『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第9回 イタリアも逆走に悩んでる。「ロータリーぶっちぎり」も
ドライバーはなぜ逆走してしまうのか? イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る連載の第9回目は、イタリアでも増加傾向にある逆走事故について。
イタリアでも深刻な問題
日本でも近年深刻な問題となっている逆走事故。それはイタリアでも同様である。
イタリアの交通警察後援会(Asaps)の調査によると、2018年に国内で記録された逆走の発生事例は225件。20人が死亡し、108人が負傷している。前年である2017年が221件、死者11人だったから、犠牲者は倍増したことになる。
筆者が住むシエナ県でも頻発するようになった。例を挙げると2015年10月、地元に住む87歳の男性ドライバーが、約2kmにわたって環状道路を逆走する事件が発生した。翌2016年5月には、82歳の女性ドライバーが、フィレンツェ-シエナ間の高速道路で反対車線を走行している。
筆者の自宅に近かったり、日ごろ頻繁に使う道路だけに驚いたものだ。2019年頃から周辺に「ALT(止まれ)」の文字とともに進入禁止の標識が増設されるようになったことからしても、事態の深刻さを察する。
2020年に入ってからも、2月にマッサ・カッラーラで90歳の男性ドライバーが逆走事件を起こしている。同年5月には、75歳の男性ドライバーがフィレンツェから海に向かう高速道路A11号線で同じく逆走した例が報告されている。
上記のいずれも事なきを得たが、ひとつ間違えれば重大事故であった。イタリアでは逆走運転に対して、反則金2000〜8000ユーロ(約25万円〜99万円)に加え、3か月の自動車没収や免許取り消しといった罰則が設けられている。
イタリア国家警察交通警ら隊によると、高速道路における逆走ドライバーの大半は(右側通行における正しい走行車線と思い込んで)本来の追越車線を逆に走る傾向にある。そこで正面衝突の被害を軽減するため、逆走を目撃したりラジオで情報を受信したら、走行車線または路側帯を走ることを強く勧めているという。筆者が付け加えれば、普段から追い越しを完了したらすみやかに走行車線に戻る習慣も、逆走車との衝突を避ける一助となろう。
それでも高齢者が乗る背景
先ほどのAsapsによる2018年統計によると、事故の22.2%、つまり5人に1人は高齢ドライバーによるものだ。日本とならび、世界屈指の長寿国であるイタリアならではの悩みといえる。
イタリアは日本の地方以上に、公共交通機関の便が良くない。さらにこの国独特の住宅立地も考えなければならない。多くの都市で人々は1970〜1980年代、中世以来住んでいた都市部を後にして、広く新しい郊外住宅を購入して移り住んだ。そうした場所は自家用車の所有を前提にまちづくりが行われたので、公共交通機関が貧弱だ。そればかりか、スーパーや病院通いなど生活に必要な施設への移動にも車を要する。核家族化も手伝い、当時家を購入した人々は、年齢を重ねてからも日々運転をしなくては生活できないのである。
さらに加えるならば、高齢者の運転特性による危険性が、一般市民の間でいまだ充分に認識されていないこともある。民放テレビや主要紙では、たびたび元気に運転するお年寄りが、ほのぼのニュースの扱いで報道されてきた。
最近では2019年8月17日の「ラ・レップブリカ」電子版が、ある98歳の女性が運転免許を無事更新したと同時に、これまで無事故であったことを、車の前で微笑む本人写真入りで伝えている。
実際に筆者の周囲でも、自身の祖父母の運転が語られるとき、心配ではなく元気自慢であるほうが圧倒的に多い。近い将来イタリアのマスメディアには、活き活きした老後生活を示唆する報道と、運転特性に関する注意啓蒙とのバランスが求められるだろう。
逆走を起こしやすい構造も
かといって、逆走事故は高齢者によるものだけではないことは、ふたたびAsapsの統計を参照すればわかる。逆走事故を起こしたドライバー全体の13%からはアルコールや薬物反応が確認され、同様に全体の9.7%は外国人によるものである。後者に関していえば、筆者が住む県の地方道で、日本と同じ左側通行の英国から来たドライバーが、うっかり逆走してしまい正面衝突した例を保険業者から聞いたことがある。
加えて、イタリアの逆走事故を語る場合、ドライバーと同時に道路の構造についても言及すべきと筆者は考える。
無料の自動車専用道路の入口は、出口と混同しやすい構造が少なくない。実際に筆者も昨年、市内の自動車専用道路の出口を走行中、誤って進入してきた車と鉢合わせしたことがあった。お互い低速であったから事なきをえたものの、逆走車に巻き込まれることは自分にもあるのだということを思い知った。
それ以上に危険なのは、高速道路インターチェンジのランプウェイ(ランプ)である。イタリアでは地方路線だけでなく幹線においても、料金所で通行券を受け取ったあと本線へと続く上りランプが、本線からの下りランプと対面通行になっている場合がほとんどである。これには2つの逆走の危険が潜んでいる。
第1は、上りランプが2車線と勘違いし、本線から下りてきた車と正面衝突することだ。第2としてそれ以上に危険なのは、ランプ通過中に対向車がない場合、つい分岐と勘違いして左側に入ると、本線を逆走してしまうことである。
これに関しては、こんどは筆者が事故の原因となりそうなことがあった。我が家から380km離れたミラノまで運転していったときだ。まさに上述のとおり高速入口ランプで2車線と勘違いし、対向車線を走っていた。幸い対向車が来る前に正しい車線に戻ったので事なきを得たが、その日運転していたのは新しい車と交換するための下取り車だった。
自戒の意味も込めて記せば、慣れない地で疲れているときが危ない。
意図的な逆走も
実は高速道路だけでない。一般道にも逆走の危険は潜んでいる。
ロータリー(イタリアでは反時計回り)だ。この国では出会い頭の事故や(右側通行なので、右直事故の反対である)左直事故が多発する交差点やT字路は、ロータリーが整備されることが多い。以前住んでいた我が家の前のT字路も、ほぼ毎月一度「ガチャーン!」という音とともに事故が繰り返されるうち、ロータリーになった。
ロータリーは、左側から車が来ないことを確認すれば、一旦停止の必要がなく進入できるので快適そのものだ。道路管理者としても信号の保守点検を要さない。
だが場所によっては、たとえロータリーであっても一見交差点やT字路に見えることがある。そのため反時計回りのルールを無視し、誤って単純に左折してしまうことがある。
ふたたび筆者自身の反省になるが、数年前ミラノ郊外でイベントに向かう途中、左折してしまい、次々来る対向車に避けてもらいながら、冷や汗をかきながらロータリーを脱出したことがあった。慣れぬ土地に加え、落ち着きが無いときも危ないことを思い知った。
いっぽうで意図的に逆走、つまり反時計回りするドライバーがいるのも事実だ。これは本稿を執筆中我が家にやってきた湯沸かし器の点検マンも頷いていたので、多くの人が一度は見た経験があるのだと思われる。
筆者が目撃したのは、地元のおじいさんが運転する軽3輪トラックであった。走り抜けて行った方向から運転者の思いを代弁すれば、「巨大ロータリーができるまでは単純に左折すれば済んだのに、なんでグルっと270°も回らなくちゃいけないんだよ!」ということなのだろう。
いうまでもなく、逆走は重大な違反であり、危険きわまりない行為である。ところが後日、ロータリーが新設された一帯は、20年ほど前までは極めてのどかな田園地帯で、子どもたちはカエルをとって遊んでいたものだと、近隣に住む人から聞いた。
あの3輪トラックのおじいさんのロータリー逆走は、子ども時代縦横無尽に飛び回れた思い出の地が、モータリゼーションによって変わり果てたことに対する無言の抗議だったのではないか。そうも思えてきた今日この頃である。