第10回 休日は人形焼片手に日光散歩●日光人形焼
誰もが知っている観光地である日光で、こんなに立体的でくっきりと彫りの深い人形焼に出会うとは思っていませんでした。人形焼だけに、懐かしさもあるお菓子ですが、昔からあるものというには何かが違う。その違いは何かといえば、素朴でありながら考えがあって作られている感じとでもいうのか、要は”可愛らしい洗練”ということでしょうか。
東照宮の三猿をモチーフにお菓子を考案するとなると、どうしたって可愛らしくなる以外ないと言ってもいい、動物の仕草が決め手の、老若男女に愛されるものになるでしょう。
動物や人物をモチーフにするのは、日本人の得意とするものです。
鳥獣戯画に若冲と、遡れば随分と昔から慣れ親しんできた手法は、獣や虫、はたまた野菜のような植物までもが様々に表現されてきました。
それを、現代の漫画やアニメなどのルーツとする説もありますが、さほど間違ってはいないのかもしれません。いずれにせよ、身近な人間以外の存在がユーモラスに描かれ作られるのは、長年の日本人好みな表現方法です。
人形焼は、たい焼きやどら焼きの仲間と言える気がします。たい焼きはなぜか魚の形、どら焼きは、丸いパンケーキ2枚の間にあんこを挟んだ、極めて単純な形をしていますが、こんがりと均等においしそうな焼き色は、人形焼に通じる微笑ましさがあります。つまりは、ちょっとした配合や形の違いが、工夫次第で全く違った雰囲気のお菓子になるという証拠のようなもので、それぞれの楽しさが長い間の人気の秘密なのではないかと思います。
みしまやは、日光彫の三島屋の長男、中山圭一さんが4年前に開業したお店。日光街道沿いの、最近整備されつつある遊歩道のような歩きやすい道沿いにあります。
日光のお菓子の特徴というと、羊羹屋さんが多いということ。福井県と同じく、夏だけでなく冬でも水羊羹を食べること。確かに、日光街道沿いを東照宮へ向かう間には、何軒ものお菓子屋さんがあり、羊羹という文字も多いのです。
みしまやの人形焼き
さて、圭一さんの人形焼ですが、日光の三猿をモチーフにした人形焼というと、「観光客向けの日光土産ね」と言われそうですが、単なるお土産品と位置付けてしまうのはどうなのかな?と思うような完成度の高さです。小さな立体作品とでも言いたくなる風情。
ご本人に聞くと、大学は東京の美大、しかも彫刻を学んで鋳造まで知識があるとなると、この人形焼の佇まいも納得せざるをえない説得力があります。
東京時代、日光の実家に帰省するときは必ず浅草からの電車に乗ったそうで、浅草といえば浅草寺の門前には人形焼の専門店が軒を連ねています。家へのお土産は、いつも人形焼を買っていたそうで、そんな刷り込みもあって、人形焼の製造販売を始めた理由は自然なものとも言えます。
みしまやの人形焼は、一口食べれば材料の良さと作りの丁寧さを感じます。食べる前に、この立体感ですからちょっと並べてみたくもなり、三猿の後ろ姿も確認してみたくなり。さぞ型にもこだわったのだろうと思いましたら、自分で作りそうになるくらいだったそう。そこはさすがに専門家に任せたとのことですが、彫りに関しては、試行錯誤を重ねたそうです。
試行錯誤といえば、内側のあんこと外の生地の材料や配合なども、相当あれこれと試して決めたようです。
「お菓子の専門ではないし、これしか作れないけれど、材料をケチるとろくなことがないのは、彫刻も同じです」と断言される圭一さん。このことは大いに同感なのです。
高級なもの、という意味ではなく、できるだけ自然な作りのものをお菓子や料理に使うのが理想ですから。典型的な配合から試して、ほんの少しの餅米飴やはちみつ、それにみりんを加えた生地は2種類あって、スタンダードなものと、日光の特産である山椒で作った粉を加えた生地とがあります。
見た目はほとんど変わりませんが、食べてみるとほのかな山椒風味がとても美味しい。
「入っていないものの方が圧倒的に売れる、こっちも美味しいと思うんですけどね」と圭一さん。
そうです、山椒風味も食べてみた方がいい。濃いめに淹れたほうじ茶がとても合いそうです。
中のあんこはこしあんです。あん作りには苦労したということですが、産地と季節と作り手の体調までもが仕上がりを左右するのがあんこだと思います。小豆は小粒な種類の北海道産。それに地元産の卵や尾瀬産のはちみつが生地に入って、美味しさが増すのでしょう。ちょっとした種類の違いや条件の違いが、面白いところでもあります。
本業が人形焼なのか日光彫りなのか、線引きは不要だなと思うくらい、お菓子に限定したことではない、もの作りについての話をお聞きしているんだな、と感じました。
日光彫りと秋の日光
圭一さんは毎年秋に、東京で開催されるデザイナーズウィークに、アートディレクターと組んで作品を出品されていたそうです。渋い朱の引き出しに刻まれているのは葛飾北斎の象。何ともモダンにレイアウトされた引き出しです。
店舗で販売されているものの中にも、フクロウ(コノハズク?)をモチーフにしたシンプルなトレーがあります。植物を配した古典的な日光彫はお父様が制作され、圭一さんは少し違う角度で日光彫の可能性を探っているようにも思えました。
隣同士の2つのお店は、日光彫をルーツに持つユニークな場所となっていくのでしょう。
秋が一年で一番のハイシーズンだという日光。言わずと知れた場所の見物もいいけれど、日光は何しろ自然が豊富な土地。
「車で日光を訪れるなら、宇都宮方面から杉並木を通って日光連山の深い緑を目にしながら来て欲しい」というのが圭一さんのお勧めです。肌寒くなって来た頃に日光を訪れて、みしまやの人形焼をドライブのお供にいかがでしょう。綺麗に修復された三猿を見る目も、少し違ってくるかもしれませんよ。
●日光人形焼 みしまや
栃木県日光市石屋町440 ℡0288-54-0488 【営】9:00~17:00 【休】木曜
人形焼 椿1つ100円、三猿1つ130円、詰め合わせ1箱1,300円
写真・文○長尾智子
料理家。雑誌連載や料理企画、単行本、食品や器の商品開発など、多方面に活動。和菓子のシンプルさに惹かれ、探訪を続けている。新刊『食べ方帖』ほか著書多数。