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連載最終更新日:2023.06.14 公開日:2022.02.08

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第24回 イタリア人はエアコンが嫌い?その理由は

イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載。第24回は、イタリア人が乗るクルマにはエアコンが付いていない説について。

文と写真=大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

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イタリアにはまだ「エアコンレス」のクルマがある

「なぜ冬に?」と読者諸氏からは怒られそうだが、今回はエアコンの話である。

昨夏、我がクルマのエアコンが故障した。修理をしてくれたメカニックから、「これからは、冬場もときおり冷房をマニュアルでオンにしてくださいよ」とアドバイスされた。コンプレッサー内のオイルを定期的に潤滑させたほうが、各部へのダメージが少ないというわけだ。といっても、ただでさえ寒い時期に、なかなか冷房モードにする勇気がない今日このごろである。

そのエアコン(以後、冷房モードを指すこととする)、ヨーロッパには標準設定でないクルマがいまだ存在する。ルノー・グループのいちブランド「ダチア」が製造する「サンデロ・ストリートウェイ」である。

「日産ジューク」などと同じプラットフォームを使用しているBセグメント車である。エンジンはガソリン1リッター、ディーゼル1.5リッターだ。そのベーシック・グレードは、エアコンがオプション設定なのである。

エアコンレス車を誰が購入するのか? 今回の執筆を機会に、親しいイタリア人セールスパーソンに聞いてみると、「あれは宣伝効果狙いですよ」と、いきなり説明してくれた。

サンデロ・ストリートウェイの場合、エアコン無しだと車両本体が10,800ユーロ(約139万円。以下いずれも付加価値税込み価格)からだ。ひと回り小さいAセグメント車「フィアット・パンダ(9950ユーロ。約128万円)に、ちょっと加算するだけで買える。実はパンダのほうは、ちゃんとエアコンが付いているのだが、サンデロ・ストリートウェイの価格の安さをアピールするには、エアコン代(510ユーロ。約6万5000円)代を引いておいたほうが見た目のインパクト大というわけだ。

しかし、実際にエアコンレス車を購入する顧客はいるのだろうか? その質問に対してセールスパーソンは、「営業車として購入する企業と、年間走行距離が極めて少ない高齢者ですね」と教えてくれた。

たしかに、今日ほとんどの新車はエアコン標準装備、さらにいえばベーシックカーにもオートエアコンが普及し始めたから、敢えてエアコンレスを選択する個人ユーザーは少ないのだろう。

欧州では日本以上に長年の間、エアコンは限られた高級車のみの装備品だった。これは1970年代のメルセデス・ベンツW114型におけるエアコン操作部。すでにオートエアコンである。

欧州では日本以上に長年の間、エアコンは限られた高級車のみの装備品だった。これは1970年代のメルセデス・ベンツW114型におけるエアコン操作部。すでにオートエアコンである。温度表示は華氏表示。

メルセデス・ベンツW114型のリアウインドウに貼られた「エアコン付き」を示す透明ステッカー。1970年代日本のバスにおける「冷房車」ステッカーのような感覚だ。メルセデス・ベンツW114型のリアウインドウに貼られた「エアコン付き」を示す透明ステッカー。1970年代日本のバスにおける「冷房車」ステッカーのような感覚だ。

1970-80年代に製造されたシトロエンCXに貼られたエアコン付きステッカー。イタリア企業の商標なので、後付と思われる。1970-80年代に製造されたシトロエンCXに貼られたエアコン付きステッカー。イタリア企業の商標なので、後付と思われる。

フェラーリ208GTSのエアコン付き空調操作部は、運転席と助手席の間に。フェラーリ208GTSのエアコン付き空調操作部は、運転席と助手席の間に。

筆者の知人が購入したダチア・サンデロ・ストリートウェイ。筆者の知人が購入したダチア・サンデロ・ストリートウェイ。

「エアコンなんて要らない」の理由

ところでエアコン付き車の普及とは対照的に、イタリアの人たちと接していると「エアコン嫌い」が少なくないことに気づく。たとえ装着されていても、ACのスイッチをオンにしない人が多いのだ。

高級車でも、サイドウィンドウを開けて走っているドライバーが多いことで、それはわかる。実際に、筆者が知るイタリア人の多くはエアコンを好まない。100%スイッチを入れているのは、外国人観光客を乗せる機会が多い観光ハイヤーくらいだ。

かつて筆者があるメカニックに、自分のクルマを代わりに運転してもらったときも、「エアコンは苦手だ」と言って、猛暑日だったにもかかわらずたちまちスイッチを切ってしまった。エアコン嫌いのイタリア人たちに理由を聞いてみると「夏は暑いのが当たり前。だから要らない」という答えが一様に返ってきた。

彼らが要らないと答えるのには、3つの背景があると筆者は考える。第1は湿度の低さだ。たとえば筆者が住むイタリア中部トスカーナ州シエナの場合、6月〜9月は60%前後である。東京都が80%に達するのと比較すると、約20%も低い。

だから家庭も「屋根裏部屋以外は、エアコンが無い」という家が多い。人々がエアコンに注目し始めたのは、平均気温が上昇し、かつ新興国製の普及で空調機器の価格が低下してきた近年のことだ。クルマの場合、猛暑の昼間でも無い限り「走っていれば、それなりに涼しい」時間帯が多いのだ。実際、筆者も海に行く際、混雑を避けて朝8時前に出発すると、オートエアコンが勝手に暖房モードになってしまうことがある。

第2は「停止状態が少ない」ことだ。イタリアでは大都市の中心部を除き、日本と比較して渋滞が少ない。くわえて、ロータリー式(ラウンドアバウト)の交差点が多いため、ノンストップで走れる区間が長い。たとえば筆者が住む中部シエナから北部ミラノの外環道路まで、休憩を除けば400km以上停車無しで走り切ることができる。そのため、繰り返しになるが、走っていればそれなりに風が入って暑さを凌げる時期が多いのである。

第3は、価格重視のイタリアで、ベーシックカーにまでエアコン付き仕様が普及したのが遅かったことがある。筆者がイタリアに来て間もない1997年にレンタカーで借りた初代「フィアット・プント」や「ランチア・イプシロン」は、米国系レンタカー会社のものだったのもかかわらず、エアコン無しだった。

2000年代に入ると、中古車店でエアコン付きのクルマの値札には、「Aria condizionata」と但し書きされるようになったが、逆に「エアコンなんか要らないから、安いクルマが欲しい」という購入者も一定数いたためと捉えることができる。その証拠に今日でも、エアコン無しの初代フィアット「パンダ」を定番人気車種として店頭の一番目立つところに並べている中古車店は少なくない。

「シトロエンSM」は、1970年代のフランス製高級GTだが、写真のモデルにはエアコンのスイッチは見当たらない。「シトロエンSM」は、1970年代のフランス製高級GTだが、写真のモデルにはエアコンのスイッチは見当たらない。

1980年代のシトロエンにおける普及車種「BX」のある仕様。モダンな意匠に目を惹かれるが、ACのスイッチは無い。1980年代のシトロエンにおける普及車種「BX」のある仕様。モダンな意匠に目を惹かれるが、ACのスイッチは無い。

手の平を車外に

そうした”嫌エアコン派”イタリア人ドライバーに、よく見られるアクションがある。ずばり「走行中、窓から手の平を出す」ことだ。最近では、日本のJAFに相当する「ACI」の会員募集インターネット広告でも、やはり「窓から手の平を出す人」の映像が流れる。

筆者はといえば、日本で子どもの頃から「乗り物の窓から手を出すのは危険」と教えられてきたから、あまり真似をしたことがなかった。しかし、冒頭のエアコンが壊れた際、安全を確かめてからイタリア人に真似て片手を窓から出してみた。手のひらと腕を後方に追いやろうとする風圧と手の裏側、つまり甲に感じるカルマン渦。それらは、意外な心理的涼しさに繋がるばかりか「ああ今、自分はクルマを走らせているのだ」という、密室の中にいてはわからない感激さえも筆者に与えてくれた。

草いきれや松の木の香りも次々と飛び込んでくる。136年前、今日に続く自動車を最初に発明したゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツも、きっと同じ喜びがあったに違いない。窓を開けて、手をちょっと出すだけでこんなにときめきがあるとは。エアコン嫌いイタリア人に教えられたのであった。

日本車は比較的早くからエアコン付きを標準としていた。これは1990年代後半の5代目「ホンダ・プレリュード」のイタリア仕様。日本車は比較的早くからエアコン付きを標準としていた。これは1990年代後半の5代目「ホンダ・プレリュード」のイタリア仕様。

今日でも中古車店には、初代「フィアット・パンダ(右)」のように、エアコンレス仕様の車が頻繁にみられる。今日でも中古車店には、初代「フィアット・パンダ(右)」のように、エアコンレス仕様の車が頻繁にみられる。

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