高齢者ドライバーが生涯安全運転。ドイツの取り組みを覗いてみた
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高齢ドライバーによる交通事故が相次いで報じられている。
警視庁が5月末に発表した「交通事故統計」によると、2017年の原付以上の運転者の死亡事故件数のうち、65歳以上の高齢者が320件と3割近くを占めている。
一方で、免許保有者10万人当たりの死亡事故件数はというと、運転経験の少ない16~19歳が最も多く3.70件、2番目に多いのが75歳以上の高齢者で2.94件、65~69歳は1.25件、70~74歳は1.51件と、平均値であることが明らかになった。
運転することに自信がなくなったり、家族から「運転が心配」といわれた高齢者は、運転免許証の自主返納を薦めたり、ネット上で高齢者の運転免許没収といった論争が行われるなど、高齢者ドライバーへの風当たりが強い風潮を感じなくもない。高齢者ドライバーが安全にクルマを運転するとともに、運転する権利を尊重する道はないのだろうか? 海外の高齢者ドライバーの例から高齢者の運転について考察してみたい。
ドイツADACとは?
ドイツのAllgemeiner Deutscher Automobil Club e.V.(全ドイツ自動車クラブ)、略してADAC(アダック=現地では「アーデーアーツェー」と発音される)は、日本のJAFに相当するロードサービス組織だ。約1900万人の会員を対象とした故障車を救援するロードサービス、旅行保険業、旅行代理店業、自動車ローン、カーレンタル、書籍出版など多岐にわたる事業を行っている。
ADACのロードサービス。「イエローエンジェル」と呼ばれる黄色いクルマがADACの目印だ。© picture alliance / Stefan Sauer / dpa-Zentralbild / dpa
ADACは、高齢者ドライバーの支援を積極的に行っており、高齢者用安全運転パンフレットの作成、高齢者ドライバーに適したクルマの比較テスト、高齢者のための運転適性テスト、運転指導、相談窓口の開設といった活動を行っている。
「生涯安全運転を」という考え方
ADACの姿勢として興味深いのは、高齢者運転の可能性と危険性を表明した上で、「生涯安全運転を」を提唱している点である。この標語には、高齢者の運転の権利と喜びを肯定し、高齢者にふさわしい安全運転をサポートする前向きな考え方がこめられている。
「高齢者は安全運転をしています。この事実は、『高齢であること=事故を起こしやすい』というマスコミによる一方的な報道によって覆されるものではありません。多くの高齢者は、交通環境と自身の運転技術を厳しく省みる洞察力と、年齢とともに重ねた経験を備えています。例外もありますが、それはどの年齢でも同じではないでしょうか。クルマへの愛好心は年齢と共に減るというものではありません。医学の進歩と平均寿命年齢の上昇とともに、今後も65歳以上のドライバー数は増え続け、自動車も人生の伴侶であることは当たり前の社会に私たちは生きています。」
ADAC交通部署副所長ウルリヒ・クラウス・ベッカー氏は、ドイツ社会に存在する高齢ドライバーに対する偏見を明確にしている。その裏付けとしてADACは高齢者を対象とした統計を行っており、次のような結果が出ている。
高齢者を対象とした統計
◆被害の大きい事故の発生率は、全年齢層において20.7%であるのに対し、高齢者ドライバーは14.5%と値が低い。
◆高齢者ドライバーの2013年における飲酒運転率は5%以下であり、他の年齢層中で最も低い。
◆2013年に死亡事故を起こしたドライバーを年齢層別にみると、最も多いのが18~24歳で481件、最も低いのが65~69歳で87件、次に低いのが60~64歳で90件、75歳以上のドライバーは2番目に多く237件となっている
◆交通事故をドライバーの年齢層別にランク付けすると、最も多いのが18~20歳、2番目に多いのが75歳以上、続いて、21~30歳、64~74歳と続き、31~64歳が最も少ない。
もちろんドイツにも、高齢者ドライバーに対する否定的な考えは存在する。実際に高齢者ドライバー向けの運転能力テストの実施など、ドイツに約1,000万人いると言われる高齢者ドライバーがクルマを運転できるハードルはどんどん高くなる傾向にある。
これに対してADACは、安全運転の判定は、瞬発力、年齢、テスト結果でのみ判定されるべきでなく、ドライバーの健康状態、運転能力と経験、危険察知能力、判断能力などを吟味したフェアな判定が必要であると主張している。しかし、こういった総括的な判定を導くには、時間と経費を要するため難しいのが現状であるといえよう。
80歳のフリーダさんはヨーロッパで最も高齢といわれるタクシードライバー。なんと1960年からタクシーの運転を生業としている。こういう高齢者ドライバーもいる。© picture-alliance / dpa / Wolfgang Langenstrassen
生涯安全運転への導き
ADACは、高齢者をサポートするために社会へ働きかけると同時に、高齢者自身が行うべきことについても提案している。生涯安全運転への手引き「高齢者用安全運転パンフレット」の中から、「視力」に関する項目の一部を紹介しよう。
高齢者が安全運転をするために注意を払わなければならないコンディションとしてADACは、「視力」「聴力」「運動能力」「記憶力」を挙げている。中でも運転に必要なほとんどの情報は、目を通して認識されるため、目は交通安全にとって最も需要な器官であると言われている。
ADACは、夕暮れ時に視認力が低下したり、対向車のライトのまぶしさなど光感度能力の低下は、夜間の事故の典型的な要因であり、原因として高齢者に最も多い目の病気である白内障と網膜の能力の低下、続いて緑内障と黄斑変性症を挙げている。これらの障害は、40歳を超えると生じやすくなり、早期の発見と治療により進行を遅らせることができると助言し、具体的な対処方法として以下の項目の実践を薦めている。
視力に関してのToDoリスト
◆夕暮れ時や暗闇で運転するのに目の障害ゆえ困難に感じる場合は、この時間帯の運転を避けること。
◆道路標識やナンバープレートが見にくかったり、暗闇や夕方に交通状況が認識しづらい場合は、眼科で検診を受けること。
◆50代から2年ごと、60代は年に1度の眼科検診を励行すること。
◆運転用には視野を狭めない細いフレームのメガネを使うこと。
◆サングラスの使用に関しては、UV値など眼科に相談し推薦されたものを使うこと。また、目だけでなく眉毛や顔の輪郭まで覆うものを選ぶこと。
他にもドライブに出かける前には、動きやすい服装を着ること、目的地までの時間やルートの確認、長距離運転やラッシュアワーを避けること、出発の前に十分な休息を取ることなど、周到な準備を行うことで、安全運転の目的の半分は達成できるとのことだ。また、2~3時間運転したら休憩を取り軽く運動をすることも欠かせないという。
ADACの「生涯安全運転を」は、高齢者を単にサポートするだけではなく、高齢者自身も年齢に見合った学習をし、あきらめずに前向きに進むことを社会がサポートするという、個人の権限を尊重する個人主義原則に沿った考え方ではないだろうか。もちろん、運転免許証を返納することも、1つの意思表明であり権利であるが、選択肢の多い社会が、多様な層が生きやすい社会につながるのでははないかと思える。
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参考:ADAC:「Älter werden. Sicher fahren.」「Wir machen Mobilität sicher」「Statistik: 3 Altersgruppen」
2017年6月28日(JAFメディアワークス IT Media部 荒井 剛)