菰田潔の【良い車、売れる車】その1 「良い車」は何が決めるのか?
長年モータージャーナリストをしていると、よく「どの車を買ったらいいですかね?」と聞かれる。困ったことに、これには答えがない。いや、答えはあるのだが、その人にあったクルマとなると話は別だ。いい車かどうかは、その人の中にしか答えがないのだ。
車選びの大原則とは?
「車選びをしているのですが、この車、良い車ですか?」とよく聞かれます。モータージャーナリストという仕事をしていて車の知識はありますが、この質問に答えるのはとても難しいのです。なぜなら私は、そう聞いてきた人のライフスタイルを知っているわけではないからです。使い方やその目的が分からないと、一言で答えられないのです。その人のライフスタイルの中で、どのように車を使うか。その使い方に合っているかどうかが、車の良し悪しを決めます。これが車選びの第一番目。大原則です。
自分に合う車かどうかは人によって異なる
ボディ形状の選択一つとってみてもそうです。車にはセダン、ミニバン、ステーションワゴン、SUV、クーペなど多様な種類があります。
例えば、加齢により足腰が弱くなってきた人が毎日車高の低いクーペに乗るのは非常に苦痛なわけです。でもSUVやクロスオーバーと呼ばれる車であれば、車に近づいていってドアを開け、ほとんどそのままの姿勢でシートに腰掛けることができます。降りるときも足を出して、かがむことなく降車できる。腰の上下方向の動きがないほうが乗降性が高いといえます。カーメーカーが想定していたよりもずっと高齢のユーザーに、SUVがウケているというのもよく分かります。さらに付け加えると、SUVはアイポイント(目線)が高いので、渋滞の中で走っていても遠くまで見通せるし、回りの状況も良く見えるので、開放感と安心感があります。SUVに乗ってこの感覚を味わうと、容易に普通のセダンには戻れません。
トヨタ「86」やマツダ「ロードスター」、スバル「BRZ」などのスポーツタイプ、軽自動車でもホンダ「S660」、ダイハツ「コペン」などもそう。2ドアスポーツカーは基本的にアイポイントは低いし、天井も低い。これらの車は軽快に走るので、運転がとても楽しいのですが、反面、「走り」に特化している分、乗降性の良さを気にする人にはまったく合わないということになります。
左上:直噴ガソリンエンジン 右上:ハイブリッド車に多用されるニッケル水素バッテリー 左下:リチウムイオンバッテリー+モーター 右下:直噴ディーゼルエンジン
動力源(パワーソース)を考える際でもそうです。現在、EV、PHEV、HV、ガソリン、ディーゼル、FCVと、たくさんの種類の中から選ぶことができます。
例えば、長距離ばかり乗る人の場合、EVは合いません。毎日通勤で長距離を走るような人にはディーゼルが合っている場合が多いのです。なぜなら、ほとんどのディーゼル車は満タンにすると1000kmぐらい走れるからです。地方に行くと、高速道路で片道50km、往復で100km以上の通勤をする人も多いと聞きます。そうなると充電や給油の煩わしさの軽減ということだけ考えても、ディーゼルを選ぶメリットが出てきます。でも、買い物などで毎日短い距離をちょこっと乗るような、1日の走行距離が少ない人の場合にはEVはベストマッチとなるわけです。
価格と機能はほとんどトレードオフ
それから大事な問題が、価格面での選択です。「買えないから買わない」 至極当然のことです。言い換えると、車にどこまで投資するのか、ということでもあります。先に挙げたディーゼルやEVはそもそも車両価格が高くなる場合が多いのです。さらに現在は、車に多様な装備をつけることができるし、安全性能が高い車を選ぶこともできる。そういった機能が好き、あるいは安全性の高い車に乗りたいという人は、車の価格はそれなりに上昇します。
「運転支援機能」がたくさん付いている車は、楽に走ることができるし自分のミスを助けてくれます。ドアを強く締めなくてもソフトクローズしてくれる機能があったり、ドライバーの顔を認識してわき見をしたり眠そうだったりしたら、注意してくれる機能も登場しています。自車とその周囲の様子を俯瞰して見せてくれるモニター機能なども、加齢で身体が硬くなってきている人にとってはとてもありがたい機能なのです。ですが、こうした先進機能は搭載されるほど価格も上がります。
一方で、高齢になったからといって、先進の機能など要らないという人もいます。先進機能だけでなくほとんど何も付いていない”元祖クルマ”とでも言えるような、非常にプリミティブな車が好きな人もいるので、一言で良い悪いを断じることなどできないのです。
2018年11月19日(モータージャーナリスト 菰田潔)
菰田潔(こもだきよし):モータージャーナリスト。1950年生まれ。 タイヤテストドライバーなどを経て、1984年から現職。日本自動車ジャーナリスト協会会長 / 一般社団法人 日本自動車連盟(JAF)交通安全・環境委員会 委員 / 警察庁 運転免許課懇談会委員 /NPO法人 日本スマートドライバー機構 理事長/ 国土交通省 道路局環境安全課 検討会 委員 / BMW Driving Experienceチーフインストラクター / 運送会社など企業向けの実践的なエコドライブ講習、安全運転講習、教習所の教官の教育なども行う。