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最終更新日:2023.06.14 公開日:2021.10.01

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第19回 地下駐で流れる音楽はいったい何のため?

地下駐車場から流れてくる音楽の正体はいったい何? シエナ在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載コラム。第19回目は、犯罪とBGMの関係性についてお届けします。

文と写真=大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

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イタリア・シエナのスーパーマーケット駐車場にて(以下、写真内の駐車場がBGMを放送しているとは限りません)

オシャレにあらず

我が家があるレジデンスの地下駐車場に少し前、管理会社によって「ビデオカメラ監視中」のプレートが貼られた。だからといって、カメラが設置された形跡はない。管理会社の人に聞けば「犯罪抑止効果だよ」と笑いながら教えてくれた。

後日、そのプレートは、そこいらの雑貨店に売っているものと同一であることが判明した。これでは威嚇効果が薄い。”プロ”ならすぐに嘘だとばれてしまうだろう。日本の「ドライブレコーダー常時録画中」ステッカーのようなものだ。

日ごろクルマを置いている筆者としては、本当にカメラを設置してほしいところである。しかし、本気で設置され、家賃の値上げを誘発するといけないとビビってしまい、それ以上の要求は取り下げた。

我が家の地下駐車場に貼り付けられた 「ビデオ監視中」のプレートは、そこいらの商店で売られているものと同じだった。

 ところでイタリアをはじめとするヨーロッパ各地の駐車場、とくに地下パーキングでは、たびたびスピーカーから音楽が流れている。そうした光景に接するたび、住み始めた頃は「粋な計らいだな」と思ったものだ。ところが実際は別の理由があった。犯罪抑止効果である。

始まりは1985年のアメリカ合衆国で、まずは店内用として普及している。日本でも有名なコンビニエンスストア・チェーンがクラシック音楽を流し始めたところ、犯罪件数が減ったのだ。「クラシックは相対的に若者に人気がないこと」が効果を奏したとみられている。

クラシック音楽作戦は各国で普及した。ニュージーランドのクライストチャーチではモーツァルトを流すことによって、2008年10月に77件あった喧嘩の数を2010年の同じ月には2件まで抑制することに成功した。

ロンドン地下鉄のエルムパーク駅では、2003年から同様の手法を取り入れたところ、強盗が33%、駅職員への暴力行為も25%減少したという。結果を受けて、近年ロンドンでは他の駅でも同様にクラシック音楽放送の導入を進めている。

背景にあるのは何か? いまだ立証はされていないが、「好きな音楽を聴くと脳内のドーパミン生成量が増えて気分が良くなるが、嫌いな音楽を聴くと脳内でドーパミンの生成が止まり、音源から離れていきたくなる作用がある」といわれている(参考 : コンフコメルチョ ミラノ、モンツァおよびブリアンツァ地区公式ウェブサイトほか)。

もしモーツァルトが生きていて話を聞いたら、「みんな俺の音楽がそんなに嫌いなのかよ」と凶暴になりそうなので補足しておくと、ベートヴェンやヴィヴァルディも”効く”らしい。

いっぽう、「若者が苦手」説とは裏腹に、そうした音楽が人間に与えるリラックス効果で、凶暴な犯罪心理を抑えている、とする説もたびたびみられる。

犯罪は減少。気分はハイ?

筆者が付け加えれば、「誰かがいる感じ」というのも、犯罪の抑止につながっている。

もっとも良い例はフランスのパリ地下鉄だ。同地の交通営団は1997年から「Musiciens du Métro(地下鉄のミュージシャン)」と名付けた制度を導入している。実際、定期的に行われるオーディションで選ばれた300名の公認ミュージシャンが駅構内でプレイしている。カントリー、ロック、クラシック……とジャンルは多種多様だ。

この企画は、もともとゲリラ演奏――大抵は騒音以外の何者でもない下手なプレイである――の撲滅も兼ねていた。だが交通営団による「地下鉄駅の閉鎖的で殺伐とした空間に、変化をもたらすため」との説明から察することができるとおり、犯罪抑止効果も視野に入れていることは明らかだ。

たしかにミュージシャンの姿が見えなくても、音が遠くから聞こえているだけで誰かがいるような感覚になるとともに、精神的にもリラックスする。

パリ地下鉄アール=ゼ=メティエ駅構内で演奏中の公認ミュージシャン、ペドロ・コヤテさん。

 駐車場の音楽も同様に、車上狙いや強盗などの防止効果を狙ったものである。ついでにいえば、日本の静かな駐車場は、犯罪が少ないことの裏返しといえよう。

放置自動車も地下駐車場の怪しげなムードを助長してしまう。

あまり近くを歩きたくないムード。

 イタリアの駐車場で、どの程度の効果がみられたのか、信頼できるデータはいまだない。幸か不幸か、その目的を知る一般の人も少ない。たとえば筆者が、ある施設関係者に尋ねたところ「そりゃ気分が盛り上がるからに決まってるさ」と、踊るジェスチャーとともに説明してくれた。

彼の答えがあながち外れではないと思われるのは、もはやクラシックを流している駐車場は少数派であることだ。今や大抵ポップスである。ローカルFMラジオ局をそのまま流している駐車場もよく見かける。

「クラシックでないと効果が薄いんじゃない?」と突っ込みを入れたくなるが、パリ地下鉄同様、音がしていること自体にある程度犯罪防止効果があれば、それで良しと考えることもできる。加えて、1日中薄暗い地下駐車場で働いている料金所係や管理係の人たちにとって、職場環境向上の一助になっていることもたしかだろう。

同時に、薄暗いのを良いことに車内でいちゃついているカップルを発見するたび、彼らにとっては心地よいBGMになっているのでは、と思う。

ちなみに、最後の写真はトリノの有名なサン・カルロ広場近くにある地下駐車場で撮影したものである。古代ローマの下水道跡で、工事中に見つかったものだ。一帯に霊気が漂っていそうで、筆者などはとても悪いことをする気にならない。だがこの国では、遺跡が残されている地下施設は当たり前。したがって、あまり犯罪抑止効果は望めないのである。

治安が良いといわれる筆者が住む街シエナでも、夜の駐車場(左)の中を歩くのは、やはり身構える。

こんなロマン溢れる地下駐車場も。古代ローマの下水道跡が顔を覗かせる。トリノのサン・カルロ広場近くにて。

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