2020年12月16日 04:00 掲載

クルマ トヨタHVレーシングカーはニッケル水素とキャパシタから始まった

2018年から2020年のル・マン24時間レースを3連覇したトヨタTS050HYBRID。トヨタが挑戦し続けたレーシングカー用ハイブリッドシステムをモータースポーツライターの大串信が解説。

文・大串信(モータースポーツライター)

バッテリー+キャパシタでスタート

2020年ル・マン優勝のトヨタTS050HYBRID

2020年ル・マン24時間レースで優勝したトヨタTS050HYBRID。写真:トヨタ

 トヨタは2020年、ル・マン24時間レースで優勝し2018年の初制覇から3連覇という偉業を達成した。優勝したのはトヨタTS050HYBRID。ガソリンエンジンと電動モーターを組み合わせたハイブリッドシステムを搭載したレーシングカーである。

 トヨタがハイブリッドシステムを使ったレース活動をすることを決めたのは2005年末のこと。この時点ではハイブリッドシステムを搭載したレーシングカーは世界に存在しなかったため、ハイブリッドカーが出場できるレースもなかった。当初トヨタは、量産ハイブリッド車を改造、実験的な競技車両を開発した。

 ここで改めてハイブリッドカーの仕組みを復習しておこう。自動車はブレーキをかけて減速する。このとき、運動エネルギーはブレーキで熱に変換されて空気中に放出されている。このとき熱として捨てられるエネルギーを電気に変換して車載バッテリーに充電し、加速する際には貯めた電気でモーターを駆動しエンジンをアシストしながら走るのがハイブリッドカーである。

 具体的には、モーターの軸を外からの力で回転させると逆に発電機として働くので、減速時には発電機=ジェネレータ、加速時にはモーターとして使う。これをMGU(モーター・ジェネレータ・ユニット)と呼ぶ。量産ハイブリッドカーはMGUとニッケル水素バッテリーを組み合わせた仕組みだが、開発陣はレース用車両を開発する際、電気を蓄えるためにキャパシタを追加した。

 化学反応を利用して電気を蓄えるバッテリーは、大量の電気を蓄えられるけれども充電と放電に時間がかかる。それに対し、静電気を利用して電気を蓄えるキャパシタは蓄電量は少ないが急速で充放電ができるという特性がある。短時間で加速と減速を繰り返すレーシングカーには、減速時に一気にエネルギーを電気に変えて充電し、加速時に一気にモーターを駆動できるキャパシタの特性が適している。しかしキャパシタが蓄えられる電気量には限界があるのでレーシングカー用ハイブリッドシステムではバッテリーと併用する形で用いられた。

 また、減速時に4輪すべてから効率よくエネルギーを回収するため、MGUを後輪だけでなく、前輪にも設けることにした。これにより、減速時のエネルギー回収はもちろん、加速時には4輪駆動となる仕組みもとなった。キャパシタの搭載と、4輪からエネルギー回収する2基のMGUが大きな特徴となるハイブリッドシステム。これが、後にTHS-R(トヨタ・ハイブリッドシステム・レーシング)と呼ばれることになるトヨタ・レーシングハイブリッドシステムの原型である。こうして開発された実験車は2007年、十勝24時間レースに参戦、総合優勝を飾った。ハイブリッドレーシングカーが24時間レースで総合優勝したのは世界初の快挙だった。

 だが当時、開発陣がル・マン24時間レースで優勝するために必要なパフォーマンスを試算したところ、THS-Rだけで車両1台分に近い重量になることがわかっていた。ル・マンの実戦に参加するためにはまだまだ開発が必要だと覚悟した開発陣はその後、ル・マン実戦参戦を目標に、THS-Rのさらなる開発熟成に取りかかった。

2012年から始まったル・マン24時間への挑戦

2012年ル・マンのトヨタTS030HYBRID

2012年のル・マン24時間レースでのトヨタTS030HYBRID。写真:トヨタ

 2012年、トヨタは熟成が進んだTHS-Rに自然吸気3.4リッターのガソリンエンジンを組み合わせたLMPクラスのレース専用スポーツカー、TS030HYBRIDを開発。いよいよル・マン24時間レースの実戦に参加した。ただしこのときはレースの規則でMGUは前後いずれかの2輪のみにしか設けられなかったので後輪にのみに設けられた。また蓄電には容量を増やしたスーパーキャパシタが採用され、重くてかさばるニッケル水素電池は下ろされた。ル・マンに参戦できたとはいえ2012年型のTS030HYBRIDはまだ総合優勝を狙うには未完成だった。

前輪にモーター搭載で4輪駆動

 2014年、ル・マンのレース規則が変更されたのを受けて、TS030HYBRIDはMGUを前輪にも取り付けたTS040HYBRIDへ進化した。この段階でエンジンとモーターを合わせた最高出力は1000馬力に達している。減速時にエネルギーを効率よく回収するだけではなく、加速時に1000馬力のパワーを出力するため、MGUで前輪も駆動する4輪駆動システムは必要不可欠なものとなっていた。

2012年ル・マンのトヨタTS030HYBRID

2014年ル・マン24時間レースでピット作業中のトヨタTS040HYBRID。写真:トヨタ

ハイパワー型リチウムイオン電池に変更

 2016年には小型・軽量化した独自のハイパワー型リチウムイオン電池開発に成功したため、従来のスーパーキャパシタに替えた新しいTHS-Rに新規開発のV型6気筒直噴ツインターボエンジンを組み合わせたTS050HYBRIDが開発された。従来の自然吸気エンジンをターボ過給エンジンに切り替えたのは、世界選手権転戦時、さまざまなコンディションに合わせた調整が容易だったからだ。こうしていよいよル・マン24時間レース総合優勝に向けて準備が整った。

 満を持して臨んだル・マン24時間レースでTS050HYBRIDは期待通りの高い戦闘力を発揮し、23時間57分までトップを走行、残り1周を走れば優勝というところまでこぎつけた。しかし思いがけないトラブルが発生し目前で優勝を逃してしまった。

2016年ル・マンのトヨタTS050HYBIRD

ラスト1周で涙をのんだ2016年のル・マン24時間レース。写真:トヨタ

 TS050HYBRIDの熟成を深めて臨んだ2017年もレース前半をリードする速さを示しながらトラブルで敗退。TS050HYBRIDがトヨタ念願のル・マン24時間レース総合優勝を遂げたのは2018年のことだった。

 ル・マン24時間レースでは年々ハイブリッドカーに対して消費できる燃料量を絞るとともにノン・ハイブリッドカーに対する最低車両重量を重くするなど厳しいハンディを課すようになったが、TS050HYBRIDはそれを乗り越えて今年に至るまでル・マン24時間レースで3連勝を遂げるに至った。

2018年ル・マンのトヨタTS050HYBRID

念願の初優勝を達成した2018年ル・マン24時間レース。写真:トヨタ

2021年はハイブリッド・プロトタイプで参戦

 来年以降、ル・マン24時間レースを含む世界スポーツカー選手権やWECFIA世界耐久選手権)の規定が大幅に改定されるため、従来のLMP規定に基づいて開発されたTS050HYBRIDは引退となる。トヨタは新しい規定に基づいて「GRスーパースポーツ(仮称)」をベースとするハイブリッド・プロトタイプ車両、いわゆるハイパーカーを開発中で、来季以降はこの車両が改めてル・マン24時間レースに挑戦することになる。

2021年ル・マンに参戦予定のGR SUPER SPORT

2021年からル・マン24時間レースを含むWECに参戦するトヨタのハイブリッドレーシングカー「GRスーパースポーツ」。写真:トヨタ


トヨタHVレーシングカーのル・マン24時間レース参戦を振り返る写真は、

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