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最終更新日:2018.06.04 公開日:2018.06.04

【人とくるまのテクノロジー展2018】日産の可変圧縮比エンジン「VCターボ」

 5月23日~25日に神奈川県・パシフィコ横浜で「人とくるまのテクノロジー展 2018 横浜」が開催された。内外の自動車関連会社597社がブースを出展、自社の技術をアピールした。

 日産で目を引いていたのが、日立オートモティブシステムズ社と共同開発した量産型の可変圧縮比エンジン「VC(Variable Compression:可変圧縮)ターボ」だ。

圧縮比とは? 圧縮比を可変できるとは?

圧縮比を連続的に可変させられる量産エンジン「VCターボ」のカットモデル。最高出力200kW、最大トルク390N・mという、6気筒エンジン並みのパフォーマンスを出しながら、非常に優れた効率を併せ持ったコンパクトな4気筒ターボエンジンだ。

 圧縮比とは、エンジンのシリンダー(燃焼室)において、ピストンが下死点(最も下がった位置)となって容積が最大になるときと、上死点(最も上がった位置)となって最小になるときの比率をいう。

 仮に最大の容積が2000ccで、最小が200ccだとすると、2000:200=10:1となる。これが最大が2200ccで最小が200ccなら11:1だし、最大が1800ccで最小が200ccなら9:1。または最大が2000ccで最小が400ccなら5:1だし、最大が2000ccで最小が100ccなら20:1となる。

 つまり、最小容積が同じままで最大容積が大きくなるか、最大容積が同じままで最小容積が小さくなると圧縮比は高くなる。その逆なら圧縮比は低くなる。なおカタログ上では、最大側の数値のみを表記する場合も多い。

 圧縮比はエンジンの性能や特性を決める重要な要素のひとつなので、メーカーはどのような車にしたいかによって慎重に検討して決めていくのである。

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北米では搭載車種がすでに発売中!

北米では「QX50」が「VCターボ」を搭載して販売開始!

 国内では「VCターボ」搭載車の具体的な車名や発売日は正式発表されていないが、北米ではすでに搭載車が発売中だ。中型のクロスオーバーSUV「QX50」の2019年モデルが、「インフィニティー」ブランドから2018年3月から出荷を開始した。また2018年秋には、北米日産からミドルクラス・セダン「アルティマ」の2019年モデルに搭載されて発売されることが公式発表されている。

 また、コンパクトカー「ノートe-POWER」やミニバン「セレナe-POWER」に搭載されている、発電専用のシリーズ型ハイブリッド・パワートレイン「e-POWER」に変わる、さらに高効率な発電専用エンジンとしての利用も考えられているという。

北米「インフィニティー」ブランドから2018年3月から販売が始まった、中型クロスオーバーSUV「QX50」2019年モデル。市販車として初めて「VCターボ」を搭載した。

「VCターボは」搭載車の第2弾として公式発表されているのが、北米日産から2018年秋に発売予定のミドルクラス・セダン「アルティマ」2019年モデル。

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「VC」ターボと通常のエンジンとの違いは?

通常のエンジンなら圧縮比は変えられない

一般的なガソリンエンジンのシリンダー内。日産「ジューク」に搭載されている「MR16DDT」エンジンのカットモデル。ガソリンと空気の混合気の燃焼(爆発)を受け止めて上下動するのが、エンジンのパーツとして最も知られた「ピストン」。その下の棒状のパーツが、ピストンとクランクシャフトをつなぐ「コンロッド」(コネクティング・ロッドの略)。さらにその下にあるのが「クランクシャフト」で、ピストン同士を連結させている軸だ。これがピストンが受け止めた爆発力を回転力に変え、駆動系を伝わって最終的にはタイヤを回転させる。日産グローバル本社ギャラリーにて撮影。

 従来のエンジンでは、構造(物理)的に容積を変化させることはできないため、基本的には圧縮比を変えることができなかった。少し分かりづらいが、上の画像の通り、従来のエンジンはピストンがコンロッドを介してクランクシャフトに接続されている。エンジンを改造してこれらの部品を変更でもしない限り、ピストンの上死点と下死点は変えることはできず、圧縮比も変えられなかったのである。

 要は、エンジンとは通常、基本的な圧縮比はひとつしか持たない。そのため、どうしても得意とするエンジンの回転域もあれば、苦手とする回転域も生じてしまう(基本的な圧縮比としたのは、物理構造を大きく変更しないで、いわば擬似的に圧縮比を変えるミラーサイクルという技術もあるため)。

 しかし、もし走りながら最も適した圧縮比に変更できたらどうだろうか? ドライバーが加速したいときには必要なだけのトルクを最も効率よく発生させる圧縮比に変更し、街中を流すようなときは燃費最優先の圧縮比にする。つまるところ、複数の圧縮比のいいところ取りをできるエンジンになるわけで、さらなる効率化が実現するのがわかるはずだ。

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「VCターボ」の特徴と可能性について

「VCターボ」圧縮比が8から14まで可変!

 もし実現できればその効果は大きい可変圧縮比エンジンだが、長らく実現できなかった。それを日産が、量産にまでこぎつけたわけである。今回展示された「VCターボ」は、圧縮比の低い方は8からで、高い方は14まで。ドライバーの走らせ方に応じて最も適切な値の圧縮比が選ばれる。

 圧縮比は高いほど、同じ量のガソリンと空気から大きな力を出すことができる。つまり、低燃費にもしやすい。ところが、あまり高圧縮にしてしまうとノッキングなど、意図しないタイミングでの異常燃焼が発生して、ときにはエンジンにダメージを与えてしまう。

 特にターボなどの過給装置を備えたエンジンは、空気を強制的にシリンダー内に詰め込み、その分燃料もたくさん噴射することで大きなトルクを出すことはできるが、一方で圧縮比が高くなって異常燃焼を起こしやすくなるため、あらかじめ圧縮比が抑えられることが多かった。つまりパワーは出しやすいが、燃費を向上するのは難しいという特徴を持っていたのである。

 この点、「VCターボ」の場合は圧縮比が変更できるので、パワーを出したいときは低圧縮比にし、低燃費にしたいときは高圧縮比にすることで、それぞれを両立することができるのである。

 このような特徴や、そもそも燃焼行程を長くとって無駄なくエネルギーを使える可変圧縮のメリットも生かして、「VCターボ」は、エンジンの効率性を表す「熱効率」を通常のエンジンよりもさらに高めることが可能だ。通常のガソリンエンジンの熱効率は、現在、最高で40%に達しているが(記事はこちら)、ここから先は技術的なブレイクスルーがないと難しい状況。しかし「VCターボ」のような可変圧縮比エンジンなら、さらにその上を目指すことができるという。

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「VC」ターボが圧縮比を可変させる仕組みとは?

「VCターボ」はどんな仕組みで圧縮比を可変させる?

左が現在の一般的なエンジンで、右が「VCターボ」の構造。「VCターボ」実現のカギは、マルチリンク機構だ。(1)ピストン。(2)コンロッド(コネクティングロッド)。通常エンジンのパーツ。(3)U-リンク(アッパー・リンク)。「VCターボ」のパーツ。L-リンクとのコンビで従来のコンロッドに当たる。(4)L-リンク(ロワー・リンク)。クランクシャフトと一体化した「VC」ターボのパーツ。(5)クランクシャフト。(6)C-リンク(コントロール・リンク)。コントロール・シャフトを間に挟んでA-リンクとコンビを組んで、アクチュエーター・モーターにつながる「VCターボ」のパーツ。(7)コントロール・シャフト。「VCターボ」のパーツ。(8)バンランス・シャフト(セカンド・バランサー・シャフト)。(9)アクチュエーター・モーター。ここが時計回りもしくは反時計回りに回ることで、最終的にピストンの上下死点の高さが変化する。「VCターボ」のパーツ。(10)A-リンク(アクチュエーター・リンク)。「VCターボ」のパーツ。パネルは、人とくるまのテクノロジー展2018の日産ブースにて撮影。

 「VCターボ」の仕組みは上の画像の右のようになっている。コンロッドがなく、ピストンとクランクシャフトはU-リンクとL-リンクのふたつでつながれる(L-リンクはクランクシャフトと一体化している)。また、クランクシャフトの下にもコントロール・シャフトを挟んでC-リンクと、アクチュエーターモーター(モーター)につながるA-リンクが存在する。

 「VCターボ」はピストンの上下死点の高さを変えることで圧縮比を変化させるが、その起点となるのがモーターだ。上の図で見てモーターが時計回りにもしくは反時計回りに回転することで、A-リンク→コントロール・シャフト→C-リンク→L-リンク(クランクシャフト)→U-リンク→ピストンと力が伝わり、ピストンの上下死点が変化する。そして高くなれば燃費重視の高圧縮比となり、低くなればパワーを出したいときのための低圧縮比となるというわけだ。

日産が2016年8月14日に発表したときの「VCターボ」のカットモデル。下側のマルチリンク機構の一部が見える。

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圧縮比の可変以外の「VCターボ」の優れた部分とは?

マルチリンク機構のメリット

日産が2016年8月14日に発表したときの「VCターボ」の外観。

 圧縮比を可変できる以外のマルチリンク機構のメリットは、まずピストンが下降する際にU-リンクがコンロッドよりも垂直に近い姿勢を保てることから、シリンダーの内壁面との摩擦が通常のエンジンと比べて低減させられる。これにより、燃焼圧力、要は混合気の爆発したエネルギーをより効率よくクランクシャフトに伝えられるようになった。

 さらに、ピストンストロークが上下死点間で対称となることから、「正弦運動」となり、エンジンの振動が大幅に抑制される。正弦運動とは、三角関数のサインカーブを描く運動のこと。それに対し、通常のエンジンはきれいなサインカーブとはならないため、余計な振動が発生してしまうのだ。

通常のエンジンと「VCターボ」のピストンストローク(縦軸)とクランクの角度(横軸)を表したカーブ。「VCターボ」はきれいなサインカーブを描いているのに対し、通常のエンジンはそうはならないため、振動が発生してしまう。

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「VCターボ」の”ターボ”に迫る!

「VCターボ」の”ターボ”も忘れてはいけない!

「VCターボ」は可変圧縮比(VC)だけでなく、ターボもポイントだ。(1)電動ウェイストゲート(バルブ)。ターボは排気ガスを利用してタービンを回して過給する機構だが、その中で排気ガスの流入量を調節するためのバルブがウェイストゲートで、過給圧を一定にしたり、ターボやエンジン本体を守るための仕組みでもある。それを電動化したことでより細かな調整が可能となった。(2)ワイドレンジターボ。ターボ本体。ターボは過給圧が一定以上にならないと働かないターボラグが存在するため、それをなくそうとしてエンジンの低回転に合わせると高回転が犠牲になる。高回転を犠牲にせずに低回転からも働くよう、有効な回転数の幅を広くしたターボである。(3)電動可変バルブタイミングコントロール機構。吸排気を行うバルブの開閉のタイミングを回転数に合わせて可変させられる機構で、それを電動化してさらに細かく調整できるようにしたもの。

 「VCターボ」のVCについては触れたが、ターボのことも忘れてはならない。新たに開発されたターボシステムはワイドレンジ仕様で、さらに過給圧を細やかに制御する電動ウェイストゲートを組み合わせており、ターボラグを抑えた上で、高効率の過給を実現。瞬間的に大出力を発生させられるという。

 それに加え、過給圧が低いときの高効率化を、「電動VTC(可変バルブタイミングコントロール機構)」によって実現した。バルブタイミングを連続的に変化させることで、ポンピングロスを減らし、高圧縮比との組み合わせによって高効率燃焼を実現したとしている。

 「ポンピングロスを減らす」とは、吸気時にピストンをより効率よく下降させることをいう。通常、あまりパワーを必要としない状況下だと、本来は吸気バルブが小さくしか開かない。すると、素早くはピストンが降りていかない。

 しかし、バルブの開閉タイミングを可変させ、あえて大きめに開くことで、より多くの吸気を行ってピストンを効率よく下降させるのである。そして必要以上に入ってしまった空気は吸気バルブを閉じるタイミングを遅らせることで逆流させて排出し、本来の量にしたところでシリンダー内にガソリンを直噴、燃焼時の爆発力を最適にして燃費を上げるのである。

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