発売された。

ファミリア誕生20周年を記念した特別仕様車として、1984年2月に「ファミリア ターボ スポルトヨーロッパ」が発売された。

 1980年代初頭は、第二次オイルショックに代表される様々な社会情勢に苛まれて、日本国内の自動車需要は低迷を続けていた。ところがそんな市況のもとでも、五代目のFFファミリアは快進撃を果たしてゆく。

国内の月間登録台数ランキングでは1982年に計3回、83年には計5回にわたって、それまで国産小型車を代表していた「トヨタ・カローラ」と「日産サニー」を押さえ、国内マーケットNo.1の月間販売実績を挙げた。

そして1982年には、量産開始から27カ月で100万台の生産を達成。それまでの単一モデルによる100万台最短達成の世界記録とされていた、北米GM「シボレー・サイテーション」の29カ月、VWゴルフの31カ月を塗り替えてしまったのだ。

こうして歴史的ヒット作となった五代目FFファミリアは、「1980-81日本カー・オブ・ザ・イヤー」のみならず、世界の著名な自動車と製作者に与えられるアワードも、数多く受賞してゆく。同年度の「ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤー」では第4位に輝いたほか、北米の権威「CAR&DRIVER」誌による「もっとも意味深い新車賞」、オーストラリアの「Wheels(ホイールズ)」誌による「1980カー・オブ・ザ・イヤー」なども、FFファミリアの素晴らしさを称えた。

国産車が、世界基準においても充分という以上の実力を認められはじめた時代。その嚆矢となったマツダ五代目ファミリアは、まさに第一回日本カー・オブ・ザ・イヤーに相応しいクルマだったのである。

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