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最終更新日:2020.12.14 公開日:2020.12.14

録音中継車「ODYSSEY(オデッセイ)」とは。ライブレコーディングで活躍。

音楽スタジオが完備された大型トラック「ODYSSEY(オデッセイ)」ではいったい何が行われているのか? その役割や歴史、改造などを調査すると、とんでもないこだわりが見えてきた。

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 働くクルマというと、パトカー、救急車、タンクローリーなどの車両を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、働くクルマのなかには人知れず活躍する車両もたくさんある。今回はコンサートの裏側で活躍する車両「ODYSSEY(オデッセイ)」を紹介しよう。

録音中継車「ODYSSEY(オデッセイ)」とは

録音中継車「ODYSSEY(オデッセイ)」。 写真提供:ヒビノ株式会社

 「ODYSSEY(オデッセイ)」とは、スタジアムやホールなどで行われるコンサートの音声を録音・中継することに特化した働くクルマ。主にマイクやケーブルを通した楽器やボーカルなどのアーティストが発する音声、歓声や会場の反響などの環境音を収録するための車両だ。その存在を知らなくても、ライブDVD(Blu-ray)やCD、テレビ中継や配信ライブにおいて耳にする音声の中には、ODYSSEYを介したものが多くある。

ODYSSEYの内観と音響機材。上写真の一番奥にあるのがメインのミキサー。 写真提供:ヒビノ株式会社

 移動型のレコーディングスタジオともいえる車両で、コンテナの中には、ミキサー、コンプレッサー、イコライザー(※)といった音に関する専門機材がびっしりと詰まっている。コンサート会場から伝送された音声信号がこれらの機材を通った後、レコーダーで録音されたり、中継の音声としてお茶の間に向けて配信されたりしている。

※ミキサー:入力された複数の音声を適切なバランスにまとめ、音質などを調整する機材。
 コンプレッサー:主に音量の大小の幅を狭める機材。
 イコライザー:音の周波数特性の補正をする機材。


製作途中のODYSSEY。しっかりとした骨組みが見てとれる。 写真提供:ヒビノ株式会社

 車両は、11tトラックをベースに骨組みから全てオリジナルで製作された特注。製作途中の写真を見ると、まるで家でも建てているかのような、がっしりとした骨組みになっていることが分かる。

【車両スペック】
車体サイズ:全長10770mm × 全幅2490mm × 全高3450 mm
総重量:16.4t

音にこだわるための架装がすごい

 ODYSSEYには、録音・中継に特化するための特徴が主に4つある。

上:設置されたジャッキ。 下:ジャッキアップをしている様子。 写真提供:ヒビノ株式会社

 1つ目は、水平かつ揺れない環境を実現するためのジャッキを内蔵していること。安定した環境で録音・中継を行うためには車両の水平を保つ必要があり、さらに音声を扱う上で振動をできるだけなくすことも重要なのだとか。車両をしっかりと固定するためにジャッキを車両下部4か所に設置できる。ちなみにジャッキアップに対応するために骨組みを強靭にする必要があったため、車体重量は16.4tにもなったのだという。


左:受電盤。 右:外端盤。 写真提供:ヒビノ株式会社

左:奥に見える開けた場所がステージ。手前の機材がスプリッター。 右:スプリッターのアップ。 写真提供:ヒビノ株式会社

 2つ目は、音声信号を入出力するための外端盤や、電源の受電盤があること。コンサートの音声は、ステージ横にあるスプリッターと呼ばれる音声信号を分岐する機材からケーブルに送られ、そのケーブルが外端盤につながる。そして機材を動かすための電源は、電源車(発電機を搭載した車両)からODYSSEYの受電盤につながる。音響機材の中には117Vや200Vで動作するものがあるため、大型のステップアップトランスも搭載されているそうだ。


人が立っている入口は1つ目の扉。その先にさらに2つ目の扉がある。2重にすることで音漏れを防いでいる。 写真提供:ヒビノ株式会社

 3つ目は、音声を細部まで聴き分けるための音響施工と防音施工がされていること。コンサートの本番は1度限りでやり直しができないため、微細な音の変化やノイズなどのトラブルに対処する必要がある。そのため、ODYSSEYにはレコーディングスタジオと同等な音響施工が施されている。また、野外フェスやドームコンサートなどでは、ステージのすぐ裏などに設置されることもあるため、外の音が聞こえないように、中の音が外に漏れないように、二重ドアや遮音材、吸音材を使って万全の防音・遮音がなされている。


ODYSSEYのさまざまな扉。 写真提供:ヒビノ株式会社

 4つ目は、メンテナンス性を向上するための扉がいくつも備えられていること。ミキサーの裏側、ケーブルの接点がまとめられたパッチ盤の裏側、機材が設置された棚の裏側などに直接アクセスできるように、それぞれ専用の扉が設けられている。

ODYSSEYの歴史と名前の由来

 ODYSSEYを運用するヒビノ株式会社によると、現行のODYSSEYは2代目で2009年4月より運用を開始したという。

初代ODYSSEY。 写真提供:ヒビノ株式会社

 初代のODYSSEYは、1991年11月に運用を開始。音に集中するための最適な環境を追求して、当時の最新鋭かつハイエンドな音響機材を導入した贅沢な車両だったそう。録音中継車としてはまだ充分に現役で稼働できる状態だったが、自動車排ガス規制の影響で2009年に運用を終了。2代目が製作された。

 ODYSSEYは、「長い冒険の旅」という意味があり、「呼ばれればどこへでも、宇宙ほど遠い場所にだって収録に行きます」という気持ちを込めて命名されたとのこと。その名の通り、現行のODYSSEYは、北は山形県、南は熊本県まで。初代ODYSSEYは、北は北海道、南は沖縄まで、日本中を駆け巡って録音・中継をしたそうだ。

※ODYSSEY:古代ギリシャ時代に書かれた長編叙事詩『オデュッセイア』では、主人公オデュッセイアの長い旅が語られている。これを語源に、現代では「長い冒険の旅」を意味する言葉として使われている。

ODYSSEYの運用チーム

ODYSSEYのミキサーを操作するチーフエンジニア。 写真提供:ヒビノ株式会社

 ODYSSEYは通常、チーフエンジニア1名、システムエンジニア1名、フロアーエンジニア2~3名、ドライバー1名の計5~6名のスタッフで運用している。

チーフエンジニア(1名):録音・中継システムのプランニングから、実際のオペレーションまでを行うメインのレコーディングエンジニア。本番中は、ミキサー前に座り、機材を操作して音の調整やミキシングなどを行う。

システムエンジニア(1名):主に録音システムを操作するレコーディングエンジニア。チーフエンジニアのアシスタントも務める。

フロアーエンジニア(2~3名):コンサート会場のステージ袖で収録をサポートするレコーディングエンジニア。ステージの状況の変化をODYSSEY側に伝え、ODYSSEY側からの要望に対応する。

ドライバー(1名):大型トラックを運転するための専門のドライバー。

 ODYSSEYの中には、コンサート会場を確認するための画面も設置されているが、会場の細かい様子を把握することは難しい。そのため、フロアーエンジニアとの連携が重要になるという。

 フロアーエンジニアは、ステージ袖からインカムを通して音に関するあらゆる動きや状況をODYSSEY側に伝えたり、万が一マイクやケーブルの音声にトラブルが起きた場合には、チーフエンジニアからの指示によって、マイクやケーブルの変更などの対応をしたりするそうだ。フロアーエンジニアが伝える内容は、アーティストの動き、楽器の持ち替え、マイクの持ち替え、誰がMCでしゃべっているのか、急な曲順変更など、多岐にわたる。

 ヒビノのレコーディングエンジニアに作業のこだわりを聞くと「クリアかつ良い音で収音することは当然として、どうすればライブの空気感も一緒に録音できるだろうかといつも考えています。単に音を録るだけではなく、そこで生まれたエネルギーまでも録音するのがライブレコーディングのだいご味だと思っているからです。また、ライブレコーディングは、コンサートありきで行う作業です。アーティストの良いパフォーマンスを引き出せるように、いかに良い環境を整えられるか、それにはどういう努力が必要なのだろうかと常に考えています」と答えてくれた。

 このように、コンサートの裏側で活躍するODYSSEYは、録音・中継をハイクオリティに行うためのこだわりが細部まで施され、スタッフの高い志によって運用されていた。ライブDVDやコンサート中継を目にしたとき、その裏側にいるであろう働くクルマ「ODYSSEY」のことを思い出してほしい。

取材協力・ヒビノ株式会社

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