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最終更新日:2023.06.16 公開日:2021.01.29

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第12回 サービスエリアというワンダーランド

イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載コラム。第12回は、イタリアの高速道路にもあるサービスエリア(SA)とパーキングエリア(PA)について。

文と写真・大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

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高速A1号線モデナ郊外のセッキア・オヴェストSA。2016年に高級食料品店「イータリー」とコラボレーションした食堂1号店が開設された。

トンデモ事象続々

今回はイタリアの高速道路サービスエリアについてのお話を。

イタリアにもサービスエリア(SA)とパーキングエリア(PA)の2種類あるが、原則としてトイレの設備があるのはSAのみである。イタリアに住んで自動車の運転を始めたとき、これを知らずに焦った。

イタリアに筆者が住み始めた1990年代末、SAでは、日本ではあり得ないようなトンデモ事象の連続に驚いたものである。近年こそ後述するアウトグリル社の方針で姿を見なくなったが、トイレの出入り口には清掃担当の人がいた。編み物やクロスワードパズルをしながら座っていて、横のテーブルにはチップ用のお金を入れる皿が置かれていた。

駐車場ゾーンの治安が良いSAばかりではないので、車上狙いには常に用心せよと、本場のイタリア人から教わった。ここ10年はずいぶん改善されてきたが、今なお女房とトイレは交代で行くようにしているのは、当時の名残だ。ついでにミニ知識を伝授すれば、食堂があるメインの建物とは別に、併設するガソリンスタンドのトイレも開放されているので、そちらを使うのも手だ。

いっぽう、今もときおり見かけるのは、「明らかに許可を受けていない物売り」である。彼らの代表的な商品はティッシュペーパーだ。わざわざSAの売店内に入って1個購入するのが面倒なもの、ということで、それなりに”マーケティング”を心得ているのが可笑しい。

それ以上に目撃して驚いたのは、「露天のカード賭博」だ。警察が来たら撤収可能なように、大抵は段ボールで作った机の上で繰り広げられていた。取り巻いている人垣のなかには、明らかにサクラと思われる人物も混じっていたのが笑えた。

SA食堂の意外な姿

冒頭からイタリアにおけるSAの困った状況を書き連ねたが、ポジティブな意味のワンダーランドぶりも紹介しよう。駐車場の大型トラック専用エリアでは、プロドライバーたちがキャンプ用コンロでパスタを茹でていたりする。ただし一般ドライバーは、そうそう真似できるものではないので、やはり食堂のお世話になる。

イタリアでSAの食堂は、一般に「アウトグリル」と呼ばれている。ただしAutogrillは商標だ。SA内における代表的な食堂・売店事業者の名前が一般名詞化したものである。日本で絆創膏をバンドエイドと呼ぶ人が多いのと同じと考えればよい。

アウトグリルは、イタリアのSA食堂の歴史でもある。同社の歴史をひもとくと、第2次大戦直後の1947年、イタリア北部ノヴァラに遡る。パン製造所の息子マリオ・パヴェージが、アウトストラーダ(高速道路)トリノ-ミラノ線に小さな売店を開設したのが記念すべきイタリアのSA食堂第1号であった。

このパヴェージの本業であるパン屋は、のちに菓子メーカーとして成功して今日に至っている。同様にいずれもミラノを本拠とする「モッタ」「アレマーニャ」といった菓子ブランドも、SA食堂や売店に進出した。

イタリアの戦後高度経済成長の波に乗って、一部は建築にも気合が込められた。そのひとつがミラノ郊外ライナーテにあるヴィッロレージ・オヴェストSAの建物だ。パヴェージのレストランとして、建築家アンジェロ・ビアンケッティによって実現したものである。一見、有名なロサンゼルス国際空港のザ・テーマビル(1961年)を思わせるが、実はこちらのほうが1958年落成と早い。

ミラノ郊外ライナーテのヴィロレージ・オヴェストSA食堂棟は1958年にその歴史を遡る。

 1959年には、ヨーロッパ初の陸橋式SA食堂がオープンする。上下両車線をまたぐ同様のレストランは、1971年までにイタリア全国で12以上も建設された。

人々は日曜日の昼食のため、わざわざアウトストラーダを運転して陸橋レストランに行き、眼下の車が走るのを見て楽しんだという。さらに併設される売店は、1954年に放映が始まったばかりのテレビ番組で宣伝されていた商品を真っ先に見られる場所でもあった。イタリアのSA食堂と売店は、今とは比較できないほど意味をもった施設だったのである。

ボローニャ県のカンタガッロSAにある陸橋式レストランは1961年の落成。

 しかし、1973年の石油危機で、SAでのビジネスは突如危機に陥った。救済の手を差し伸べたのは、当時アルファ・ロメオも管理下に置いていたイタリアの産業復興公社(IRI)だった。前述のパヴェージ、モッタ、アレマーニャのSA食堂・売店部門を合併させて、傘下に収めた。こうして1977年に誕生したのが、今日のアウトグリル社である。

アウトグリル社の躍進はめざましかった。1980年代における戦後第2の経済成長にのるかたちで、欧州各国の高速道路食堂ビジネスに進出した。1995年には民営化が行われて、アパレル産業を発祥とするベネトン家の持株会社が筆頭株主となった。今日でも、アウトグリル社の発行済み株式の50.1%はベネトン家の持株会社が保有する。

民営化された同社は高速SAだけでなく、都市部や空港・駅のレストラン、さらには空港免税店にまで領域を広げた。1999年には米国のハイウェイにおける食堂会社も買収。今日、アウトグリル社が事業を展開する地域は30の国と地域に及ぶ。

イタリアのドライバーにとってはSA食堂&売店にすぎないアウトグリルだが、実態は巨大な企業なのである。

A1号線セッキア・エストSAの建物内。フェラーリのシンボル旗が常に掲げられているのは、モデナ郊外ならでは。

“巨大もの”がワンサカ

SAに話を戻そう。

ありがたいことに近年は、多くのSA駐車場で公衆無線LANが――こちらもベネトン系投資会社が主要株主である――道路運営会社「アウトストラーデ・ペルリタリア」社によって整備されている。

日本の同様のサービスのようにEメール入力する必要がないうえ、イタリアにおける他の公衆無線LANと比べて、かなり高確率で接続できる。したがって、国外からやってきたドライブ旅行者にも便利なはずだ。筆者も休憩がてら、日本の演芸番組を動画配信サイトで観るという、不思議な習慣が身について久しい。

SA食堂&売店の店内は、一方通行で順路が作られている。お客に店内すべてを見せて、より多くのものを買わせようという戦略と、人の流れを整理したほうが防犯上好ましい、という二つの理由からである。

しかし、トイレだけが目的の場合であっても一方通行なので、行きと帰り、2回も店内をぐるぐる回らなければならないのは、それなりに面倒である。

陸橋式SAの中の通路は登って下って、くねくね曲がって、迷路ムードがさらに増す。

 前述の陸橋式SA食堂は、今日でも食事を楽しむことができる。創業時の歴史写真を参照すると、白いテーブルクロスが掛けられ、白服を着たウェイターが給仕していた当時の様子が確認できる。

また近年では、高級食料品店「イータリー」とコラボレーションした店舗もみられるようになってきたが、今日基本的にはすべてセルフ式だ。味も空腹を満たすのが目的と思って臨めば、そう悪くはないだろう。

そして、前菜、第1の皿、第2の皿、付け合わせ、チーズ、フルーツ、デザート、ドルチェ……とイタリア式フルコースをとろうと思えば可能なのは昔も今も変わらない。

パスタの一例。ジェノヴァ風ペーストを和えたスパゲッティ。

 眼下を疾走するクルマを眺めていると、イタリアに初めてモータリゼーションがもたらされた時代の、人々の感激が蘇る。

イタリアのSAならではの”しきたり”はまだまだ続く。この国の街で食後のエスプレッソ・コーヒーは、リストランテではなく、近所のバールに移動して立ち飲みする人が多い。同様の習慣はSA食堂にも反映されている。喫茶コーナーは食堂とは別のコーナーにしつらえられている場合が大半である。

立ち飲みバールのコーナー(左)は、食堂とは別に設置されているのが大半である。

 売店も、よく観察するとイタリアらしさにあふれている。ひとつはカトリックの聖者をプリントした車両用お守りステッカーやバッジである。人気商品は交通の守護聖人として篤く信じられている「聖クリストフォロス」のものだ。

「聖クリストフォロス」のバッジ。幼いキリストを担いで川を渡ったとされ、交通安全の聖人である。

 もうひとつは「人名グッズ」だ。キーホルダーなどに「Marco」「Giulia」といった名前が印刷されている。イタリアで多くの人名は聖人の名前なので、ポピュラーなものを作っておけば一定の需要が見込めるのだ。近年はそうしたシリーズに「歯ブラシ」が加わった。日本の文具店で、買わなくても三文判を探すのに近い楽しみがあるのだろう。

名前入り歯ブラシ。旅先の宿で、同室の仲間と取り違いを防止できる効果もありか。

「巨大もの」も、SAの売店によくある商品である。特急「フレッチャロッサ」の鉄道模型セットは玩具のレベルだが、いちおうイタリア国鉄公認。箱の大きさによるプレゼントとしてのインパクトもそれなりにあろう。

イタリア版新幹線「フレッチャロッサ」の鉄道模型セット。24.99ユーロ(約3200円)。

 巨大パスタ、巨大なキャンディ箱といったものも、かなりの確率で販売されている。クルマゆえ買って帰れるサイズということもあろうが、出発後に「しまった! 訪問先への土産忘れたぜ」というユーザーに一定数のニーズがあるようだ。

実際どの家でもパスタはいくらもらっても困らないし、キャンディの類も中身は通常の大きさの箱に分かれているので、社内などでバラして配るのには最適である。イタリア人がヒトづき合いに気を遣っていることも、アウトグリルの売店は無言のうちに物語っているのである。

パスタの大袋・大瓶は、とっさの土産に最適である。

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