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最終更新日:2019.02.04 公開日:2019.02.04

ガソリンで51.5%、ディーゼルで50.1%!! SIP「革新的燃焼技術」が驚異のエンジン熱効率を遂に達成!

40%超えでも「夢のエンジン」といわれてきたエンジンの熱効率。オールジャパン体制で取り組んだ研究者たちが遂に50%超えを達成した。どのような技術でそれを為し得たのか。

東京大学でエンジン燃焼制御実験デモンストレーションとして、熱効率を高め、騒音を抑えられる様子が報道に向けて披露された。写真は実験用に開発されたディーゼルエンジンで、排気量2754ccの直列4気筒だ。

 EVの普及が進んでいるが、実は2040年時点でも、世界のクルマの約89%にガソリンもしくはディーゼルエンジンが搭載されているという予測がある。世界のCO2排出量を減らすには、EVの普及促進だけでなく、まだまだ主流であり続けるであろう、エンジンのさらなる効率化が重要だ。

 エンジンの「正味最高熱効率」(以下、熱効率)とは、燃料が持つ全エネルギーのうち、エンジンの有効な動力として変換できた割合をいう。動力として変換できないエネルギー損失は大別して、「冷却損失」、「排気損失」、「機械摩擦損失」の3種類がある。

 冷却損失とは、燃焼ガスの熱エネルギーが燃焼室(シリンダー)の内壁から外部に伝わって逃げてしまう損失のことだ。走っているうちにエンジンが熱くなってしまうのは、冷却損失が発生しているからである。そして排気損失とは、燃焼ガスの熱エネルギーが排気ガスと共に失われてしまう損失のことをいう。その一部を回収する仕組みとして、ターボがある。最後の機械摩擦損失は、エンジンにはピストンやクランク、コンロッド、吸排気弁など、さまざまな可動メカが存在するが、それらの摩擦によって失われてしまう損失のことである。

現在の市販エンジンは最新のものでも40%!

トヨタの「ダイナミック・フォース・エンジン」シリーズの、排気量1986ccの直列4気筒のNAエンジン。トヨタのTNGAコンセプトで開発され、2018年2月に熱効率が40%に到達したと発表された。ガソリン車用で40%、ハイブリッド車用で41%だ。「人とくるまのテクノロジー展2018」のトヨタブースにて撮影。

 このように、本来ガソリンや軽油などが燃焼した際に生じるエネルギーは、クルマを走らせるための動力として100%取り出せずに逃げていってしまう。現在、市販車用エンジンの熱効率は、上画像のトヨタ製「ダイナミック・フォース・エンジン」などが40%に到達したところである(※1)。要は、半分以上も活用できずに失われてしまっているのだ。それをもっと活用することができれば、燃費の改善に直結する。そのため、世界中の自動車メーカーは巨額の研究開発費用を投じて、エンジンの熱効率の改善に向けた開発を続けてきたのだ。

 実は、熱効率は1970年代にはすでに30%台に到達していた。その後、10%を向上させるのに40年もかかったのである。エンジンの熱効率を向上させるということは、それほど技術的に難しいことであり、40%を超えてさらに向上させるにはまた長い年月を要するだろう。そうした中、2014年度から5か年計画でスタートしたのが、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議による戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的燃焼技術」だったのである。

※1 40%超えを達成したエンジンについては、トヨタが2018年2月に発表。別記事『【人とくるまのテクノロジー展2018】トヨタは2Lの新型直4NAエンジンなどを展示! 新車に搭載する…らしいぞ!?』にて詳報。

オールジャパン体制のSIP「革新的燃焼技術」とは?

1月28日に行われた公開デモの際に参加したSIP「革新的燃焼技術」の主要研究者らによるフォトセッション。プログラムディレクターを務めたトヨタの杉山雅則氏は、前列右から二人目。長くトヨタでエンジン開発に携わってきた。

 SIP「革新的燃焼技術」は、トヨタの杉山雅則氏がプログラムディレクターを、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が管理法人を務め、慶應義塾大学、京都大学、早稲田大学、東京大学を中心に研究は進められた。参画した研究者は日本全国の大学や公的研究機関に及び、機械工学エンジン工学のみならず、燃焼科学伝熱科学反応化学流体力学トライボロジー高分子化学計算科学など実に多種多様。130名以上の研究者が名を連ねているビッグプロジェクトである。

 これは、ひとえに燃焼だけでも非常に複雑な化学現象であることが大きい。燃焼とは、化学反応を中心にして熱の物質の移動、流体の挙動、さらにはそれらの相互作用によって複雑かつ高速で進行する現象だ。そして、空気量や燃料量、燃焼のタイミングなど、制御すべきパラメーターがとても多いことも特徴のひとつだ。そのため、エンジンの熱効率を向上させるには、それだけ多くの分野の研究者がチームを組む必要があったのだ。

 さらに、JSTとの連携協定に基づき、自動車用内燃機関技術研究組合(AICE、※2)が研究費を受けない支援者の立場で加わり、大学などの研究者らに対し、産業界のニーズを提示したり、実験装置の提供、安全確保や実機検証の支援などを行ったりした。まさに、オールジャパン体制で研究は進められたのだ。

※2 自動車用内燃機関技術研究組合(AICE):いすゞ、スズキ、スバル、ダイハツ、トヨタ、日産、ホンダ、マツダ、三菱の国内自動車メーカー9社に加え、産業技術総合研究所、日本自動車研究所が参画。エンジンの環境性能に対し、合同で研究を加速させることを目的に2014年に発足した技術研究組合。

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50%超を達成した技術はどのようなもの?

ガソリンもディーゼルも共に50%超えを達成した技術とは?

 SIP革新的燃焼技術では、40年もかかって40%に到達したところ、たったの5年でさらに10%向上させるという不可能とも思える目標を掲げた。実際、各所から不可能といわれたという。そして、下グラフの通り、毎年確実に向上させ、5年間で実際にガソリンエンジンで51.5%(※3)、ディーゼルエンジンで50.1%という熱効率を達成したのである。40%超えですら「夢のエンジン」といわれていたが、50%超えはもはや奇跡といっても過言ではないほどの成果だろう。

※3 ガソリンエンジンの熱効率は、排気量563ccの単気筒エンジンの燃焼実験データに基づく図示熱効率を算出し、その運転条件にて直列4気筒エンジンを想定して、熱電素子、ターボ、摩擦損失の性能を総合して算定された。

熱効率50%超えを達成するまでの推移。JSTのプレスリリース「ガソリンエンジンおよびディーゼルエンジンともに正味最高熱効率50%超を「産産学学連携」で達成~燃焼、摩擦、ターボ過給、熱電変換の技術で環境にやさしい内燃機関へ~」より掲載。

 50%超を達成するためのポイントとなった技術は、燃焼のポイントはガソリンとディーゼルでそれぞれ異なり、ガソリンは「超希薄燃焼」で、ディーゼルは「超高速空間燃焼」である。共通の技術として、機械摩擦損失の低減と、ターボ過給および熱電発電システムの高効率化も重要な要素となった。

ガソリンの51.5%達成のポイントは「超希薄燃焼」

 ガソリンでポイントとなったのが、「超希薄燃焼(スーパーリーンバーン)」(※4)だ。その実現のための課題としては、従来の点火技術だと着火しにくいことがひとつ。しかし、大きな放電エネルギーを与えて部分的に着火させても、火炎が伝播するときと消炎し伝播しないときの変動が大きく、燃焼が安定しないということもあった。

 超希薄燃焼を実現するための鍵となったのが、燃焼場に導入した強力な「タンブル流(縦渦)」だ。高乱流・希薄燃焼の現象を解明し、その結果に基づき、安定着火を可能とする点火技術が開発された。これにより、エネルギー損失の低い低温燃焼となる超希薄燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功したという。具体的には、以下の図の流れとなる(ガソリンは左)。

※4 超希薄燃焼(スーパーリーンバーン):理論空燃比よりも燃料濃度を半分以下にした燃焼。単位質量あたりの燃料を完全燃焼させるために必要な空気の最少質量を、燃料質量で割った比を理論空燃比という。今回のプロジェクトでの超希薄燃焼は、燃料濃度が理論空燃比よりも半分以下の混合気での燃焼と定義された。

左がガソリンの「超希薄燃焼」の仕組み。JSTのプレスリリース「ガソリンエンジンおよびディーゼルエンジンともに正味最高熱効率50%超を「産産学学連携」で達成~燃焼、摩擦、ターボ過給、熱電変換の技術で環境にやさしい内燃機関へ~」より掲載。

 (1)・(2)強いタンブル流動を導入した、超希薄な混合気をピストンで圧縮し、微細な渦群を生成
 (3)そこに適切な間隔を空けて複数回、強力な放電エネルギーを与える「スーパー点火」を行う
 (4)すると、タンブル流に追従して放電路が伸張すると共に、未燃ガスに放電エネルギーが分散的に供給され、燃焼室内にいくつもの火炎核が生成・蓄積される
 (5)ピストンによって混合気が最も圧縮されると、タンブル流動が崩壊する
 (6)圧縮による圧力・温度の上昇に伴って、多数の火炎核が同時に火炎伝播を開始・加速すると考えられる急速燃焼となり、安定した超希薄燃焼を実現

ディーゼルエンジンでは「超高速空間燃焼」がポイントに

 ディーゼルエンジンでは、燃焼室(シリンダー)の内壁近くで、火炎の滞留や「後燃え」(※5)によって冷却損失が生じたり、燃焼エネルギーの仕事への変換効率が低くなったりすることが課題だった。

 それに対し、燃料噴霧技術の発達と、燃料濃度の分布に関する詳細な解析と実験により、燃料噴射の在り方と火炎形成の関係が解明されたという。同時に、後燃えの要因も特定された。これらの結果に基づき、燃料噴霧が空気を巻き込みながら最適に分散する燃料噴射技術が開発され、火炎が内壁から離れて配置され、なおかつ後燃えを低減する高速空間燃焼を実現し、熱効率向上の実証に成功したとした。具体的な流れを見ていただくため、先ほどの図を再掲載する。

※5 後燃え:燃料噴射を終え、ピストンが下降して膨張行程に入っている時点で、未燃燃料が燃え続いてしまう現象のこと。後燃えが長くなると、熱効率低下の原因となってしまう。さらに、すすの酸化が進まずに粒子状物質(PM)排出が増えるため、環境負荷の面でも問題が生じる。後燃えを低減するには、噴射圧力を高めて噴射タイミングを早める必要がある。しかし今度は燃焼が急激になるため、今度はNOxの排出および燃焼による騒音が悪化してしまうという問題が生じる。ディーゼルエンジンはこの二律背反を抱えており、高度な後燃え制御が求められている。

右がディーゼルの「高速空間燃焼」の仕組み。JSTのプレスリリース「ガソリンエンジンおよびディーゼルエンジンともに正味最高熱効率50%超を「産産学学連携」で達成~燃焼、摩擦、ターボ過給、熱電変換の技術で環境にやさしい内燃機関へ~」より掲載。

 (1)燃料噴射を4回に分けて量を最適に配分する多段噴射を行う。多段噴射の前半では貫徹力の低い「プレ噴射」を行い、内壁から離れた場所に火炎が発生するようにする
 (2)続くメイン噴射では、プレ噴射による高温を受けて、壁から離れたところに火炎が発生し、火炎と内壁の間には十分な距離があることから、冷却損失を抑制できる
 (3)メイン噴射の噴射量は徐々に減らしていく「発展型逆デルタ噴射」を行う
 (4)「発展型逆デルタ噴射」により、霧状になった燃料が多くの空気を巻き込みながら進むようになる
 (5)低流動かつ高速な燃焼となる
 (6)従来燃焼に比して表面積の多い火炎が燃焼室の中央部に位置する高速空間燃焼を実現

熱効率50%超がもたらす恩恵は? そして今後の展開は?

 今回の熱効率50%超は、あくまでも実験用の単気筒エンジンで瞬間的に実現したものであり、これがすぐさま市販用エンジンで50%超えとなるわけではないという。今回得られた知見をどう応用するかは自動車メーカー次第だが、3~5年後には何らかの形で今回の成果を応用したエンジンが各メーカーから登場してくるだろうとしている。

 市販エンジンの熱効率が50%を達成した場合は、車種にもよるのだが、12~3%の燃費改善が期待できるだろうということだった。また今回はエンジンだけの研究だったが、クルマの駆動部や燃料まで含めたさらに大規模な連携を行うことで、クルマ全体で見たときにより熱効率を向上させられる可能性もあるとしている。

 また今回のポイントは、産学連携を超えた「産産学学連携」ともいえるオールジャパン体制にあるともいう。最初の1年はあまりにも専門分野が異なるため、会話すらまともにできなかったという研究者たちが真剣な対話を重ねて壁を突き崩し、こうして成果を出した。このことは、環境負荷の低減につながるのはもちろん、燃焼に関する基礎科学を発展させると同時に、日本の産業競争力の強化をもたらすものだという。同時に今後の産学連携の在り方を示したともし、今回の5か年計画の終了後でも解散せず、SIP革新的燃焼技術で形成されたネットワークを維持していくとしている。

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