『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第6回 日本だけじゃない!? イタリアやフランスでも”誤給油”が起きてしまうワケ
最近、よく耳にするセルフ式ガソリンスタンドでの誤給油トラブル。同様の事故は日本だけでなく、ヨーロッパ各地でも増え続けているのだとか。一体なぜ!? イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオが現地からお届けする。
EUで誤給油が多い3つの理由
日本でも近年、ガソリンとディーゼルの誤給油が増加しているようだ。日本自動車連盟の最新の調査によれば、2018年12月の1か月間にドライバーから寄せられた救援要請のうち「燃料を入れ間違えた」との申し出が全国で390件もあったという。
実はヨーロッパでも、同様のトラブルが多数報告されている。例としてスイスでは、同国における誤給油は年間1万件にのぼる(出典:スイス・ツーリングクラブ)。筆者が住むイタリア・シエナの自動車販売店の熟練セールスパーソンであるジャンニさんに、「お客さんの誤給油による修理依頼ってありますか?」と聞くと、「もちろん!」と即答されてしまった。
ヨーロッパにおける誤給油の原因として、以下の3つが考えられる。
第1は、日本より一歩先んじて普及したセルフ給油だ。たとえば筆者が住むイタリアでは、主要高速道路のスタンドなどを除き、土曜午後、日曜全日はもとより昼休み時間も給油機がセルフモードに切り替えられてしまう。
また、フランスでは大手スーパーマーケットが各地で経営するスタンドが多く、働いているスタッフはドライブスルー式の会計ブースにいる係だけだ。もちろん、スタンドマン対応の給油機が併設されている場合もある。だが大抵のドライバーは安いセルフを選ぶ。こうした環境下では、スタンドマンに給油してもらうという機会が日本より少なく、結果的に誤給油が起きやすい環境が生まれてしまうのである。
第2は、少し前まで続いたディーゼル車人気だ。それは欧州メーカー各社が新世代のコモンレール式燃料噴射装置付きディーゼル車を投入した2000年前後から始まった。後述する有鉛ガソリンの販売が禁止となったことに伴う買い替え需要も普及に拍車をかけた。
燃料価格の上昇するなかで、ディーゼル車用の軽油が1リットルあたり円換算で常に10円以上安いのもユーザーを惹きつけた。2014年EU圏内の乗用車新車販売台数におけるディーゼル車比率はその年、43%にも及んだ。特にイタリアでは55%、フランスでは63%、スペインに至っては66%にまで達していた(出典:Statista)。
ブームは、2010年代後半に低燃費ガソリン車が続々登場し、続いて2015年のドイツ系メーカーによるディーゼル不正問題発覚を契機に各国が規制を開始すると沈静化してゆく。そして2018年、EUの新車販売におけるディーゼル車比率は31%まで低下した。
こうしてEUの新車販売におけるディーゼル車比率は2018年に31%まで低下した。しかし、いうまでもなく、それまでに売れた多くのディーゼル車はいまだ路上を走り回っており、誤給油もそれなりに発生することになる。
言語の表記が誤解を招く
第3に言語の問題もあった。ディーゼル用の軽油のことをイタリア語で「ガソリオ(gasolio)」、フランス語で「ガゾール(gazole)」もしくは「ガゾワール(gasoil)」という。それぞれの言葉に「gas」や「oil」といった綴りが含まれているが、イタリアを代表する国語辞典「トレッカーニ」によるとそれは、かつて軽油を気化・熱分解して、照明用などの鉱油ガスを作っていたことに由来するそうだ。
この「ガソリオ」「ガゾール」そして「ガゾワール」は――後述するように、ガソリン車に軽油を入れてしまうケースは少ないものの――他国から訪れた人に混乱を招いた。筆者自身も欧州に住み始めた当初、給油のたび頭のなかで間違えないよう確認したものだ。イタリアにおいては、ガソリンをベンジンに似た「ベンツィーナ(benzina)」と呼ぶことも、さらに頭を困惑させた。
やがてEU圏内での国境検査撤廃を定めたシェンゲン協定により、国外からの自動車旅行者、またはレンタカー使用者が増加した。それをきっかけに、EUが英語表記である「Diesel」へ統一することを促したのは想像に難くない。これに関しては、誤給油への積極的な対応ということで評価できる。
ただし2018年10月から導入されたEUの新基準は、いまひとつ難解だ。ガソリンを「E」、軽油を「B」と表記し、バイオ成分のパーセンテージも併記するというものだ。目下のところ、一般ユーザーにまったく浸透していないのが現状で、誤給油を抑止するにも役立っていると思えない。ついでに言えば、もしスタンドマンに「B満タンください」などと言っても、唖然とされるのがオチだ。
もしもあのとき、と考えてしまう
冒頭の自動車販売店で働くジャンニさんによると、誤給油の大半はディーゼル車にガソリンを給油してしまうケースだという。
「原因は、欧州で販売されているガソリン車の給油口です」。
1980年代中盤、環境意識の高まりを受け、ヨーロッパでも無鉛ガソリン仕様車が本格導入され始めた。日本の約10年遅れであった。参考までに、筆者がイタリアに来て最初に買った12年落ち・1987年式のイタリア製中古車は、まだ有鉛ガソリン仕様だった。
「当時、無鉛ガソリン車の給油口や給油ノズルの規格を決定するにあたって、それらの直径を小さくしたのです。従来の有鉛ガソリンの給油ノズルを誤って差し込まないための対策でした」
やがて2001年末をもってイタリアでは有鉛ガソリンの販売が禁止されると、ガソリンは無鉛のみとなった。
「ところが、そのとき定められて以来今日まで続く無鉛用給油ノズルは、ディーゼル車の大きな給油口にすっぽりと差し込めてしまうのです」
かつてディーゼル車は商用車中心であったことから、給油に時間がかからないようノズルも給油口も広くとられていた。これこそ今日、ガソリン車に軽油を注いでしまうよりも、ディーゼル車にガソリンを入れてしまう事故が圧倒的に多い理由なのだ。筆者としては、当時EUで規格を考案した人々が、ついでにディーゼル車の給油口や給油ノズルも変えてしまっていたらよかったのにと思う。もちろん、双方の強度や出し入れの偏摩耗の問題が生じて非現実的なのだが、断面を四角や星型にしたらよかったのに、といったファンタジーまで浮かぶ。
ただし実際には、欧州各国の軽油用給油ノズルを取り替えるのは大変なコスト負担を伴うことを考えたに違いない。さらに、なにより前述のような著しいディーゼル普及を想像できなかったのであろう。ちなみに今日では、誤給油防止用キャップも後付商品として存在する。特殊な爪が付いていて、軽油用の太いノズルは差し込めるが、ガソリン用の細い給油ノズルを差し込もうとしても開かない仕掛けだ。しかし通販主体の、いわばアイディア商品に留まっていて一般的とはいえない。
百聞は一見にしかず。近所のガソリンスタンドに赴く。夕陽を浴びて35℃近い気温のなか、スタッフのヴィートさんが働いていた。取材の意図を伝えてカメラを向けると、彼はお客さんの車のフィラーキャップを勝手に開けて、写真のごとく実演してくれた。自家用車ディーゼル歴20年になる筆者の目からすると、たしかにガソリン車の給油口や給油ノズルの径は、明らかに小さい。
「ガソリン車に軽油を入れてもダメージは限定的だけど、ディーゼルエンジン車にガソリンを給油してしまうと、車両が止まってしまうばかりか、ディーゼルの命である燃料噴射装置に損害を与えて、修理費用はかなりのものになるぞ」とヴィートさんは警告する。
気がつけば、多くの市民が帰宅時間ということもあり、後方にはオイルショックの記録映像のごとき長蛇の列ができていた。待っているお客さんたちも、ヴィートさんの熱演に笑っている。寛大なご協力ありがとうございました。