『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第4回 「タマゴと車検は価格の優等生」ゆえの苦労
イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る連載の第4回目は、新型コロナウイルスに立ち向かい再始動をはじめるイタリアの社会とカーライフについて。
定期点検。思い立ったら外出制限
今回は新型コロナウイルス感染症対策の規制が緩和されつつあるイタリアにおいて、自動車の周辺で働く人たちの姿をお届けしよう。
5月18日、イタリアでは従来外出時に必要だった行き先や目的を記すための自己申告書が廃止された。そして6月3日には、ついに居住する州以外との往来も解禁された。ところが、大都市には若者たちが、社会的距離を維持することなく、とくに夕方から夜にかけてカフェやバールに集まるようになった。
業を煮やしたフランチェスコ・ボッチャ州行政・自治大臣は、6万人規模の市民ボランティアによるパトロール隊構想を提案。だがいまは、警察の公権力に近い行為を一般人に託すことの是非が、議論の対象となっている。
また、イタリアで第2に大きな島であるサルデーニャ州は、新型コロナの陰性である証明を来島者に義務付ける”衛生パスポート”構想を打ち出した。こちらは自治権で許容される範囲を逸脱することから、政府によって却下された。が、人々が最も楽しみにしている夏はもうすぐそこまできているが、今後どう展開されるかは、誰もわからない状況が続いている。
いっぽう、我が家の車といえば、定期点検時期を知らせるインジケーターが点灯しっぱなしだった。その始まりは2019年の夏にまで遡る。点検予約をしようとサービス工場に電話をかけると、あいにく混んでいた。スタッフが交代で夏季休暇を取る時期とぶつかってしまったためだった。
以来、無精や出張が重なり、ついつい予約しそびれて、気がつけばクリスマス休暇になっていた。やがてイグニッションをオンにするたび、インジケーターよりも一段上のけたたましいアラーム音が鳴るようになった。
ようやく重い腰を上げたところで、3月初旬に外出制限が始まってしまった。サービス工場は休業措置の指定外業種ゆえ、ずっと営業していた。しかしその所在地は筆者が住む市ではなく隣接する市である。検問で定期点検が「不要不急の移動」とみなされれば処罰の対象になる恐れがあった。最高3千ユーロ(約36万円)という罰金額にもビビって、さらに定期点検を延期してしまった。
やっとのことで予約したのは、外出制限が明けて数日後、5月中旬のことだった。インジケーターが示す超過日数は220日を示していた。
サービス工場でキックスクーター
筆者が運転して赴いたサービス工場の入口には消毒ジェルとビニール手袋が置かれ、整備待ち用のサロンはテープで閉鎖されていた。自動車メーカー本部からの指導が窺える。
普段は従業員全8名の工場だが、当日はフロント2名+メカニック1名+パーツセンター係1名の計4名体制であった。事務のイルマさんによると、一般人の外出制限中も、物資輸送に必要な小型トラックや救急車の整備にあたっていたという。しかし外出制限が解けて間もない現在、乗用車の入庫は1日1台程度なので、交代出勤にしたらしい。
整備ブースも見せてもらうと、たしかに入庫車が少ない。ハイヤーと思われるミドルクラスの車と、魚屋さんの冷凍車ぐらいしか停まっていない。
ふと閉鎖されている整備待ちブースに目をやると、商品として電動キックスクーターが置かれていた。彼らが扱う自動車ブランドが、オフィシャルグッズとして販売している商品のひとつである。イタリア政府ではコロナ後の社会を見据え、環境負荷の少ない乗り物を購入する際の奨励金制度が検討されている。今後は自動車と、こうした乗り物を併用することは十分に考えられる。
ふと気がつけば事務ブースに見知らぬ人がいた。聞けば「ISO認証取得」に携わるコンサルティング会社の社員だという。
その日留守だったサービス工場を経営するマルコ氏は、従業員からスタートし、共同経営者を経て数年前オーナーとなった苦労人だ。入庫が少ない期間もコロナ後を見据えて模索し、いま出来得ることにコツコツと手を打つ。彼のそうした積み重ねが実を結ぶことを願いたい。
車検・代書屋さんのトリプルパンチ
ところで前述のように、サービス工場には整備完了を待つスペースがない。周囲には暇を潰す商店もないので、代車を借りて一旦帰ることにした。走り出してから思い出したのは、同じ街にある民間車検場だ。
その車検場には思い出がある。6年前、うっかり車検の期限がギリギリになっていたことを忘れていた筆者は、なんとスイス-オーストリア国境を越えた旅の帰途だったにもかかわらず、飛び込んだのだった。
それでもパオロさんという経営者は、嫌な顔ひとつせず応対してくれた。聞けばナポリ出身で、この道20年。そればかりか「今すぐやっちゃおう」と言い出した。南部の人は男気がある。車内には長旅で使用した旅具や食べ残しが散乱していて小っ恥ずかしかったが、無事車検を終えることができた。
今回久しぶりにその民間車検場を覗くと、車の影が無い。パオロさんを探すと、脇に設けられたオフィスにいた。彼は説明する。
「7月31日までに車検切れとなる車両は、すべて10月31日まで期限延期されたんだよ」。
ユーザーにとっては恩恵であるが、パオロさんの仕事にとっては入庫してくる車が後倒しになるので大打撃である。
参考までに、イタリアの車検制度(個人使用の乗用車)は初回4年後で以後2年ごとに行う。しかし、いずれの費用も日本と比較して安い。パオロさんが経営するような民間車検場で受けた場合、2020年の公定料金は66.88ユーロ(約8千円)である。なお、前回お世話になった2014年の料金は65.6ユーロだったから、6年で1.28ユーロ(約150円)しか上がっていないことになる。
日本ではタマゴのことを価格の優等生という。石油価格も保険も欧州最高水準に高くなってしまったイタリアで、車検料金は自動車ライフにおける数少ない価格の優等生である。だが公定料金ゆえに、お客さんが少ないからといって、パオロさん独自には値上げできない。彼の苦悩はおおいに察することができる。
実はパオロさんの車検場は、運転免許更新の代書屋さん的な仕事や、自動車税の収税代行機関も兼ねている。イタリアでは「プラティケ・アウト」という。ところが、免許更新も8月31日まで猶予されることになった。自動車税も3〜5 月に期限が来る車は6月30日に後倒しとなった(例として我が家の小型車の場合、年間283.78ユーロ:約3万4千円)。車検と合わせると、トリプルパンチである。
そうしたなかパオロさんが期待するのは、それらと並行するかたちで数年前に始めた「長期リースの代理店」である。法人向けは日本よりも早く普及していたが、近年は個人事業者向けとしても注目されるようになった。
参考までにイタリアの2018年の調査によると、この国では全就労人口の21.9%が自営業者だから、一定の市場はあると思われる。しかし、それも「スマートワーキングで移動も減ってしまう心配はある」とパオロさんは指摘する。
「平均車齢18年時代」ゆえに
ところで2020年5月、イタリア自動車クラブ(ACI)は、国内自動車市場が21世紀に入って以来最大の落ち込み幅になるとの予想を発表した。加えて、新車の買い控えが起きることから、5台に1台は車齢18年以上になるであろうことを明らかにした。ついでにいえば筆者の車も、気がつけば車齢12年だ。
日本の乗用車の平均車齢が8.60年(出典:「自動車検査登録情報協会」2018年)であることからすると、いかに古いかがおわかりいただけるだろう。
ただし、大都市以外は、日本ほど公共交通機関が発達していないイタリアである。カーライフを断念する人が急増するとは考えにくい。代わりに、街を走る車全体が古くなってゆけば、修理工場や民間車検場が社会で果たす役割が増えるのは必至である。
マルコさんのサービス工場も、パオロさんの民間車検場も、もうひと頑張りすれば、お客さんが戻ってくる可能性は少なくない。民間車検場を後にしようとすると、パオロさんが筆者に声をかけた。
「チャオ、ロレンツォ!」
6年もまともに会っていなかった、それも一外国人に過ぎない筆者の洗礼名を記憶しているとは驚いた。
パオロさんは復活すると確信したのであった。