衝突実験で目にするダミー人形。どんな目に遭っても頑張る彼らの秘密に迫る!
5月22日から24日まで開催の、エンジニアのための自動車技術専門展「人とくるまのテクノロジー展」。65年の間、米国や欧州をはじめ日本国内にもダミー人形を提供している株式会社ヒューマネティクス・イノベーティブ・ソリューションズ・ジャパンの営業担当者に、以前から気になっていたダミー人形のあれこれについて話を聞いた。
写真はJNCAPの側面衝突試験の1シーンより抜粋したもの。この試験では横からの衝撃を測定するために特化した側突用ダミー人形「EURO SID Ⅱ」が使われている。
クルマの衝突実験などで使われるダミー人形。Park blogでも「自動車アセスメント(JNCAP)」記事などで多数の動画を掲載しているが、そうした映像などでこの人形に見覚えがある人も多いことだろう。このダミー人形、ただ人の代わりに乗せているわけではなく、さまざまなデータ計測に役立てられているのをご存じだろうか。ぶつけられても、たたき落されても、車にはねられても黙々と耐えつづけるダミー人形について話を聞いてみた。
そもそもダミー人形って何?
ダミー人形とは、人体をフルスケールで模した擬人テスト装置のこと。自動車を筆頭に乗り物の衝突実験のデータを計測するのに用いられていることが多い。まずはそんなダミー人形の豆知識をまとめてみよう。
ダミー人形って、いつから使われているの?
元々は第二次世界大戦中に戦闘機などの軍事開発のために誕生。その後、アメリカ空軍が1949年に開発した身長175cmのダミー人形が、民間企業でも衝突実験などに使われるようになったという。
写真左がGeneral Motorsが1949年に開発した身長175cmのベーシックモデル「Hybrid III 50th Male」。右は最新のセンサーを組み込むことができる次世代型前突成人男性モデル「THOR 50th Male」だ。
ダミー人形には、どんな種類があるの?
各国で基準はさまざまだが、基本となるモデルは身長・体重ともアメリカ人の平均的な体形が基準になっている。また、ダミー人形にはいくつか種類があり、まず男性と女性の成人モデルがある。それに細かくサイズが分けられた子どもモデルが用意されている。今回取材したヒューマネティクス・イノベーティブ・ソリューションズ・ジャパンでは、10歳/6歳/3歳/1.5歳/1歳/0歳のダミーを販売しているとのこと。また、車に乗せて使うタイプ以外にも、衝突実験で歩行者役となるダミー人形など、様々なバリエーションが存在する。
ダミー人形でどんなことが調べられるの?
ダミー人形にセンサーを組込むことで、衝突時に人体に加わる衝撃の強さ、加速度やトルクなどが測定できる。具体的には自動車の衝突実験をはじめ、エアバッグの作動確認、シートベルト試験、歩行者傷害などの人体への傷害値評価に幅広く使われている。また、人形の頭や胸、腰など重要な部分には加速度センサーやジャイロが付いており、衝突時にかかる衝撃を測定できる。他にも荷重計、変位計などのセンサーを搭載することが可能だ。
また、正面からの衝撃を測定する場合と、横や後ろからの衝撃を測定する場合では、それぞれ別のダミー人形が使用される。これはそれぞれの向きからの衝撃を測定するための機器の設定が異なるため。正面からの衝撃を計測する場合には正面に向けてセンサーが設置されたダミーが使われ、横からの衝撃を計測する場合には横に向けてセンサーが設置されたダミーが使われる。
次世代型前突成人男性モデル「THOR 50th Male」を近くから撮影。少しわかりにくいかもしれないが、このダミー人形の肋骨内側には、前方からの衝撃を測定するためのセンサーが仕込まれている。
構造はどうなっているの?
ダミー人形の皮膚はポリ塩化ビニール製。他にもパーツによって、さまざまな素材使われており、骨格の代わりにアルミやスチールなどの金属も組み込まれている。また、人体を忠実に模して造られているため、重量は人間の体重と同じ。およそ80kgの成人モデルを抱きかかえて車に乗せるのは大変な労力となるため、移動時にはダミー頭部にフックを付けてクレーンなどで持ち上げたり、車椅子で運ぶこともある。
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ニューモデルはおばあちゃん? ダミー人形の最前線に迫る!
ヒザ下だけでも両足分で38chものセンサーが!
次に紹介するのは最新モデルのヒザから下のパーツ。人体と同じように足首がねじれるのはもちろん、細部まで精巧に体の動きが再現されるようになっているという。ちなみに1つのダミー人形に使われているパーツの数は、センサーを含めて約500~600あるという。
ダミーのふくらはぎにあたる部分をめくった様子。
このヒザ下の部分だけでも片足で19chものセンサーが装備されている。
70歳のおばあさんを模した最新ダミー
シニア女性モデル「Elderly」。3Dプリンターで年配女性のリアルな体形が再現されている。
こちらは製造元の北米を含め、まだ数台しか生産されていないというシニア女性モデル。「Elderly」と名付けられたこのモデルは身長161cm、体重73kg。70歳の女性を想定して造られている。ぽっこりと出た腹部が大きな特徴で、典型的な年配女性の体型がリアルに再現されている。初の高齢者ダミー人形とのことだが、こちらは胴体から骨盤、頭部まで多くが3Dプリンターで再現され、胴体には肝臓と脾臓の模型まで入っている。
「Elderly」の腹部には肝臓と脾臓が入っている。これは衝突時にステアリングやシートベルトが食い込んだ際に、臓器にどのような損傷が起こるかを調べるためのものだ。
欧米でも高齢者は増えているとのことで、このようなモデルもニーズが出てきているとのこと。ちなみに欧米での試験用に重量124kgの肥満体モデル「Obese ATD」もある。
10歳と6歳のキッズモデル
左が10歳、右が6歳のキッズモデル。成人モデルに比べて作りは部品点数は少ないが、ただサイズを小さくするだけではなく、子どもならではの関節の動きなどが考慮されている。
続いて紹介するのは、会場に展示されていた10歳と6歳のキッズモデル。1ページ目で、横や後ろからの衝撃を測定する場合では、それぞれ別のダミー人形が必要だと紹介したが、子どものダミーは正面からの衝撃と横からの衝撃を計測する際にセンサーの付け替えだけで対応できるという。大人は緊急時にすぐに体をこわばらせてしまうが、子どもは無防備なまま事故の瞬間を迎えるからだという。そうしたこともあり、子どもモデルは手足がしっかり固定されておらず、少し揺らすとブラブラ動くように作られている。
ダミー人形こぼれ話
最後に取材時に聞いたさまざまな話をまとめてみよう。
値段はどのくらいするの?
さて、そんなダミー人形だが、値段はどのくらいするものなのだろうか聞いてみたところ、センサーを含まないダミー本体のみで3000万円前後。フルにセンサーを装備した状態だと、高いもので2億円前後の価格になるとのこと。なお、この金額には長年かけて行う研究開発費なども反映されているため、このような金額設定になってしまうのはやむを得ないとのことだ。また、キッズモデルはコンパクトな分、金額的にも安くなるかと思いきや、成人モデルと同等の価格だという。キッズモデルは、子どもならではの関節の動きなどが再現できるように製造されるため、成人モデルとまったく別物として研究開発されているためだ。
乗車時の衝突実験以外の使われ方は?
乗車時の衝突実験でダミー人形が使われる様子は、映像などで目にすることがあるが、他にもパーツだけを使った安全性能実験も行われている。具体的には車のバンパーに脚部だけのパーツをぶつける実験や、ボンネットに成人の頭部のみのダミーを射出する実験などがある。いずれもバンパーやボンネットの人体に対する加害性を評価するための試験だ。
また、近年ではAIロボットなどが暴走した際に人にどのようなダメージを与えるかの検証で活躍したり、新型宇宙船の初の搭乗員として国際宇宙ステーションへ旅立つなど、活躍のフィールドが広がっている。
ダミー人形って繰り返し使えるの?
また、素朴な疑問として、ダミー人形は繰り返し使えるものなのかを聞いてみると、損傷の状態によって具体的に何回とは言えないが、メンテナンスをしながら繰り返し使用されているという。
実験映像などで目にしたことはあっても、その実像は意外と知られていないダミー人形。なかなか直接触れる機会はないかもしれないが、車の衝突安全性能を裏で支える貴重なツールなのである。