愛車「いすゞ ピアッツァ」を走らせ、名古屋「コッパ・チェントロ・ジャポーネ」へ。YOKOHAMA Car Session後藤和樹が感じたクルマ文化継承のかたち
名古屋発のヒストリックカーイベント「コッパ・チェントロ・ジャポーネ2025」に、YOKOHAMA Car Session主宰の後藤和樹が愛車の「いすゞ ピアッツァ」で参戦! 次代を担うクルマ好きは、この舞台で何を感じたのか、存分に語ってもらった。
この記事をシェア
■YOKOHAMA Car Session後藤和樹と愛車「いすゞ ピアッツァ」
YOKOHAMA Car Session(YCS:ヨコハマカーセッション)は、横浜赤レンガ倉庫に35歳以下のクルマ好きが集まるカーミーティング。その名前は、イベントであり、同時に3人組の主催グループの名前でもある。発起人のひとりである後藤和樹(28歳)は、カーデザイン界の巨匠ジョルジェット・ジウジアーロの作品に心を奪われたひとり。初めての愛車に「いすゞ ピアッツァ」を選んだ。
後藤和樹氏と愛車のいすゞ ピアッツァXE(1983年式) 写真=KURU KURA編集部
イベントのメインビジュアルと先輩たちの呼び声に応え、いざ名古屋へ
「コッパ・チェントロ・ジャポーネ」は、愛知県名古屋市で開催される、イタリア車を中心としたクラシックカーが集う日本最大級のヒストリックカー・ラリーイベント。日伊の自動車文化交流の場としても知られている。
注目すべきは2025年のメインビジュアルだ。ジウジアーロ御大の作品で、私の愛車「いすゞ ピアッツァ」のコンセプトモデルである「アッソ・ディ・フィオーリ」と「S8P」が描かれていた。
2025年4月の来日以降、日本のクルマ好き界隈ではちょっとしたジウジアーロブームと言わんばかりに、御大関連の記事を目にするが、まさに2025年はフィーバーの年だったのだろう。
そんなメインビジュアルを掲げたイベント会場に、もし自分の愛車を並べられることができたなら──。そんな機会なんてめったにあるもんじゃない。お世辞にも綺麗とは言えない私のピアッツァを同イベントのコンクールに出す決意を固めるには、十分すぎる理由だった。
しかもちょうどいいタイミングで、KURU KURAでもクルマを愛する先輩が、『クルマ好きな若者たちよ「コッパ・チェントロ・ジャポーネ」で自動車文化を巡る旅に出かけよう!』という記事を公開しているではないか。このメッセージに対するアンサーとしても応えねば。そうして私は、愛車と共に自動車文化を巡る旅に出発したのだった。
秋の香りに誘われて、古くも美しい名車達が名古屋に集まった2日間。コッパ・チェントロ・ジャポーネ2025での出来事をリポートする。
アッソ・ディ・フィオーリとS8Pが描かれたメインビジュアル。画像=コッパ・チェントロ・ジャッポーネ実行委員会
異なる世界観の自動車文化に酔いしれる
コッパ・チェントロ・ジャポーネ2025のメインプログラムとして用意されているのは、クルマの優雅さを競うコンクール「コンコルソ・デレガンツァ」と、華麗な自動車達が街中をパレードする「グラン・プレミオ・サカエ」。今回はさらに、ラリーカーのデモランを観覧できる「WRC CAR EXIBITION RUN」も行われた。
イベント会場はいくつかのゾーンで構成され、それぞれ世界観が異なるというので、さっそく巡ってみる。
まず、ラルフローレン前広場では、トヨタ博物館による「挑戦してきたクルマたち」をテーマとした展示が行われ、往年の名車「2000GT」や「LFA」などが鎮座していた。余談だが、私は1997年生まれで、初代プリウスの発売年と同い年である。
トヨタAC型を筆頭に、トヨペットクラウンやセルシオなどトヨタ博物館所蔵の⾞両が並ぶ
名古屋テレビ塔前に位置し、全長80mの水盤が続くミズベヒロバには「FERRARI SPECIALE」と題し、「288GTO」や「308GTB」など往年のフェラーリや、息を飲むほど美しい「SP2/SP3」など比較的新しいモデル、さらにはF1マシンまでもが並んでいた。
配置も巧みで、デザイン的リスペクトを感じるモデルや、タイプ違いのモデルが2台ずつノーズをずらして停められており、さながらスタートグリッドのよう。さらに真っ赤なスペチアーレたちがうっすら張られた水面に反射し、より神秘的な光景を生み出していた。これはミズベヒロバならではの魅せ方だろう。
この場所への展示を許されるクルマを、一生のうちに手にすることができるのだろうか……。
ミズベヒロバには美しき芸術作品群が並んだ
水面への映り込みと煌びやかな照明により、昼間とはまた別の美しき姿へと変わった、真っ⾚なスペチアーレたち
芝生が広がるテレビトーヒロバでは「トリノ生まれのクルマたち」と題し、2024年にこの世を去ったマルチェロ・ガンディーニ氏の作品を中心に、文字通りトリノのカロッツェリアが生んだ名車たちが並んでいた。
青々とした芝生に鎮座する作品を眺めていると、美術館の屋外展示を見ているような気分になった。
テレビトーヒロバには故・マルチェロ・ガンディーニ⽒の作品が数多く並んだ
手を後ろで組み、芸術鑑賞をしていると、周辺の道路から乾いたサウンドと、わずかな油臭さを感じた。
そう、目玉イベントのひとつ「グラン・プレミオ・サカエ」がスタートしたのだ。名古屋市役所をスタート地点とし、コマ図を頼りに市内を巡り、久屋公園外周を経て再び市役所に戻るラリー形式のパレードランだ。
この手のイベントでは「置き」が基本だが、やっぱりクルマは走らせてなんぼのもの。街を快走する古き良きクルマたちに、沿道の人たちも手を振って応えていた。街全体でクルマ文化を紡いでいこうという想いを感じた瞬間だった。
「グラン・プレミオ・サカエ」は、時代とともに変化する愛知県の魅力を時間軸で繋ぐというメッセージが込められたパレードランだ
アッソ・ディ・フィオーリの隣ですか!?
これまでイベントの概要を簡単に紹介してきたが、肝心なのは私の愛車「いすゞ ピアッツァ」の行方である。
今回のコッパ・チェントロ・ジャポーネはメインビジュアルにいすゞやマツダが用いられているように、トリノでデザインされた日本車をフィーチャーしている。メインビジュアルに使用された2台は久屋大通公園のシンボルであるMIRAI TOWERの下に展示されていた。
では、私のピアッツァはいったいどこに展示してあるのか?
「当日の展示は、アッソ・ディ・フィオーリの隣になります」
……なんですって!?
イベント申し込み時に展示場所の指示はなかったのだが、開催数日前に入ったいすゞ広報の方からの連絡で、状況が一変した。
何度もメールを読み返したが、紛れもなくそう書いてあった。憧れのアッソの隣に自分のピアッツァを並べられる機会など、おそらく今後ないだろう。多くの人が訪れる一大イベントで、市販モデル(私のピアッツァ)とコンセプトモデルを並べて比較展示できるとは、まさに感無量である。
しかし、実際にその姿を目にするまで本当かどうか分からない。浮き立つ気持ちを抑えつつ、ピアッツァと共に展示場所に向かった。
すると確かに、私の愛車以外にもう1台ピアッツァがあり、アッソ→私のピアッツァ→もう1台のピアッツァという並びで展示された。
写真左奥がアッソ・ディ・フィオーリ、手前の2台がピアッツァだ
さすがMIRAI TOWER。人の流れが途切れることはなく、来場者は皆、アッソとピアッツァの意外な違いに触れては笑顔で去っていく。オーナーとしてこれ以上ないほど嬉しく、誇らしい瞬間だった。
これまでタダの車オタクとして、このようなイベントに参加してきたが、自らイベントを企画・発信する立場となった今、このような形で自動車文化の継承に一役買えている(当社比)のは、少なからず活動が実を結んでいる証だろう。
それにしても、コンコルソ・デレガンツァは我々のようにクルマの維持で精一杯の若者からすれば、やや敷居が高い(数万円かかった)。そのせいか、参加者のほとんどが年ぱ……大先輩ばかりだった。カーカルチャーの衰退を防ぐのであれば、ぜひとも若手の参加費を減額するなどの施策があれば良いように思う。
これはもう、一生の思い出になるだろう
次の世代のクルマ好きを応援したい
日本国内では大小さまざまな自動車イベントが全国各地で開催され、それぞれ異なるテーマやコンセプトを持っている。しかし、根底にある想いは皆同じ。「クルマが好き」なのだ。
クルマというものを通じて、本来出会うはずのなかった人との新たな出会いやキッカケが生まれる。これこそがクルマの面白さである。
子どもの頃は自動車雑誌など買い与えられなかった私にとって、唯一の楽しみは通っていた歯医者に置いてあったCG(カーグラフィック)誌だった。
そのCGを読んでクルマの世界に思いを馳せていた少年が、今ではそのCG代表・加藤さんからコンクールでアワードをいただいちゃったりするのだから、人生は本当に何が起こるかわからない。
だからこそ、全力で好きなことを追いかけていきたい。今回のコッパ・チェントロは若い世代の参加者が目立っていたと聞く。時代の逆境に負けず、好きなものを変わらず好きと言い続けることが大切なのだ。そうすれば、必ず応援してくれる人は現れる。
そして我々が歳を重ねたとき、次の世代のクルマ好きを応援してあげよう。こうして時代は回っていくのだろう。
CG代表の加藤さんからアワードを受賞! 写真=火星探査者
受賞式後にMIRAI TOWER下にて、今回、イベントにはYCS甲野(写真左)も同行。 写真=火星探査者




