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クルマ2018.10.16

【自動車カメラマンの、旅のしおり】ベトナムの混沌とした交通の中に、安全という秩序を見つけた話

 僕は仕事柄、国内外あちこちへ出かけます。今回は、東南アジア取材の帰りに立ち寄った、ベトナム最大の都市ホーチミンの交通事情から感じたことのお話です。

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車やバイクが往き交うベトナム最大の都市ホーチミン

僕が初めての国に行ったらまずやること

 東南アジアへは撮影のために毎年訪れています。ですが、ベトナムへは今回が初めてでした。それゆえ、ホテルに荷物を置いたら、まずはブラブラと街歩きに出かけました。ちなみに僕は、初めての国や街を訪れたときは、なるべくこの”儀式”を行います。目的もなくさまよう散歩こそが、旅の最大の楽しみなのです。と同時に、その場所に「体を馴染ませる」意味合いがあります。こうすることで、ケガや事故を未然に防ぐ効果があると、僕は思っています。ちょうど、車の慣らし運転やモータースポーツの完熟走行にちょっと近い感覚です。

ホーチミンの混沌とした交通状況とは

 写真の通り、ホーチミンはクルマやバイクで溢れていて、とても活気のある街です。一方、日本の都市と比べると信号がさほど多くありません。街中にカフェや飲食店が立ち並んでいるのに、これではちょっと不便かな? と思ったのも束の間、実はそうではないことにすぐ気付きました。

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タクシーの窓から見るホーチミンの風景。そのバイクの密集具合に驚きます

 この街では、信号のないところでも、歩行者は割と容易に道を横断することができます。そんな様子は頻繁に見かけますし、僕が現地の人みたいに実際渡ってみても危険を感じませんでした。こんなに車やバイクの往来が激しいのになぜ? どうして? と考えながら街の様子を観察すると、理由が分かりました。この街のドライバーもライダーも、もちろん歩行者もちゃんと周囲を確認しているのです。

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一見危ないベトナムの交通に安全を感じた。

一見危ないベトナムの交通に、安全を感じたわワケ

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混沌とした道路状況の中でもなぜか道路の横断は容易なホーチミンの街

 「そんなこと、当たり前だろ!」とお叱りを受けるかもしれませんが、日本では、ナビ画面を注視するドライバーや、スマホ片手に自転車に乗る人、ヘッドフォンステレオで音楽を聴きながら歩く人など、移動中の行動はさまざまです。ドライバーも歩行者も、周りの状況をいつも注意深く確認しているわけではない、そんな状態を頻繁に目にします。でも、ここホーチミンでは、そうした行動は文字通り「死ぬほど危険」なのです。それゆえ、ドライバーもライダーも歩行者も、みんな迫り来る相手の動きをしっかり見ながら行動しているのです。

 実際に僕が道路を渡ってみても、ドライバーやライダーがしっかりこちらを認識してることを実感します。もちろん、こうした混沌とした状況は僕も怖いので、どこからか乗り物がすっ飛んでこないか、ものすごく注意深く確認しながら道を渡ります。

 こんなことを繰り返しているうちに、迫り来る相手とアイコンタクトを交わすまでもなく、この街の交通状況に溶け込むように歩きやすくなっていきます。滞在後半は、むしろ安全とさえ感じるようになっていたことが、自分でも驚きでした。

 同じ東南アジアでも、隣国カンボジアではこのような感覚はありませんでしたし、モータリゼーションが発達したタイでもこの感じはありません。もちろん、欧州に行ったときに感じる、歩行者優先の精神がこの街に浸透しているようにも見えません。どこの場所にも似ていない、とても不思議な”ご当地ルール”がホーチミンにはあったのです。

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タイ・バンコクでも同じような混沌とした状況を見かけます。でも、全体的な雰囲気は日本と似ています

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この写真のように、横断歩道を渡ろうする歩行者がいれば、まず歩行者を優先させる国が欧州には多くあります。実は日本でも法的には歩行者優先なのですが……

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守られた国、日本に帰ってきて思ったこととは

きれいで安全な国、日本に帰ってきて思ったこと

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たくさんの人が行き交う市場であってもバイクや車が多いホーチミン

 歩行者の多い市場の道ですら、バイクや車が往き交うホーチミンの混沌とした交通環境は、案外絶妙なバランスで成り立っているだけなのかもしれません。

 帰国後、あらためて日本の道路を見ると、信号やガードレールなど道路上のインフラ整備が極めて進んでいると感じます。反面、そうした道路付帯物が整備されていてなお、特に路地などでは、ホーチミンよりはるかに危険を感じる場面が多いのです。狭い道に入ってきて減速もしないタクシーや、確認もせず猛スピードで車道に飛び出す自転車に、人命軽視とまでは言いませんが「捕まりさえしなければ、何をしてもいい」と考える風潮をひしひしと感じるのです。

 自分の運転で誰かを傷つけたくない。歩行者の時には痛い思いはしたくない。そんな人として当たり前の感情すら、僕らは少し薄れてきているのかもしれないと、安全に守られた、一見きれいに整っているこの国に戻ってきて思いました。

 もちろんベトナムの交通のすべてがいいとは思いません。むしろ日本よりも問題は多いでしょう。それに、ベトナムのモータリゼーションが今後どのように発展していき、それによってホーチミンの風景がどう変わっていくのかは知る由もありません。でも、インフラや法整備がどんなに進展しても、結局のところ安全は一人一人の意識の上に成り立つものなのだろうなと、再認識させられたのです。

2018年10月15日(自動車カメラマン・高橋学)

高橋学(たかはしまなぶ):フォトグラファー。1966年北海道生まれ。スタジオに引きこもって創作活動にいそしむべくこの世界に入るが、なぜか今ではニューモデル、クラシックカー、レーシングカーなど自動車の撮影を中心に活動中。日本レース写真家協会(JRPA)会員。

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