『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第5回 子ども置き忘れ防止装置義務化(とトンデモ反則金制度)
イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る連載の第5回目は、イタリアにおける子どもの車内放置事故と、それを減らすための取り組みについて。
いつも騒がしいからこそ危ない
毎年夏、日本で繰り返される悲惨な事故といえば、「子どもの車内放置事故」である。救援要請だけでも相当な数に達することは、本サイトの別記事(https://kurukura.jp/safety/190816-02.html)でも報告されているとおりだ。
アメリカ合衆国でも2020年6月、オクラホマ州で6歳の男児が車内に6時間放置されて死亡するという痛ましい事故が起きた。祖母が車内に男児を残したまま、カジノに行っていたのが原因だったという。
そこで今回の連載コラムでは、筆者の暮らすイタリアにおける子どもの車内放置事故と、それを減らすための取り組みについて記そうと思う。
まずは、実際に小さな子どもをもつ筆者の知人(いずれも40代)2人に聞いてみた。1人目は2人の娘をもつ母親である。日中は、教育研究機関の事務局で働いている。彼女によれば、幸い子どもたちを車内に忘れそうになったことはないという。「心配性で、運転中も常にミラーに目を配っているくらいだから」と話す。
いっぽう、次に聞いた保育園児の父親は、自戒も含んだ、より詳しい話を聞かせてくれた。まず「うちの娘は、いつも騒がしいから、放置の心配はまったく無いな」とジョークを飛ばしたあと、「いつも賑やかだからこそ、子どもが疲れて眠ってしまったとき、つまり静かになったときに忘れる危険がある」と振り返る。加えて「親が仕事などでストレスが蓄積しているときが危ないんだ」と指摘した。
「世紀末」から表面化した背景
次に、イタリアにおける子どもの車内放置死亡事故の数を調べてみた。資料によると統計がとられ始めた1998年から2017年で8件が確認されている(出典:La Presse)。そしてそのほとんどが職場に行っている間の事故だった。
発生した時期は5月から8月に集中している。イタリアの5月といえば、各地ですでに夏らしい季節になって頃だ。近年イタリアでも地球温暖化の影響からか、8月になると外気温が40℃を越える日が珍しくなくなった。
ところで日本では、置き忘れ事故の現場としてパチンコ店の駐車場がたびたび悲劇の現場となる。イタリアにはそれに類するものとして、スロットマシーンやビンゴゲームがある。だが、幸いそうした場所での事故は認知されていない。スロットマシーンはバールの片隅で立ったままプレイするため、長時間遊ぶ客が少ないのだ。またビンゴゲームが繰り広げられるホールは、顧客の大半が時間に余裕のある高齢者であるのも、日本との大きな違いだ。
イタリアにおける子どもの車内放置死亡事故の調査が1998年に始まった理由は明らかでない。しかし、この時期で思い当たることがある。
1998年、当時、筆者はイタリア在住2年目で、料理学校の広報兼通訳の仕事をしていた。受講生のホームステイ先探しに奔走するうち、イタリアの家庭状況の変化が手に取るようにわかった。具体的には、いわゆる専業主婦の家庭が急激に減っていたことだった。いっぽうで増えていたのは、共働きだ。
戦後のベビーブームに生まれ、イタリア経済成長時代を謳歌した世代の家庭には、専業主婦が多く見られたが、1960年代以降に生まれたカップルの家庭はほとんどが共働きであった。その背景には女性の社会進出が一般的になると同時に、イタリア経済の変化で共働きでないと、生計を立てるのが難しくなったことが挙げられる。
核家族化の進行もある。イタリア中央統計局によると、平均世帯人数は1997-1998年には2.7人だったところ、2017-2018年には2.3人にまで減少している。自動車が必須である郊外住宅の普及もある。そのため、子どもを車に乗せて保育園や学校に連れて行ったり、子どもを祖父母に預けてから仕事に向かう人が増えて、イタリアでもこうした悲劇が起きるようなった、と筆者は推測する。
品切れで反則金延期
子どもの車内置き忘れ死亡事故は、目下のところ年間1〜2件にとどまっている。しかし死までに至らなかった重大事故は、相当数にのぼると考えられる。
そうした事態を重く見たイタリア政府は2019年11月7日、4歳以下の乳幼児の保護者を対象に、子ども車内放置アラーム装置を義務化する道路交通法を施行した。
アラーム装置は簡単なものから大きく分けて3つある。チャイルドシートのハーネスなどに取り付け、保護者がスイッチをオン・オフするもの。チャイルドシートの下に敷くカーペット状の体重感知方式のもの。そして、チャイルドシートにセンサー(ベルトのキャッチ部分がスイッチ、体重感知など)が内蔵されているもの、だ。
いずれもスマートフォンやキーホルダー状の専用デバイスとBluetoothで接続し、保護者がクルマから遠ざかるとアラームが鳴る。「忘れ物防止タグ」と同じ原理である。それでも車両に戻らないと、あらかじめ設定しておいた連絡先(たとえば祖父母など)にメッセージが自動送信される。
省令が施行された翌月の2019年12月にベビー用品店を覗いてみると、最も安価な自分でスイッチをオン・オフするタイプ(39.99ユーロ:約4,800円)は品切れ中だった。体重センサー方式は、チャイルドシート内蔵型(329ユーロ:約4万円)のものが展示されていた。
参考までに同店のウェブカタログに載っているベビーカー兼用チャイルドシート(いわゆるトラベルシステムタイプ)は800ユーロ(約96,000円)に達する。いずれも、かなり高額である。
実際に国内で「購入したくても買えない」という批判の声が多数上がったことから、政府は後述する反則金の適用開始を2020年3月5日まで延期した。
取り締まりの実効性は?
やがて、新型コロナウイルスの外出制限下であったものの、スーパーマーケットで、保護者がスイッチを入切する方式や、チャイルドシートの下に敷くカーペット状の体重感知方式が販売されるようになった。価格は約55〜60ユーロ(約6,000〜7,000円)と手頃である。
そして予定どおり2020年3月5日から、子どもを乗せている場合未装着の運転者には、81〜326ユーロ(約9,800〜40,000円)の罰金が課され、運転免許証から5点(スタートは20点)が減点されるようになった。2年以内に再び取り締まり対象となった場合は、15日から2か月間の免許停止が加わる。
そこで思い出したのは、2005年にイタリアでチャイルドシートの使用が義務付けられたときである。イタリアを代表する自動車誌『クアトロルオーテ』は、男女カップルで自動車に乗り、人形の”子ども”を膝の上に載せて大都市を走るという大実験を試みた。結果として、警察官にいちども静止されることはなかった。
車内放置アラーム装置は、外から確認しにくいため、さらに取り締まりは難しいものと思われる。イタリアの自動車雑誌には、ぜひチャイルドシートのときのような、奇抜かつ示唆に富んだ体当たりリポートを考案してほしいと願っている。
なお、当初イタリア政府内ではこのアラーム装置を購入する際、30ユーロの普及奨励金が適用される案が出され、多くのユーザーが注目した。だが実際は現時点まで実現されていない。
いっぽうで、実は反則が通知されてから5日以内に納付すると、前述の81ユーロが56ユーロに割り引かれる。日本円換算で約3,000円引きである。この”早割”は、他の違反にも適用されている措置で、未払いを少しでも減らすのが目的である。
イタリアのクルマ生活では、安全デバイスひとつにも、さまざまな泣き笑いが伴う。