マニュアル車がお好きなら、このクルマにお乗りなさい! MTのススメ。
クルマの電動化に合わせて、マニュアル車は消えていく運命にあるのだろうか? モータージャーナリストの小川フミオは、いまこそMTの醍醐味を味わうべしと訴える。MTの魅力を再考する。
MTはうまい赤身だ!
マニュアル変速機って、やっぱりおもしろい。クルマはエンジンだ。なんて、ちょっと前まではよく言ったものだ。クルマの個性はエンジンに左右されるという意味である。最新の電気自動車では、ハンドリングの重要性が注目されつつあるが、古い私はそこにもうひとつ、変速機も大事ってことを付けくわえておきたい。いまのうちに。
いまさら、手でギアを変えるマニュアル車なんて、っていうひとは多いかもしれない。ソニー損保が毎年、1月に発表する「新成人のカーライフ意識調査」はいつも興味深いのだが、2022年1月5日発表の2022年度版でも、MT(マニュアル変速機)とAT(オートマチック)の差が明らかになっている。
ソニー損保が、2001年4月2日から2002年4月1日生まれの1000人を対象に行なったアンケートによると、その1000人のなかでマニュアル変速機も運転できる普通自動車運転免許所持者は17.7パーセント、オートマチック限定免許は39.5パーセントと倍以上の開きがある。
古い世代のひとは、オートマチックのほうがマニュアルより高級って意識があるかもしれない。サシがたっぷり入った牛肉のほうが赤身より上等っていうのと、なんだか似ていると私は思っている。私は歳のせいか霜降り肉を受け付けなくなっている。うまいと思うのは赤身。価値観の転換が起こっているのだ。同じことをマーケット全体にも当てはめてみたい。
MTの醍醐味ってなに?
いま、新車で買えるMT車はそんなに数が多くない。マツダは11車種中に8車種にMTを設定とがんばっているものの、トヨタは走りを追求しているGR系(の一部車種)のみ。日産はフェアレディZ、スバルはBRZとスポーティカーに設定しているだけ。輸入車では、ポルシェの一部車種に搭載されているぐらいだ。あ、スズキはけっこう作ってますな。
MTの新車が売れる比率はなんでも1パーセント台なんだとか。この数字はときどき自動車メーカーの開発者が苦笑まじりに教えてくれる。それでもMTを作り続けるのだから、私にいわせると、自動車好きでないと自動車メーカーはやっていられないってことだ。ありがたいけど。
いっぽう、MTが好きなひとにとって、いまの状況はいい側面もある。搭載車はどれもMTの良さが存分に味わえるのだ。昔のように、レンタカー借りたら(当然)MTで、ギア比が離れているうえに非力で、楽しくなくて泣けてきた、なんて状況はかなり改善されている。
じゃ、いいMTって、どういうのだろう。もっとも重要な点は、エンジンとの相性がいいこと。エンジンの力をドライバーが自分で引っ張りだせるような感覚こそ、MTを操るときの醍醐味だ。
くわえて、私が好きなのは、ひとつはクリック感。ギアレバーを操作して、ゲート(っていったりします)に入れるときの感触が、カチカチッと気持ちいいと、それだけで気分がアガる。先に挙げたMT車はだいたいよく出来ている(軽自動車は例外)。
それからもうひとつ。私が、MTに乗って幸福感を感じるのは、シフトダウンの時だ。たとえばギアを3速から2速に落とすとき、スパッとギアが入って、かつエンジンの回転がうまく合わせられて、そこからクルマが力強い加速をするのを感じると、クルマってたんなる移動手段じゃないよなーとつくづく感じる。
やっぱり運転はおもしろい
じゃ、はっきりいって、どのMT車がいちばんオススメなんだろう。そう訊かれると、自分だったら、マツダ2「15MB」だ。マツダのラインナップでもっともコンパクトな、全長4メートルそこそこのハッチバック車で、85kW(116ps)の1496ccエンジンを1トンの軽量ボディに搭載している。このクルマがおもしろい。
変速機は6段マニュアルで、これの良いところはギア比だ。欧州のマニュアル車のように、2速が加速用で、3速は巡航用。よって、2速と3速のギア比が大きく離れているから、操作していても楽しくないってこととは無縁。バンバンバンッとギアを上げながら加速していくのも、ギアを落としながら減速するのも楽しい。
それはロードスターを筆頭とするほかのマツダ車とも共通だ。四半世紀ぶりにMTに乗るなんてひとだって、すぐに慣れる。ただし、マツダ2を気に入っている理由は、それだけでない。エンジントルクが149Nm(@4000rpm)しかないのが、運転をおもしろくしてくれているのだ。
149Nmのトルクは、1.5リッターエンジンとしては、いまの水準では高いほうでない。たとえば、メルセデス・ベンツC200の1.5リッターエンジンの最大トルクは300Nmと倍以上。かつ、15MBのエンジンはどちらかというと高回転型。最大トルクは4000rpmで発生なので、エンジン回転を上げなくては充分な力が出ない。
そのため、シフトアップするのも、ぼんやりとしていられない。低い回転域でギアを上げると、トルクが足りなくて加速が鈍い、なんて羽目に陥るのだ。3000rpmから4000rpmにエンジン回転を保って走る必要がある。つまり、15MBを走らせるのは、スポーツの領域に近い。
スポーツ性でいえば、同じマツダのラインナップでみると、ロードスターのハンドリングのほうが勝る領域もある。そもそもスポーツカーとして開発されているからだ。でも、一所懸命、シフトワーク(ギアを変えること)をして走る”楽しさ”が15MBにある。
ぜひ、いちど体験してみてください。MBはモータースポーツベースの略なので、装備がやや簡略化されている。マツダ2にはおなじエンジンに、やはり6段MTを組み合わせた「15S Proactive(プロアクティブ)」なるモデルもある。ギア比の設定などが15MBと異なり、ややおとなしめの設定であるものの、これもいいかもしれない。
今しかない!
そういえば、私は先日、ポルシェ911に設定された「911カレラGTS」のMT車を運転した。なんと7段もギアがある。すばらしい操縦フィールをもっていて、シフター(変速用のレバー)は手首の動きだけで吸い込まれるようにゲートに入る。
353kW(480ps)の最高出力に570Nmの最大トルクをもつエンジンは、どこからでも力を出すので、市街地では7段もギアが必要ない感じ。2速と4速と6速があれば事足りそうだと思った。このクルマを存分に操るには、サーキットのほうが向いてそうだ。
それでも、左足も左手も使うのが、しばらくMTから遠ざかっていた私には新鮮だった。最近のクルマは、からだの右半分で事足りてしまいそうだから。
電気自動車になったら、当然、クラッチを切って、またつないで、なんて作業は無縁になる。そうなったら、従来のMTは消滅してしまう。でも、ビデオゲームのように、電気信号を使って、変速(のようなこと)をしていけるクルマなんていうのも登場するかもしれない。なにはともあれ、MTの真の楽しみを味わうのは、今しかないのだ。