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最終更新日:2019.06.20 公開日:2019.06.20

あと1時間で涙を呑んだのは…。トヨタ、2連覇達成するも心境は複雑か【第87回ル・マン24時間レース】

現地時間6月15日15時から16日15時まで行われた、第87回ル・マン24時間レース(仏サルト・サーキット)。中嶋一貴と小林可夢偉を擁するTOYOTA GAZOO Racingは2連覇を達成すべく、昨年の優勝マシン「TS050 HYBRID」の2019年仕様を2台送り込んだ。そして優勝まであと1時間、そこで待っていた過酷な展開とは?

中嶋一貴らがドライブしたTOYOTA GAZOO Racing「TS050 HYBRID」(2019年仕様)8号車。

 現在は、世界耐久選手権(WEC)の1戦として開催されているル・マン24時間レース。今回で87回目の開催となり、来場者数は主催者発表で25万人。歴史と人気を有した世界三大レースのひとつである。

 2017シーズンまではWECの序盤に開催されていたが、今後はル・マン24時間レースを最終戦とすることとなった。その間を取り持って調整するシーズンとなったのが、”2018-19スーパーシーズン”だ。同シーズンでは第2戦として第86回大会が2018年6月に、そして最終第8戦として今回の第87回大会が開催された。1シーズンに2回もル・マン24時間レースが開催されたシーズンだったのである。

TOYOTA GAZOO Racingが2連覇を狙って参戦

ル・マン24時間レースが開催されるサルト・サーキットのメインスタンド前に集合した参戦車両。LMP1、LMP2、LM GTE-Pro、LM GTE-Amの4クラスがあり、LMPの2クラスはレース専用のスポーツプロトタイプカーで参戦し、LMP1の方が性能が上。LMP1の中にハイブリッドクラスのLMP1-Hがある。GTEは市販のスーパーカー(GTカー)をベースにしたWEC用の車両で競われ、プロドライバーで固められているプロクラス、アマチュアドライバーが参加しているアマクラスに分かれる。

 過去にいくつもの日本メーカーが参戦したが、現在、ワークス体制で参戦しているのがトヨタだ。TOYOTA GAZOO Racingとして、最高峰のLMP1-Hクラスにハイブリッド・レーシングカー「TS050 HYBRID」で参戦している。初挑戦から数えて33年、なかなか優勝に手が届かなかったが、2018年開催の第86回大会で遂に初優勝を達成した。

 LMP1クラスでハイブリッド車を参戦させているのはTOYOTA GAZOO Racingのみで、そのほかはノンハイブリッド車だ。ノンハイブリッド車はハイブリッド車よりもマシンを軽量にできるなどの技術規則的に有利な部分がある。しかしトヨタの技術力がそれを上回っており、マシンスペック的には「TS050 HYBRID」は向かうところ敵なし。ライバルはチームメイトのみという状況であり、「トヨタが総合優勝して当然」と誰からも思われているのが、今大会の背景だ。

 しかし、何が起こるかわからないのがル・マン24時間レース。”魔物が棲む”とまでいわれる過酷さで知られ、実際にTOYOTA GAZOO Racingも3年前の第84回大会では悪夢を見た。残り5分まで圧倒的リードを作りながら、まさかの失速により優勝を逃すという経験をしたのである。つまり「総合優勝して当然」と思われることは、想像以上にプレッシャーのかかる状態のはずで、それこそがTOYOTA GAZOO Racingの最大の敵ともいえるような状況である。

最高の加速性能を有するといわれるハイブリッド・レーシングカー「TS050 HYBRID」

 「TS050 HYBRID」は、TOYOTA GAZOO Racingが2016年から投入したハイブリッド仕様のスポーツプロトタイプカーだ。同車の最高出力は、エンジンとモーターの合計で1000馬力。コーナーの立ち上がりなど、加速が必要なときにモーターが4輪をアシストする仕様で、ガソリンエンジン車では不可能な高加速を実現する。そのため、現在のレーシングカーの中では最高の加速性能を誇る1台といわれる(最高速も時速300kmを優に超える)。

 そして「TS050 HYBRID」のカーナンバーは第86回大会と同一シーズンであることから、7号車と8号車のまま。7号車のドライバーは、小林可夢偉、マイク・コンウェイ、ホセ・マリア・ロペスのトリオ。8号車は、中嶋一貴、セバスチャン・ブエミ、フェルナンド・アロンソのトリオだ。ちなみに元F1王者のアロンソは今回でル・マン24時間レースを卒業と宣言している。

 予選は6月13日に行われ、全長13.629kmのサルト・サーキットを、小林可夢偉のアタックで7号車が3分15秒497で駆け抜けてポールポジションを獲得。中嶋一貴がアタックした8号車は3分15秒908で2位となった。

7号車を担当するドライバートリオ。左からホセ・マリア・ロペス、マイク・コンウェイ、小林可夢偉の3選手。2018-19スーパーシーズン第4戦として、2018年10月14日富士スピードウェイで行われた「富士6時間」で撮影されたもの。

8号車のトリオ。左からセバスチャン・ブエミ、フェルナンド・アロンソ、中嶋一貴。2018-19スーパーシーズン第6戦として、2019年3月18日に行われたセブリング1000マイル(米国)で撮影されたもの。

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レース展開&来シーズン以降について!

7号車が順調にリードして、今年こそ小林可夢偉の初優勝か!?

小林可夢偉らがドライブしたTOYOTA GAZOO Racing「TS050 HYBRID」(2019年仕様)7号車。

 ポールポジションの7号車がそのままトップチェッカーを受ければ、小林可夢偉はル・マン24時間レース初優勝。日本人ドライバーとしては4人目の優勝者となる。中嶋一貴が勝てば2勝目。日本人としては2勝目も初だし、2連勝も初となる。決勝は、現地時間で15日15時からスタートした。

 7号車がポールから飛び出して順調に周回を重ね、2位の8号車すら徐々に突き放していく展開となる。両車のギャップは開いていく一方で、このまま7号車が逃げ切り、遂に小林可夢偉が表彰台の真ん中に上るものと思われた。しかし、やはりサルト・サーキットには魔物が棲んでいたのである。

 残り1時間、トータル周回数で367週目のことだった。この時点で7号車は8号車に2分以上の差をつけていたが、運の悪いことにパンクが起きてしまう。このときに7号車をドライブしていたロペスは、タイヤ交換のために緊急ピットインを実施。

2度目の緊急ピットインのタイムロスが大きかった

 ピットロードは安全確保のために低速走行しかできないため、タイヤ交換などの作業も含めると、ピットインは確実にタイムロスとなる。当然、予定外のピットインはゼロであることが望ましい。とはいえ、8号車と7号車のタイム差が大きかったため、緊急ピットインが1回だけなら順位は変わらないはずだった。

 ところがコースに復帰したあと、タイヤ交換を行ったにもかかわらずロペスはマシンの異常を感じ、2回目の緊急ピットインを余儀なくされてしまう。後ほど判明したところでは、タイヤセンサーのトラブルだったという。

 この2回目の予定外のピットインはさすがにタイムロスが大きかった。これで、中嶋一貴のドライブする8号車が逆転。再びコースに復帰した時点で、ロペスの7号車は逆に1分もの差をつけられてしまっていたのである。

 責任を感じたのか、ここからロペスは予選でのタイムアタックに近い走りを続け、トップを奪い返すべく猛追をかける。しかし残り1時間を切ったところからの逆転は難しく、7号車は中嶋一貴の手によりトップチェッカー。ロペスの8号車は17秒差まで詰め寄ったが再逆転は叶わず、2位チェッカーとなった。

第87回を「TS050 HYBRID」8号車が制した瞬間。24時間での周回数は385周。トータルで5247.165kmを走破した。

 8号車の優勝により、WECのLMPドライバーズランキングは、中嶋一貴、セバスチャン・ブエミ、フェルナンド・アロンソの8号車トリオが全員198点でそろってWEC2018-19スーパーシーズンの王者となった。中嶋一貴は、サーキットで行われる4輪モータースポーツで、初の日本人世界王者となった。また、LMP1チームランキングは、2位に82点もの大差をつけてTOYOTA GAZOO Racingが216点で王座を獲得した。

表彰台でトロフィーを掲げるアロンソ、ブエミ、中嶋一貴の3人。

またもや勝てなかった小林可夢偉、複雑な気持ちのチーム

 7号車は23時間にわたってレースをリードし、今回こそ小林可夢偉がウィナーとしてその名を歴史に刻むものと誰もが思っていた。しかし、残り1時間でのまさか。小林可夢偉は2016年から参戦し、そのうち何回か勝てるチャンスがあったが、レース運営側のミスのせいであろうことか失格になったり、他車に追突されてリタイアしたりして、チャンスを逃してきた。今回も残念なことに、こうして2位に甘んじてしまったのである。

 3年前に自身が悪夢を見たときですら冷静だったほどクールな中嶋一貴も、最大のライバルであり、共に努力を重ねてきたチームメイトでもある小林可夢偉の悔しさや切なさを感じたのだろう。レース後、表彰台に上がる前に目を赤く腫らし、感極まってTVインタビューに答えられないほどだった。

表彰台のホセ・マリア・ロペス、小林可夢偉、マイク・コンウェイの3人。

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2019-20シーズン以降について

2019-20シーズンに続き、2020-21シーズンも参戦を表明したトヨタ

 トヨタは9月から始まるWECの2019-20シーズンに続き、2020-21シーズンの参戦も決勝の全日の6月14日に発表した。トヨタ陣営最速・最強の日本人ドライバーは中嶋一貴と小林可夢偉であることから、両者は少なくとも2020-21シーズンまでは参戦するものと思われる。よって、まだまだ小林可夢偉の初優勝の可能性はあるだろう。もちろん、中嶋一貴がル・マン24時間レース史上でもそうそうない4連勝という大記録を生み出せる可能性もある。

トヨタ「GR スーパースポーツ コンセプト」。排気量2400cc・V型6気筒直噴ツインターボのハイブリッド・パワーユニットの最高出力は1000馬力(735kW)としている。東京オートサロン2018にて撮影。

 その一方で大きく変わるのがマシン。現在のWECで採用されているLMP1技術規定は2019-20シーズンが最後のため、「TS050 HYBRID」の参戦は同シーズンが最後となる。そして2020-21シーズンからは、新たな技術規定が採用されることが発表された。新技術規定の最高峰カテゴリーは「ハイパーカー」と呼ばれており、年間20台以上を生産する市販ハイパーカーをベースにするというものである。

 ハイパーカーの性能は、全長13.629kmのサルト・サーキットを3分30秒前後で走ることができるというもの。「TS050 HYBRID」(2019年式)と比較した場合に15秒ほど遅く、安全性を考慮して最高速や加速性能を抑えているようだ。

 トヨタは、「TS050 HYBRID」をベースにして開発中の市販ハイパーカー「GRスーパースポーツ」(仮)で参戦するとしている。市販車だからといって、「GRスーパースポーツ」(仮)を甘く見てはいけない。こちらもエンジン+モーターのハイブリッド仕様で最高出力は合計1000馬力のモンスターマシンなのだ。

 このほか、ハイパーカー「バルキリー」を擁するアストンマーティンが参戦を表明している。ほかにも数車種がハイパーカーに該当すると思われ、今後、それらのメーカーがワークス体制での参戦表明が期待されている。

「GRスーパースポーツ コンセプト」のリアビュー。

 またもうひとつ、ハイパーカー・カテゴリーは、WECへの参戦メーカーを増やすという狙いもある。TOYOTA GAZOO Racing カンパニー・プレジデントの友山茂樹氏も、「世界中のメーカーに参戦してもらい、切磋琢磨すると同時に耐久レースのさらなる繁栄を願う」という旨のコメントを発している。

 2019-20シーズンのWECでも、LMP1-Hクラスはおそらく「TS050 HYBRID」だけとなるため、よほど厳しいハイブリッド車用の規制が新設されなければ有利は続くはず。あとはメカニカルトラブルやもらい事故などさえなければ、第88回ル・マン24時間レースの優勝も、同シーズンのWEC王座もTOYOTA GAZOO Racingは手に入れられるだろう。しかし、2020-21シーズンからは状況が大きく変わる。同じレベルのライバルチームにまだ勝ったことのないTOYOTA GAZOO Racingは、真価を問われることになるのだ。

 2019-20シーズンの「TS050 HYBRID」の有終の美を見届けるのと同時に、ライバルが現れる2020-21シーズン以降も”トヨタ時代”を続けられるのか、刮目したい。

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