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クルマ最終更新日:2019.02.12 公開日:2019.02.12

開発者の途方もない試行錯誤は、必ずや使い手に伝わる【魂の技術屋、立花啓毅のウィークリーコラム6】

「途方もない試行錯誤を重ねて出来上がったモノほど魅力的なモノはない」と立花啓毅氏は言う。技術者の立花氏を魅了したモノとはどんなモノだったのか。

立花啓毅

かつてマツダに在籍し、ユーノス ロードスターやRX-7などの名車を手がけた技術者、立花啓毅氏は「途方もない試行錯誤を重ねて出来上がったモノほど魅力的なモノはない」と言う。それはどういうことなのか。今回も身近な例として自転車を紹介する。自転車はクルマと比べるとシンプルな構造だが、作り手の情熱がほとばしっているモノが存在するのだ。

 こだわった設計で世界的に有名な自転車に、英国の「ブロンプトン」がある。

 ブロンプトンは、折りたたみ自転車だ。まるで知恵の輪のようにスルスルと小さくなって、56×54×25cmサイズ(編集部注:A3のコピー用紙2枚を広げたより少し大きい程度)にたたむことができる。それもわずか15秒でだ。だから、これを片手に電車に乗ることができる。何とも粋である。

 最近、ツイードランが人気だ。ツイードランとは、ちょっとお洒落してツイード・ジャケットを羽織って自転車に乗ろう! という集まりだ。発祥はイギリスだが、最近は日本でも行われ、開催地から遠方の参加者は、まさにブロンプトンを片手に電車に乗って集まってくる。

 ブロンプトンは独特な形状のフレームに16インチの小径タイヤを履かせている。重量は9kg。この軽さはクロモリの効果だろう。一般的な折りたたみ自転車は、たたむのに時間がかかる。しかもたたんだ状態に固定しておく機構がない。だから車体が開こうとしてブラブラするため、ベルトで固定するものが多い。ブロンプトンは折りたたむと自動的に固定され、勝手に開くことがないため、そのままタイヤを転がして運ぶことができる。 

乗り手がブロンプトンに惚れる理由

 購入して早速またがると、小径タイヤにも関わらず直進安定性が抜群によく、ますます惚れ込んだ。また小さい車体にも関わらず荷物の運搬が得意なのだ。フレームのヘッドチューブに荷重をかけるため、ハンドルは重くならない。ちなみにこの専用バッグは、5種類も用意されている。

 1986年の発売以来、基本設計はほとんど変わらない。生産は一貫していて英国のブロンプトンバイシクル社で行われている。品質と耐久性を第一に掲げ、工場では溶接や組立工の名前を記録し、頻繁に耐久テストや破壊テストを行っているという。

 一方、オプションパーツも豊富で、前後のキャリアに始まり、ギアレシオの変更キット、ハブダイナモ(発電機をハブに内蔵したもの)、軽量化のためのチタン部品などさまざまだ。

 このブロンプトンの考え抜かれた美しさは、手に油した技術屋でしか達し得ないものだ。私の右脳はそれに激しく共感し、欲しい欲しいとダダをこね、それを左脳が阻止しきれずについに買ってしまったというわけだ。

 じっくり眺めれば眺めるほど、この構造ができ上がるまでには、数え切れないほどの試作車と、並々ならぬ努力があったことが読み取れる。今後もこれを超えるものはまず出ないだろうと思える。技術屋の私ですらこれを改良しようとしてもその余地がないほどだ。そこに激しく共感したのである。

立花 啓毅 (たちばな ひろたか):1942生まれ。商品開発コンサルタント、自動車ジャーナリスト。ブリヂストン350GTR(1967)などのスポーツバイク、マツダ ユーノスロードスター(1989)、RX-7(1985)などの開発に深く携わってきた職人的技術屋。乗り継いだ2輪、4輪は100台を数え、現在は50年代、60年代のGPマシンと同機種を数台所有し、クラシックレースに参戦中。著書に『なぜ、日本車は愛されないのか』(ネコ・パブリッシング)、『愛されるクルマの条件』(二玄社)などがある。

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