2020年05月11日 16:30 掲載

ライフスタイル 日本の自動車メーカーで歴史が古いのはどこ? 3つの基準で考えてみた

日本の自動車メーカーは、その歴史が100年を超える企業も少なくない。では、最も歴史の古い日本の自動車メーカーはどこなのだろうか?スタートの基準を何にするかで変わってくるため、複数の視点から歴史の長さをランキングし、同時に各社の歴史を振り返ってみた。

タグ:

神林 良輔

画像。いすゞの前身である石川島造船所(現・IHI)の自動車部が1924年(大正13)ノックダウン生産した英ウーズレー社製「CP型トラック」。

いすゞの前身である石川島造船所(現・IHI)の自動車部が1924年(大正13)にノックダウン生産した英ウーズレー社製「CP型トラック」。

 日本の自動車メーカーのスタートは、製造業・重工業系の企業内に自動車部門が立ち上げられ、その部門が成長したり独立したりして自動車メーカーとなるパターンが多い。また、現在にいたるまで合併や吸収を繰り返し、複雑な歴史を持つ自動車メーカーも少なくない。そこで、国内の乗用車8メーカーと大型車4メーカーの歴史を調べて、日本一古い自動車メーカーについて考えてみた。

 とはいえ、何をもって古いというかは、何を基準にするかによって異なってくる。今回は3つの基準から調べてみたが、インターネットなどで公開されている資料を基にしていること、考え方によっても違いが出てきそうなこと、各メーカーに公式に確認したものではないので、それを前提に読んでほしい。

 まずは、これら12メーカーのスタートを簡単にまとめてみた。

【乗用車メーカー】
スズキ:織機メーカーから自動車メーカーへ
スバル:ルーツは航空機メーカー
ダイハツ:エンジンメーカーから自動車メーカーへ
トヨタ:織機メーカーから自動車部門が独立
日産:鋳造会社が自動車メーカーを傘下に入れて自動車メーカーへ
ホンダ:自動車メーカーとして設立
マツダ:コルクの製造業から自動車メーカーへ
三菱自動車:重工業から自動車部門が独立

【大型車メーカー】
いすゞ:重工業から独立した自動車部門をルーツに、自動車メーカーとして設立
日野:ガス・電気事業者をルーツに、いすゞと同じ自動車メーカーを経て独立
三菱ふそう:三菱から大型商用車部門として独立
UDトラックス:ルーツはトラックメーカー

 このようにスタートの仕方がそれぞれ異なるため、自動車メーカーの歴史といっても、どのタイミングからを自動車メーカーとするのかは、考え方によって変わってくる。そこで、会社の設立日順、親会社の一部門だった時代なども含めて四輪車の開発を始めた時期(自動車製造の創業)が早い順、そして現在の社名になって最も時間が経っている順と、3つの基準でランキングにしてみた。

 また今回の3つの年表を作成するにあたり、各社公式サイト内の会社概要や、歴史・沿革に関するページ、創立100周年時のニュースリリースなどを参照した。そのほか、自動車技術会が公開している歴史資料、日本自動車殿堂が公開している歴史車の解説資料、メーカーの所在地の行政機関が発行した歴史関連の公式資料、源流を同じくする別企業の沿革情報なども参照した。参照資料に関しては、最終ページ末尾に掲載した。

設立日順では100年オーバーが3社も

 まずは、その会社が会社概要などで公開している設立日順に見てみよう(表1)。ここでいう設立日とは、会社として設立登記の手続きが完了した日のことを指す。要は、そのメーカーが社会的に企業であることを認められた日だ。設立時点で自動車メーカーであるか否かは問わない。

 混同しやすいので説明しておくと、設立と似た意味の言葉として、「創業」と「創立」がある。創業とは個人・企業を問わず業務を始めるという意味だ。そして、創立とは企業を初めて設立することを意味する(設立は回数とは関係のない使われ方をする)。たとえば、個人で何らかの事業を始めたとしたら、そのときが創業。その後、それを会社組織化したら創立。その企業内に自動車部門を立ち上げ、それを新たな企業として独立させたら「子会社として自動車会社を設立した」などという使われ方をするのである。ただし、親会社から見た場合は子会社を設立となるが、子会社自身からしてみると創立ともいえる。そのため、企業によっては、設立日だったり創立日だったりと、表記が異なっている。また創立以来現在まで同一の企業として続いているのであれば、創立日=設立日となる。

 そういったことを踏まえた上で、設立日が古い順に順位をつけると、1~3位はダイハツ、マツダ、スズキであった。その歴史を紹介しよう。

表1。設立日が歴史のある順のランキング。

表1。国内自動車メーカーの、設立日が最も古い順にランキング化してみた。最も古いのはダイハツだ。

※1 UDトラックスは、前身の民生デイゼル工業株式会社の設立日を、会社案内の沿革などでは1950年5月までとしか公表していない。

設立日の確認について:スズキ、ホンダ、UDトラックスは会社概要に掲載されていないため、以下の資料で確認した。スズキは、2020年3月15日発表のプレスリリース「スズキ、創立100周年を迎えて」にて。ホンダは、公式サイト内に1999年に開設された「語り継ぎたいこと~チャレンジの50年~」にて。UDトラックスは、同社会社案内の沿革にて。

第1位:113年という頭ひとつ抜き出た歴史を誇るダイハツ

 第1位は、1907年(明治40)3月1日に、発動機製造株式会社として設立されたダイハツだ。国内の自動車メーカーの中で唯一明治まで遡ることができ、2020年に設立113年を迎えた。ただし、当初は自動車の製造ではなく、エンジンの製造を目的として設立された企業だった。ダイハツの会社概要では同日に創立としているが、現在まで同一の企業として続いていることから、創立日=設立日となる。

 発動機製造の設立は、当時としては珍しい産学連携によってスタートしたという。この時期、エンジンは海外からの輸入に頼っており、それを国産化しようとしたのが、官立大阪高等工業学校(現・大阪大学工学部)校長の安永義章博士たちだ。その高い志に賛同した大阪の財界人たちの協力を得て設立されたのが、発動機製造だったのである。しかし高性能なエンジンを開発しても、当時は国産よりも海外製の方が優秀というイメージが圧倒的で、販売は苦戦が続くことに。それならと自ら車体も開発する道を選択し、1930年(昭和5)12月に誕生したのが、小型三輪車「HA型ダイハツ号」だ。このときが、ダイハツのモビリティ事業の創業である。

 また、発動機を製造しているメーカーが多かったことから、ユーザーは"大阪の発動機"という具合に地域名を入れて区別したという。それが略されてダイハツと呼ばれるようになり、発動機製造自身も20年後の1951年12月には改称し、ダイハツ工業株式会社とした。ユーザーにつけられた愛称を社名としたのである。そして画像1は1932年5月から発売された、後輪駆動に改良された「ツバサ号HD型」である。共同生産した日本エヤーブレーキ株式会社の意向で、「ダイハツ号」から「ツバサ号」に名称が変更されたという。また初の四輪車は1937年(昭和12)4月に発売された「FA型」だった。

画像1。ダイハツが1932年に発売した三輪車「HD型ツバサ号」。

画像1。ダイハツの三輪車「ツバサ号HD型」。このレストア車はタンクにダイハツとあるが、当時はタンクに「ツバサ號」とあった。

第2位:2020年が設立100周年にあたるマツダ

 第2位は、東洋コルク工業株式会社として出発したマツダだ。1920年(大正9)1月30日に設立され、2020年に100周年を迎えた。マツダの会社概要では同日に創立したとあるが、同社もひとつの企業として現在まで続いていることから、創立日=設立日となる。当初はコルク粒やコルク栓の生産を行っていたが、工場火災を起こした2年後の1927年(昭和2)に工場の再建を果たすと、同年9月には東洋工業株式会社と改称して機械やモビリティ製造事業に進出した。二輪車の開発から始め、1931年10月に初の三輪車「DA号」の生産をスタート。画像2の「GA型グリーンパネル」はその後継モデルの1車種で、1938年5月の発売。また初めて市販された四輪車は、1950年6月の1トン積みトラック「CA型」だった。

 そしてマツダ株式会社への改称は、1984年(昭和59)年5月に行われた。マツダの名前の由来はゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー(Ahura Mazda)にちなむと同時に、2代目社長で自動車産業に舵を切った松田重次郎の苗字にもちなんでいる。

画像2。マツダ(当時は東洋工業)が1938年5月に発売した三輪車の「GA型グリーンパネル」。

画像2。マツダ(当時は東洋工業)が1938年5月に発売した三輪車「GA型グリーンパネル」(レストア車両)。第12回ノスタルジック2デイズ2020のマツダブースにて撮影。

第3位:100周年を迎えるもう1社、スズキ

 スズキは、1909年(明治42年)10月に機織り機の製造を手がける鈴木織機製作所として、鈴木道雄の手によって創業した。1920年(大正9)3月15日には鈴木式織機株式会社として会社組織化され、2020年に設立100周年を迎えた(※2)。創立以来、現在まで同一の企業として続いていることから、スズキもまた創立日=設立日のメーカーである。

※2 スズキは会社概要などで設立月までしか記載していないが、2020年3月15日発表のプレスリリース「スズキ、創立100周年を迎えて」に1920年3月15日に創立と記されている。

 1952年(昭和27)6月に大きく事業内容を転換してモビリティ分野に進出。36ccのエンジン付き自転車「パワーフリー号」を発売した。そして、1954年には鈴木自動車工業株式会社に改称。このときが自動車事業の創業といえるだろう。同社が実際に四輪車を初めて発売したのは、翌1955年のこと。同社初の軽自動車でもある画像3の「スズライト」(当時は360cc)だ。スズキ株式会社へと改称したのは、1990年(平成2)10月のことである。

画像3。スズキが1955年10月に発売した軽四輪車「スズライトSS」。

画像3。スズキが1955年10月に発売した軽四輪車「スズライトSS」。

→ 次ページ:
続いては自動車の製造開始時期が最も早いのは?

旧車関連記事