『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第15回 路線バスはジェットコースター感覚?
イタリア・シエナ在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載コラム。第14回は、イタリアの最新路線バス事情について。狭い道もグイグイ走る小型バス、「ミニブス」とは一体どんな乗り物なのか。
イタリア独特のバス
イタリアでは、新型コロナウィルス感染症対策の移動制限が2021年4月末から段階的に緩和され、6月現在すべての州・自治県を越えた移動が可能になっている。
ただし路線バスは運転士を感染から少しでも保護すべく、前部ドアは乗降禁止となっていて、乗客は後部のドアのみを使ってアクセスする。この規則は今しばらく続きそうだ。
今回は、その路線バスの話である。イタリアでは一般的な路線バスのほかに、もうひとつミニブス(minibus)と呼ばれる小型バスを頻繁に見かける。一般的な路線バスが全長10m以上、全幅も約2.5mあるのに対して、ミニブスは全長7〜7.7m、全幅は2mちょっとだ。乗車定員も20数名と少ない。日本における自動車教習所や法事の送迎でお世話になるマイクロバスのロングボディとほぼ同じと考えてよい。
ミニブスのエンジンは、トラック用の3リッター級ターボディーゼルが定番だ。シャシーも3トン積みトラック用が用いられている。したがってサスペンションも、ベースとなるトラックのものがそのまま流用されている。たとえばイヴェコ社製の場合、前が横置きリーフによるダブル・ウィッシュボーン、後が縦置き半楕円リーフスプリングのリジッドである。
そうしたミニブスはトラックを製造しているメーカーのカタログに載っている。しかし、イタリアで路線バスとして使われている車両の大半は、イヴェコやルノーといった自動車メーカーから供給を受けたシャシーに、イタリアやスペインのボディ製造会社が自前の車体を載せたものだ。
企業の規模を記すなら、ボローニャに1978年に設立されたシットカー社の従業員は約50名、スペインのインドカー社は従業員250人で年産450台である。
なぜミニブスがイタリア各地で路線バスとして導入されているか? 理由は、旧市街での取り回しだ。中世以来の狭い街路において、その小回りの良さは最大の武器なのである。
問題はサスペンション・チューニングである。オリジナルであるトラック用シャシーからさほど大胆な改造が施されていないため、乗り心地はかなり荒い。
歴史的旧市街の石畳や、補修予算不足で荒れたアスファルト路では、突き上げが確実に乗客へと伝わる。加えてシートが日本のような布張りではなく、清掃の容易性を考えたFRP製なので、お尻がよく滑る。
そうした車両で、左右を煉瓦製の壁に挟まれた道路や、アップダウンが激しい丘上都市を行く。ドライバーは毎日運転し慣れたルートなので、それなりのスピードで飛ばす。古い車の場合、さまざまな場所からの軋み音がそこに加わる。住み始めた頃は、毎日ジェットコースターに乗っているような感覚に襲われたものだ。個人的には、今でも東京・浅草「花やしき」のローラーコースターを上回るスリルだと思っている。
燃える前に降ろしてくれ
イタリアの一般的な路線バスの乗り方を、筆者が住むシエナを例に記しておこう。乗車券はタバッキと呼ばれるタバコ店などで事前に購入しておくのが一般的である。シエナの場合1枚1.5ユーロ(約200円)。車内でドライバーから買うと、2.5ユーロ(約330円)に値段が跳ね上がる(料金はいずれも2021年6月現在)。いずれも70分以内なら何度でも乗り換え自由だ。
終点や大きな鉄道駅に面したバス停では、黙って立っていると通過されてしまう。他の行き先のバスを待っているのだとドライバーが思うからだ。ヒッチハイクの要領で腕を横に突き出すなど、派手な意思表示をする必要がある。
近年困るのは、ラッピング広告が施されたバスである。地元のバス運営体にとって大切な収入源なのだが、あまりに覆うので、一見路線バスか何かわからないものが出現するようになった。
車内に入ったらすぐに、印字機に乗車券を差し込み、日時を打刻する。たとえ乗車券を所持していても打刻を忘れると大変だ。検札係が乗り込んで来た場合、正規の乗車料金のほかに最低でも40ユーロ(約5000円)、最高で240ユーロ(約3万2000円)という高額な反則金を請求される。
検察係は途中のバス停で突然乗り込んでくるので、乗車券は降車するまで肌身離さず持っていることが肝心である。かつて筆者は、どこにしまったかを忘れてしまい、できることなら検札係の前で裸になりたかったことがあった。ようやく終点でカバンのとんでもない場所から出てきて事なきを得たが。
いっぽう笑ってしまったのは、運転士が経路を間違えたときだ。車内の客から「おーい、どこ行くんだ!」という声が上がった。すると彼は何事もなかったように、ちょっと後退してから運行を続けた。お客もとくに運転士を咎めることなく、ひとりまたひとりと降りて行った。心の余裕は大切である。
日本では考えられないバス経験は、まだまだある。いちばん困るのは「よく壊れること」だ。前もしくは後のドアが開かないことがある。その場合、別のドアから乗降することになる。開かないのはともかく、閉まらないときは、かなり寒い思いをする。そうかと思えば夏の暑い日、意図的に前のドアを開けっぱなしで運転しているミニブスのドライバーを目撃したこともある。車体が小さいので、(これも頻繁にあるのだが)冷房が壊れていたりすると車内が暑いのだ。
車両そのものの故障にも何度か遭遇した。2021年に入ってからも一度あった。乗ってからまもなく、明らかにエンジンの出力が上がらなくなった。急坂を登る前にドライバーがギブアップしたので降ろしてもらい、次の停留所まで駆けて行き、後続のバスに乗った。
ところで2021年1月27日付「イル・テンポ」紙電子版によると、ローマでは2020年に計28台のバスが火災を起こしている。2021年にもすでに数件の火災が発生しており、地元の検察は原因として車両の老朽化の可能性も拭えないことを示唆している。筆者も郊外の山間路で、燃えてしまったあとのバスを発見したことがある。大半の原因は、整備に掛ける費用と人員が充分でないことにある。
したがって無理をして火が出るよりは、たとえ道の途中であっても適当にギブアップしてもらったほうが、筆者個人的には助かると思っている。
不滅の装備
幸い近年、欧州連合(EU)は、環境対策として加盟国内の自治体に新型バス購入補助金を配分するようになった。2014年から2020年の間に3500億ユーロ(約4兆5000億円)を拠出した。
筆者が住むトスカーナ州も対象となった。とくに筆者が住むシエナは、大都市よりも総台数が少ないことから、かなりの割合で路線バスが入れ替わった。ミニブスにも新車が導入された。筆者自身の記録では、確か2017年のことだ。
エアコンもよく効く。例の日時印字機も刷新されて、乗車前に買うきっぷよりも高めだがデビットカードをかざして決済できるようになった。
運転席直後のパーティーションに液晶ディスプレイも備えている。GPSと連動して地図上に現在地を示したりして、「ついにミニブスも、ここまで来たか」と、導入当初感激した。
ところが、やはりメインテナンスが行き届かないようで、地図はいつの間にか消えてしまった。
いっぽうで、引き続き表示されているコンテンツといえば、「占い」である。外部プロバイダーの提供コンテンツで、毎日しっかり更新されている。恋愛運・健康運・仕事運がそれぞれ5段階で表示される。
イタリア人は星座占いが大好きで毎朝公共放送でも放映されている。したがって、新型ミニブスの占い表示も、それなりに楽しみにしている人がいるに違いない。いつか「故障運」まで表示されるようになったら、便利なような、怖いような……。