2020年09月17日 04:00 掲載

旧車 吉田 匠の
『スポーツ&クラシックカー研究所』
Vol.05
フェラーリを超えるスーパースポーツを目指した「ランボルギーニ」後編。


文・吉田 匠 写真・アウトモビリ・ランボルギーニ

V8シリーズと異色のスーパーオフローダーLM002

 カウンタックが幾多の新型に発展していく間にも、V8ミドエンジンのウラッコをベースにしたシルエット、ジャルパといったアグレッシブで戦闘的なスタイルを持った派生モデルが誕生していた。しかもさらにそれに加えて、まずはチータという名のミドエンジンのオフロードモデルとして1977年に登場した後、カウンタックと同じV12エンジンをフロントに搭載した強力にして巨大な砂漠を走るためのランボルギーニ、あるいはオフロードのスーパースポーツというべきLM002も、1986年についに市販開始された。

フェラーリのディーノV6シリーズに対抗するべく1970年に発表されたのがV8エンジンをミドシップに横置きしたウラッコで、室内は狭いながらリアシートを備える2+2座。

Lamborghini Uracco
フェラーリのディーノV6シリーズに対抗するべく1970年に発表されたのがV8エンジンをミドシップに横置きしたウラッコで、室内は狭いながらリアシートを備える2+2座。

これもボディはベルトーネのガンディーニによるデザインで、V8エンジンは2.5リッターおよび3リッターに加えてイタリア国内向けの2リッターもあり、公表最高速は220~250km/h。

これもボディはベルトーネのガンディーニによるデザインで、V8エンジンは2.5リッターおよび3リッターに加えてイタリア国内向けの2リッターもあり、公表最高速は220~250km/h。

コクピットも外観と同じく端正で機能的なデザインである。

コクピットも外観と同じく端正で機能的なデザインである。


ウラッコの3リッターモデルP300をベースにして、屋根を取り外せるタルガトップの2シーターにしたのがシルエットで、1976年に登場。Lamborghini Silhouetto

ウラッコの3リッターモデルP300をベースにして、屋根を取り外せるタルガトップの2シーターにしたのがシルエットで、1976年に登場。

全体の構成や基本メカニズムはウラッコを受け継いでいたが、スタイリングはぐっとアグレッシブでスポーティなものになった。

全体の構成や基本メカニズムはウラッコを受け継いでいたが、スタイリングはぐっとアグレッシブでスポーティなものになった。

3リッターV8のパワーは265psとウラッコP300と変わらなかったが、ボディスタイルの違いによるものか、最高速はウラッコP300より速い260km/hを標榜していた。

3リッターV8のパワーは265psとウラッコP300と変わらなかったが、ボディスタイルの違いによるものか、最高速はウラッコP300より速い260km/hを標榜していた。


1981年にシルエットの発展型として登場したのがジャルパで、ボディスタイリングがフェイスリフトされ、V8エンジンの排気量は3.5リッターに拡大されていた。

Lamborghini Jalpa

1981年にシルエットの発展型として登場したのがジャルパで、ボディスタイリングがフェイスリフトされ、V8エンジンの排気量は3.5リッターに拡大されていた。


タルガトップの2シーターという基本的なコンセプトはシルエットと変わらず、3.5リッターV8も最高出力は3リッターと同じ250㎰のままだった。

タルガトップの2シーターという基本的なコンセプトはシルエットと変わらず、3.5リッターV8も最高出力は3リッターと同じ250㎰のままだった。

エクステリアのみならずインテリアも、80年代スタイルにデザイン変更されていた。

エクステリアのみならずインテリアも、80年代スタイルにデザイン変更されていた。


現在SUVのウルスが好評なランボルギーニだが、かつてこんな個性的なオフロードカーを生み出していた。手前がミドシップにエンジンを積んで1977年に発表されたプロトタイプのチータで、奥が1986年に市販されたフロントエンジンのLM002。Lamborghini LM002

現在SUVのウルスが好評なランボルギーニだが、かつてこんな個性的なオフロードカーを生み出していた。手前がミドシップにエンジンを積んで1977年に発表されたプロトタイプのチータで、奥が1986年に市販されたフロントエンジンのLM002。

カウンタックの後期型と同じ5.2リッターV12をフロントに搭載、普段は後輪を駆動し、こういったオフロードでは4輪を駆動する。最初の1台を購入したのは砂漠の国、モロッコの王様だったという。

カウンタックの後期型と同じ5.2リッターV12をフロントに搭載、普段は後輪を駆動し、こういったオフロードでは4輪を駆動する。最初の1台を購入したのは砂漠の国、モロッコの王様だったという。

カントリーロードを駆けるLM002。450psもあるのだから、ワインディングロードでのドライビングも痛快だろう。

カントリーロードを駆けるLM002。450psもあるのだから、ワインディングロードでのドライビングも痛快だろう。

スーパースポーツのメーカーがつくったとは思えない武骨なスタイルも、LM002の魅力だといえる。

スーパースポーツのメーカーがつくったとは思えない武骨なスタイルも、LM002の魅力だといえる。

とはいえその外観のイメージとは少々違って、インテリアは高級車の仕立て。

とはいえその外観のイメージとは少々違って、インテリアは高級車の仕立て。

 ところで、1971年にカウンタックのプロトタイプがデビューした1年後、ランボルギーニには大きな出来事が起こっていた。1972年、創始者のフェルッチョ・ランボルギーニが持ち株を放出し、経営者の座から降りたのである。フェラーリを凌ぐスーパースポーツを生み出すという困難な命題をある部分では見事に達成した創始者が自らのポジションを去り、アウトモビリ・ランボルギーニはその第一期を終えたのだった。

 その後ランボルギーニの経営権は何度か移動し、アメリカのクライスラーを含むいくつかの企業がそれを受け継いだが、その間にもイタリアンスーパースポーツの一方の雄というポジションは確実にキープされて、フォルクスワーゲングループの一員となった今も、ますます多くのファンと顧客を掴んでいるのはご存知のとおりである。

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