その7 / EV版ワーゲンバス「I.D.BUZZ」に 鎮座する「庭の小人」が市民権を獲得するまで
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展示会・見本市の中でひっそりと咲く、隠花植物のような不思議なモノを紹介する本企画『展示会の「えっ!?」』。好評につき(!?)またまたリポートいたします。
先日、独フランクフルトで行われたモーターショーに行った時のことです。VW(フォルクスワーゲン)社のブースを覗いたら、50年代に発売された名車ワーゲンバス(記事はこちら)のEV版「I.D.BUZZ」が展示されておりました(I.D.BUZZについてはこちら)。
フォルクスワーゲンI.D.BUZZ。© JAF Media Works
ワーゲンバスに最も寄せたデザインだといわれるエクステリアをチェックし、車内を覗き込んだ筆者の目に、突如それは飛び込んできたのでありました。
ダッシュボードの上にヨガのポーズをする小人のおじさんが!
おまけにこのおじさん不気味なアルカイックスマイルを浮かべながら、空中に浮遊し回転しているのです(それが磁力なのか、風力なのかは残念ながら不明でした)。
VW提供のプレス写真にもおじさんが。このヨガおじさんが付属品なのでしょうか…?。© Volkswagen AG
「なんだこりゃ!」思わず叫んだ筆者の声にも、小人おじさんの存在にもまったく反応することなく、当たり前のごとくクルマを見て通りすぎるドイツ人…。これこれこれ!昔の記憶が甦ってきたのでした。
ドイツに暮らしていた頃、思わず「えっ!?」と立ち止まってしまう不思議なモノに出会うことが多々ありました。しかし、いくらそれ(の奇妙さ)を説明してもドイツ人にはまったく通じない。あたかも宇宙空間の中でひとりぼっちになってしまった「ゼロ・グラビティ」のサンドラ・ブロックのような孤独感と焦りを何度経験したことでしょう。
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I.D.BUZZの小人のおじさん、実は、Gartenzwerg(ガルテンツヴェアク)=直訳すると「庭の小人」といって、ドイツの庭でよく見かけるドイツ人には馴染み深いオブジェなのです。
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問題はこの「庭の小人」の表情です。ふてぶてしいようなリアルなおじさん顔で、愛嬌やかわいらしさは微塵もなし。笑った顔は、ともすると悪代官のような嘘っぽい不気味さを醸し出しています。これを愛するドイツ人のセンスが、20年以上ドイツに暮らした筆者でもまるで理解できないのです。
「庭の小人」を庭に置くドイツ市民のことを「悪趣味」、「小市民的」、「偏狭的」とこき下ろす人もいるにはいるのですが、2008年の統計によると、「庭の小人」がドイツの庭に生息する数は、なんと2500万体!いかに彼らがドイツ人に愛されているかが窺えます。
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「庭の小人」はバロック時代に、宮廷の庭園に置かれていたのが最古のものだといわれます。ナチス時代にはドイツの景観を損なうものとして、禁止項目に数えられ一旦、姿を消します。
しかし、戦後にガーデニングが流行るようになると、「庭の小人」は不死鳥のごとく復活! 庶民の庭に再び姿を現します。そして、あのふてぶてしい顔のごとく小人たちはドイツをはじめオーストリア、スイス、イギリスの庭に着実に領土を拡大し、ついには市民権を獲得することに成功します。つまり、1981年スイス・バーゼルに「国際庭の小人保護連合」なるものが設立され、庭のオブジェとしてヨーロッパの庭に君臨する権利を獲得するまでになるのです。
ちなみに同連合によれば、「真の庭の小人は69cm以上であってはならず、とんがり帽とひげを有した男性像でなければならない」と定義されています。
30mにわたって行列を作っている小人たち。1001体の笑みを浮かべた不気味な「庭の小人」が整列している。© picture-alliance / ZB
市民権の獲得だけではありません。1990年代に「キッチュ」という言葉に代表される、悪趣味なものが逆にカワイかったり新しいと見なされる風潮が起こると、「庭の小人」はドイツでブレークしてしまいます。
古典的な本来の小人だけでなく、現代的な衣装や挑発的なポーズ、政治家や有名人を模倣した小人など様々な新しいモチーフが生み出され、ドイツ人のハートを完全に鷲づかみにしてしまうのです。
変わりモノ小人のひとつ…。picture alliance / David Ebener
サッカーチーム「ボルシア・ドルトムント」の小人も出現。picture alliance / dpa
2014年に、オーストリアの政党SPÖ(オーストリア社会民主党)が選挙PRの一環として、「教育改革」など政党の理念を掲げた「庭の小人」20,000体を、選挙区のいたるところに設置しました。しかし、それらの小人の内400体が一夜にして盗まれるというミステリーな事件が発生し、話題を集めたことがありました。
これは「庭の小人」がとうとう社会現象にまでなった例であります。
盗難騒動の張本人、SPÖの選挙PRに用いられたメン・イン・ブラック風「庭の小人」。© picture alliance / dpa
「I.D.BUZZ」の小人のおじさんは、ドイツを象徴する存在である「庭の小人」がハイテク化した姿、つまりVWの未来カーを象徴するドイツ人独特のユーモアだと筆者は推測します。
ちなみに、会場でVWのスタッフに聞いてみたところ「わからない」とのお返事が…。この謎の解明についてはVWドイツ本社に追及してみますので、続きを(あったら)お楽しみに~。
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2017年10月12日(JAFメディアワークス IT Media部 荒井 剛)