2020年09月09日 10:30 掲載

クルマ JAXA×トヨタの月面探査車「ルナ・クルーザー」。なぜ燃料電池が必要なのか?


神林 良輔

「ルナ・クルーザー」を待つ打ち上げ時と月の極限環境

 「ルナ・クルーザー」は打ち上げの際も、そして月に到着してからも実に過酷な環境が待つ。まず打ち上げ時だが、大型ロケットが上昇する際の重量加速度や強大なパワーがもたらす激しい振動が襲う。縦方向に最大4G(重量が4倍になる)がかかり、横方向への振動は最大2Gがかかると想定されている。縦にも横にも重量が何倍にもなるような激しいシェイクを受け続け、それに耐えて初めて、宇宙へと飛び立てるのだ。月に着陸するどころか、宇宙へ飛び出す前に震動で分解しかねない。

JAXA×トヨタで開発中の月面探査車「ルナ・クルーザー」のイメージ。

「ルナ・クルーザー」は地球上とは大きく異なる環境の月面において、故障なしで5年間1万2000kmを走ることになる。

 そして活動の場となる月面は、さらに過酷で、もはや想像を絶する世界だ。月面は1兆分の1から1000兆分の1気圧というわずかな大気があるものの、ほぼ真空状態。そのため、直射日光下では120℃前後にまで熱せられる一方で、夜間やクレーターの影などでは-170℃前後にまで下がり、寒暖差は約250~300℃にも及ぶ。同様に太陽や宇宙からの放射線や紫外線なども、地球上とは比較にならないレベルで降り注ぐ。これらから精密な機器を守るのはもちろん、搭乗宇宙飛行士を守れる防護性能が求められるのだ。

 そして、月面は当然整地などされていない。大小さまざまなクレーターやクレバス、断崖絶壁、激しい起伏、急斜面、岩石などが無数に存在する。重力が地球の6分の1しかないこととや、風雨による風化作用がないために地形がなだらかになりにくく、岩石も削られないため荒々しいままで、車両が走行するには困難極まる荒野だ。しかも、その表面を覆うのは、機器のすき間に入ると故障の原因となる可能性があるトゲ状の表層土「レゴリス」であり、その対策も必要である。

 このように、地球上の常識が通用しない過酷極まりない環境において、「ルナ・クルーザー」はインホイールモーター式の6輪駆動で走行。そしてトータルで5年間活動し、合計で1万2000kmを走れるだけの耐久性を実現するための研究開発が進められている。

宇宙で燃料電池技術が優れている点とは?

トヨタのFCV「MIRAI」の内部機構。シート下にあるのがFCスタックで、後部にある黄色いふたつの部品が高圧水素タンク。

トヨタのFCV「MIRAI」の内部機構。シート下にあるのが、水素から酸素から発電するFCスタックで、後部にある黄色いふたつの部品が高圧水素タンク。

 JAXAが、「ルナ・クルーザー」の開発パートナーとしてトヨタに協力を要請した理由には、自動車メーカーの中でも燃料電池(FC)技術を持っていることも大きな理由だ。宇宙での発電といえば、人工衛星がパネルを展開して発電しているように、太陽光発電のイメージがある。もちろん、「ルナ・クルーザー」にも収納式の太陽電池パネルが備え付けられる予定だが、車両を動かすだけのエネルギーを得ようとした場合、太陽光発電だけだと不足してしまう。

JAXA×トヨタ「ルナ・クルーザー」の左側面にある筒状のパーツは、太陽光電波ネルを展開・収納するためのもの。停車中は展開して充電を行う。

「ルナ・クルーザー」の左側面にある筒状のパーツは、太陽光電波ネルを展開・収納するためのもの。停車中に展開して発電を行う。

 このため、車両を動かすためのエネルギーを搭載する必要があるが、ガソリンなどの液体燃料は補給の問題もあるため使えず、実現性を考慮するとリチウムイオン電池かFCのほぼ二択の状態だ。そして、エネルギー密度の高さ(重量あたりの蓄えられるエネルギーの量)から考えると、現状ではFCが有利と考えられる。

 航続距離1000kmという条件でトヨタが試算したところ、動力源のシステム全体の質量(重量)では、次世代型FCは次世代型リチウムイオン電池の5分の1程度で済ませることができるという。宇宙に物体を打ち上げるには、安全性は確保しつつも、極力軽いことが求められる。軽量であることは、それだけで大きなメリットだ。

 またシステム全体の容積も、次世代型FCは次世代型リチウムイオン電池の8割程度で済むという。打ち上げロケットのペイロードの関係で「ルナ・クルーザー」の最大サイズは決まっている。よって、居住スペースを確保するためには、搭載機器類をできるだけコンパクトにする必要がある。その点からもFCは優れているのだ。

燃料電池はリチウムイオン電池と比較して、エネルギー密度が高く、軽量小型化をしやすいという。トヨタ「国際宇宙探査への貢献」より。

燃料電池はリチウムイオン電池と比較して、エネルギー密度が高く、軽量小型化をしやすいという。トヨタ「国際宇宙探査への貢献」より。

 そして、ムダが少ないことも大きな理由。FCは水素と酸素を化学反応させることで電力を得るが、その際に排出されるのが水。その水も宇宙飛行士の飲料水や各種機器の冷却水などに再利用できるメリットもある。

 なお、FCの燃料になる水素と酸素はカートリッジ式で、後部から交換する。有人ミッション1回の42地球日の活動で、水素と酸素は1トン必要だという。

JAXA×トヨタ「ルナ・クルーザー」の燃料である酸素と水素はカートリッジ式で、車両後部から交換。

水素と酸素の燃料タンクはカートリッジ式にして、後部から交換できる仕組みとする模様。

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「ルナ・クルーザー」の開発計画

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