2022年08月30日 19:05 掲載

ライフスタイル 『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第30回
「江戸時代の三輪車」もトリノに上陸! 自動車の前史展

乗り物の歴史はなんと紀元前にまで遡る!? イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載。第30回はイタリアで9月まで開催中の「自動車の前史展」をご紹介。

文と写真=大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

ジョヴァンニ・フォンターナ「旅する椅子」(イタリア・パドヴァ、1420年)ジョヴァンニ・フォンターナ「旅する椅子」(イタリア・パドヴァ、1420年)

「移動する欲望」は世界共通

 トリノ自動車博物館(MAUTO)は、イタリアを代表するオートモビル・ミュージアムのひとつである。ポー川を見おろす現在の施設は、1961年のイタリア統一100年博覧会に合わせて、その前年に開館した。保有車両は80ブランド・200台以上におよぶ。現在はトリノ市、ピエモンテ州、ステランティス社、そしてトリノ自動車クラブによる支援のもと運営されている。

トリノ自動車博物館は、市内を流れるポー川を見おろす。1961年に開催されたイタリア統一100年博覧会に合わせ、前年に開館した。トリノ自動車博物館は、市内を流れるポー川を見おろす。2011年にリニューアルオープンした。

 そのMAUTOが2022年4月8日から9月25日まで、「モトゥス──自動車前史」という企画展を開催している。motusとはラテン語で「動き」を意味する。1886年にカール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーが実用的なガソリン自動車を発明する前夜、世界のさまざまな地域で4千年以上にわたって人々が構想し試みてきたモビリティを忠実な複製で紹介するものである。いずれも動物や自然の力に頼らない乗り物だ。

マリエッラ・メンゴッツィ館長。11年以上にわたるフェラーリ勤務、オランダのモーターヨット会社CEOなどを経て、2018年から現職。

マリエッラ・メンゴッツィ館長。11年以上にわたるフェラーリ勤務、オランダのモーターヨット会社CEOなどを経て、2018年から現職。

 今回採り上げられたなかでもっとも古いものは、紀元前2500年のメソポタミアで作られた直径約70cmの車輪である。いっぽうでレオナルド・ダ・ヴィンチによる、ぜんまいを用いた自走式荷車(1478-75年)の構想を立体化したものもある。彼の天才ぶりを示す例として長年語られてきたものだが、用途は祭典用の、いわば見世物であった。また動物や風力などを使わない車の時系列のなかでは、必ずしも早い発明でないことがわかって面白い。

 ニュルンベルクのステファン・ファーラーによる機械式三輪車は、1655年のものだ。幼少期から足が不自由だった製作者は、まず時計を通じてメカニズムを習得したあと、手回しハンドルを用いて移動するこの車両を考案した。これこそ人員輸送の実用に供された初の乗り物とされている。

ステファン・ファーラー「機械式三輪車」 (ドイツ・ニュルンベルク、1655年)ステファン・ファーラー「機械式三輪車」 (ドイツ・ニュルンベルク、1655年)

それぞれの車両は、アニメーションを用いて作動原理が説明されている。それぞれの車両は、アニメーションを用いて作動原理が説明されている。

人間の移動への執念、恐るべし

 視覚的インパクトがもっとも強いのは、日本の「新製陸舟車(しんせいりくしゅうしゃ)」である。江戸時代の享保17年(西暦1732年)、彦根藩士の平石久平次時光が製作したものだ。同様の舟状の乗り物は、今日の埼玉県本庄市の庄田門弥が1729年に発明した四輪車のほうが先とされる。だが、平石が採用したペダルの踏力を推進力に変える機構は、1817年ドイツの「ドライジーネ」に先駆けた自転車の始祖であるとも考えられている。展示車は研究者・小池一介氏の監修により、2021年にイタリアで複製された。

平石久平次時光「新製陸舟車(しんせいりくしゅうしゃ)」(日本・彦根、1732年)。平石久平次時光「新製陸舟車(しんせいりくしゅうしゃ)」(日本・彦根、1732年)。

平石が記した構想図。

平石が記した構想図(複写)。

 取材では、マリエッラ・メンゴッツィ館長みずからが案内してくれた。動画はそれを収めたものである。

 今回の企画展は、フィレンツェにある科学博物館「ムゼオ・ガリレオ(ガリレオ博物館)」の協力を仰いでいる。そして展示車中12台は、「ムゼオ・デル・サイドカー(サイドカー・ミュージアム)」が製作したものである。後者は中部マルケ州のチンゴリという人口1万人の小さな町にある。小さくもきらりと光る地方博物館に脚光を当てる意味でも、今回の企画展は有意義なものといえる。

 いっぽう、今回唯一のオリジナルとして順路の最後に据えられた1879年の蒸気自動車は、なんとスタッフである学芸員の個人所有である。彼は、ほかにも数々の同時代のコレクションがあるという。こうしたリソースの奥深さも、実はこの企画展を充実したものにしている。

「道路用機関車」(イタリア・ピストイア、1879年)。当時フィレンツェの富裕家庭が購入し、子ども用の遊具としても使われていた。最高速度は10km/h。「道路用機関車」(イタリア・ピストイア、1879年)。当時フィレンツェの富裕家庭が購入し、子ども用の遊具としても使われていた。最高速度は10km/h。

 忘れていけないのは、今回の企画展のシンボルとして順路の始まりに置かれている「旅する椅子」と名前が付けられた木製車両である。イタリア半島北部パドヴァの発明家ジョヴァンニ・フォナターナによる1420年の構想に基づいたものだ。

 運転者はまず、今日でいうラック&ピニオン式ステアリングで目指したい方向を定めておく。次にひもを引くと筒が回り、その力は歯車で減速されて車輪に伝わる。フォンターナは、ひもの代替案として火薬による推進力も想定していた。会場では、実際に再現すべく点火して危なっかしげに走る映像も上映されていた。私たちの祖先が、移動という行為にかけた思いと執念。それを心から感じるユニークな企画展であった。

ジョヴァンニ・フォンターナ「旅する椅子」の構想には、火薬を用いた推進力も加えられていた。ジョヴァンニ・フォンターナ「旅する椅子」の構想には、火薬を用いた推進力も加えられていた。

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