線路も道路も走れる、世界で唯一の「DMV」に乗ってきた!
徳島県と高知県をまたいで繋いでいる阿佐海岸鉄道。ここでは道路と線路の両方をシームレスに走行できる世界で唯一の乗り物が走っている。それが「DMV(デュアル・モード・ヴィークル)」だ。その走りは大いに気になるところ。開業してから半年が過ぎ、その試乗レポートと、DMVを取り巻く実情と今後の見通しについて取材した。
DMVはいわば”線路を走れるバス”
阿佐海岸鉄道を走るDMVは、トヨタが販売するマイクロバス「コースター」をベースに、鉄道としても走行可能なシステムを追加したものだ。そのため、スタイルはマイクロバスにノーズを追加した、かつてのボンネットバスのようにも見える。その姿を前にすると想像以上にシュールだが、見方によっては可愛らしくも見える。
普通のマイクロバスとの最大の違いは、車体の前後に線路走行用の車輪が装備されていることだ。道路を走るときはこの車輪を隠した状態で走行するが、線路を走るときはこの車輪を下ろして、前後にある車輪で線路を走る。注目は駆動輪で、下りてきた車輪ではなくマイクロバスの後輪を線路の上に接した状態で使っている。
つまり、下りてくる車輪は、前輪にこそ障害物を取り除く機構が付いているが、駆動系には関係がなく、基本的には線路上を走る”ガイド”のような役割を果たしているのみとなる。一方、その車輪には、線路から外れることを防止するフリンジと呼ばれる出っ張りが装備されており、これを見ると「線路の上を走れる」ことを実感する。
バスモードから鉄道モードへの切り替えは、まず前輪が内部から線路に接触するまで下りてきて前部が持ち上がり、その後で後輪が内部から下りてくる。この後輪は前部が持ち上がった際に線路に接触する程度まで下りてきて、マイクロバスの後輪=ゴムタイヤは線路の上で駆動輪として接地したままとなる。
この切り替えに要する時間は30秒弱。アッという間に切り替えは終了する。一方、その逆は15秒ほどで終わる。この違いは、鉄道モードにした時はレール上に車輪が確実に乗っているかを確認する作業が必要になることが要因だ。
ルートは平日と土日・祝日とも13往復するが、平日は「阿波海南文化村」~「道の駅・宍喰温泉」を走り、土日・祝日は「阿波海南文化村」からスタートした後、1往復だけは「海の駅・東洋町」を経由してそのまま室戸岬の先にある「海の駅 とろむ」まで足を延ばす。鉄道として走るのは、この中の「阿波海南駅」~「甲浦駅」の4駅約10kmでどちらの日程でも変わらない。
鉄道モードで走る区間は4駅約10km
ここからがDMVへの試乗だ。乗車するには事前予約が原則だが、空席がある時は当日に整理券を取って乗車することができる。事前予約ではクレジットカードやコンビニ決済ができるが、当日は現金のみの対応となる。
乗車定員は最大18名で、さまざまな設備を搭載したこともあって通常のマイクロバスよりは少なめとなっている。ただ、予約状況を見る限りでは混雑している便もあるが、当日に乗れないということはなさそうだ。
試乗体験は、線路と道路での走行を体験できるルートとして、「阿波海南駅」~「道の駅・宍喰温泉」までの区間を1往復した。「阿波海南駅」では車内から鉄道モードへの切り替えを体験し、その後、鉄道としてDMVの走りを体験。「甲浦駅」ではバスモードへの切り替えを車内で体験した後、「道の駅・宍喰温泉」まで道路を走行した。
鉄道モードへの切り替えでは、運転士がモード切り替えスイッチを押すと「モードチェンジ、スタート」のアナウンスと共に、地元の高校生が演奏した太鼓囃子が流れ出す。それと共に車体の前部が持ち上がり、切り替えが終わると「フィニッシュ」とのアナウンスで終了。この「フィニッシュ」のアナウンスが素朴で可愛らしく、これを聞いて車内からはクスッとする人も結構いた。
いよいよ発進だ。駆動系はマイクロバスのディーゼルエンジンを使うので、ほぼマイクロバスのスタートに近い。が、走り出して「ゴトン、ゴトン……」というレールの継ぎ目で発生する鉄道特有の音が響くと、「あ、鉄道に乗っているんだな」ということを実感する。この路線は短めのトンネルが多数あるが、トンネル内を走るとその音がいっそう響き渡り、カーブではレールとフランジが擦れる「キーキー」とした音が鉄道旅をしている気分をさらに高める。
土日祝日には室戸岬の先まで乗車できる!
道路のように荒れた路面がないためか、乗り心地は思ったよりもソフトだ。レールの継ぎ目で若干振動を感じるかな、と思った程度。車体前部が持ち上がるので、乗る前に横方向に振られる可能性を心配したが、それもほとんどなかった。少なくとも車窓から眺める風景と体感する雰囲気は鉄道そのものだった。なお、運転士は鉄道モードでもハンドルは握っているが、この時のハンドルはフリーとなり、操作はアクセルとブレーキのみとなる。
そして、甲浦駅でバスモードに切り替える。ここからはタイヤで走行するため、当たり前だが、路面の状況がそのまま車体へ振動や揺れとなって伝わってくる。ドライバーとしてはボンネットの部分を気にしながらの運転となるんだろうが、乗客としてはマイクロバスに乗っている雰囲気となんら違いは感じない。
高架を走っていた鉄道モードと違い、周辺の施設がより近くなり、バス旅らしい走りとなった。短い区間ではあるが、鉄道とバスの二つの旅が楽しめる何ともお得な区間だったと言えるだろう。
阿波海南駅から道の駅・宍喰温泉までは31分。この区間の運賃は700円。始発の阿波海南文化村から乗った場合でも800円だ。一方、「室戸岬」や「海の駅・とろむ」まで乗車した場合は2400円となる。試乗した時の乗客は、私も含め往路で3名、復路は4名で、いずれも観光客で、地元の利用者はいなかった。また、この阿佐海岸鉄道は阿波海南駅で徳島駅まで通じるJR四国牟岐(むぎ)線(愛称:阿波室戸シーサイドライ)ンとの接続もある。
DMVが誕生した経緯については、すでに多くの報道があるので詳細は述べないが、開発の経緯に少しだけ触れると、最初に開発を手がけたのはJR北海道だ。約20年前にスタートさせたが、結局実用化に至ることはなかった。それが阿佐海岸鉄道でようやく日の目を見ることになった。阿佐海岸鉄道を取り巻く環境は人口減少と高齢化により厳しい経営が続いていたそうだが、それを何とか活性化しようと考えて導入したのがDMVだったという。
DMVを取り巻く現状と今後の見通しは?
DMVを取り巻く現状と今後の見通しはどうなのか。徳島県 県土整備部次世代交通課鉄道活性化担当の課長補佐 中本雅清さんに話を伺った。
まず、利用者の現状については、「DMV導入前は少子化、過疎化等の影響を受けて乗客数は減少していたが、それでも利用がもっとも多いのは朝夕の通勤通学で、昼間は観光客の利用が続いており、それはDMV導入後も変わらない。ただ、観光客の利用が上乗せとなり、乗車人数は大きく増えている」という。
DMVは特殊な構造を持っている故、車両価格が高価な上に、鉄道のメンテナンスも含めると高コストな乗り物になるのではないか? と尋ねたところ「車両代は(1億3000万円)通常のバスよりは高額だが、鉄道車両に比べれば、燃料経費や車両検査額が少額なため、ライフサイクルコストは大幅に削減できる。さらにDMVは車両重量が軽いため、線路などのメンテナンス費用も削減可能だ。また、DMVは車両自体が観光資源となり、地域への経済波及効果も大きいと判断している」とした。
阿波海岸駅でJR四国との接続性があまり良くないが、JR四国の阿佐海岸鉄道への乗り入れなどの構想はないのだろうか。
「3台のDMVと7名の運転士体制で限られた経営資源を最大限活用した上で、今のダイヤはJRから下りた後にDMVのモードチェンジを見てから乗車できるよう配慮した結果。乗り入れに関しては国の技術評価委員会においてDMV専用とすることが前提条件となっており、実現するにしても混在運行するための運転保安システムなどの技術開発が必要」とのことで、当面の乗り入れは難しいようだ。
乗車してみると、阿佐海岸鉄道は風光明媚なエリアを通っていることがわかる。特に高架を走る鉄道モードでは、トンネルが多いものの高めの視線で美しい海岸線をじっくりと堪能できる。中本氏は「トンネル内の乗車中も満足してもらえるよう、周辺の観光スポットやビューポイントなどを紹介する映像を新たに作成する計画。DMV運行開始後に寄せられた意見をもとに満足度向上に向けた取り組みを進めていく」と話してくれた。
徳島県と高知県にまたがるエリアに投入されたDMVは、世界で唯一の乗り物であるだけに乗り物ファンだけにとどまらず、世界中から注目されることになったのは確か。これを起爆剤として周辺の観光スポットを巡ることも可能になるだろう。DMVが魅力ある乗り物として発展していくことを期待したい。