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最終更新日:2024.08.02 公開日:2024.08.02

なぜホンダは「短距離走行モビリティ」を開発したのか? Honda CI開発責任者に聞いてみた【次世代モビリティ最前線! Vol.5】

自動車ライター大音 安弘が、今みんなが気になる次世代モビリティの開発背景や魅力に迫る連載。第5回目はホンダが独自に開発した、人とわかりあえる人工知能「Honda CI」を搭載した2種のモビリティを紹介する。

文=大音安弘

Honda CI マイクロモビリティの1種「CiKoMa(サイコマ)」。

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ホンダが実証実験中、2種の「Honda CI マイクロモビリティ」とは?

自動運転は将来的な交通インフラの救世主として期待されており、海外ではすでに自動運転タクシーの事業化も始まっている。しかし日本の自動運転は、技術開発や法の整備が追い付いておらず、世界から出遅れているのが現状だ。

そこでホンダは自動運転に加え、ストレスフリーな移動をサポートし、身近な移動の課題を解決するためのモビリティを開発。こうして誕生したのが「Honda CI(ホンダ・シーアイ※)マイクロモビリティ」だ。
※CIはCooperative Intelligenceの略語で「協調人工知能」を意味する

現在ホンダが実証実験を行っているHonda CIマイクロモビリティは、「CiKoMa(サイコマ)」と「WaPOCHI(ワポチ)」の2種類だ。CiKoMaは1名から複数名までの乗車を想定し、専用のスマホアプリを通して音声で操れる小型4輪車で、運転操作はCiKoMaが行い、歩道も走れるように設計されている。そしてWaPOCHIは利用者を登録することで周囲の人と識別し、愛犬のように利用者を追従・先導してくれる手荷物運搬用ロボットだ。前者は短距離の移動も困難な人を中心に、誰でも移動できる手段として、後者は高齢者や荷物の多い子連れの親のサポートに適している。

CiKoMaの実証実験に使用している大きな「歩車共存エリア」。

先導モードで利用者の前方を移動するWaPOCHI。

CiKoMa・WaPOCHIを実際に体験!

このHonda CI マイクロモビリティを用いた実証実験は、2022年11月より茨城県常総市でスタート。2024年2月からは茨城県にある“アグリサイエンスバレー常総”で一般人も試乗できる実証実験を開始し、誰でもCiKoMaとWaPOCHIを体験できるようになったので、筆者も体験してきた。
※WaPOCHIは6月より実証実験を休止中(再開時期未定)

2つのマイクロモビリティに共通するのは、人とわかりあえるホンダ独自のAIを搭載していることと、通常の自動運転に必要とされる高精度地図を使わないことだ。GPSなどを使わず地図無し(マップレス)とした理由は、地図だけでは道路以外の場所を進むことができないからだという。それをCiKoMaではカメラやセンサーなどで周囲を認識し、走行可能な場所かシステムに判断させ、完全自動運転を実現させている。

筆者の右手首に専用アプリをインストールした端末を装着。CiKoMaが迎えに来てくれた際、システムから「手を振ってください」というリクエストが端末に届く。それに対して手を振って応えることで、CiKoMaが筆者の目の前で停車してくれた。

CiKoMaの呼び出しや目的地設定、降車場所などは音声で指示する。音声操作は今やSiriやGoogleアシスタントなど、スマホでの音声認識活用が進んだことで、初めて利用する人にも使いやすいシステムだ。

実際に「迎えにきて」と呼びかけることで迎えに来てくれたが、かなり未来的な体験でワクワクした。今回の実証実験ではCiKoMaに向かって手を振ることで、筆者を認識し、目の前で停車をしてくれた。また乗車中でも音声呼びかけで降車場所を変更することもできた。なお、今後は自身の周辺に他の人がいても、CiKoMaからユーザー特定のために質問をする技術も追加していくそうだ。

CiKoMaは最高速度6km/hとゆっくり進み、余裕があるからか周囲の人や車両をしっかりと検知し、徐行や迂回、停車をスムーズに実行してくれたので、乗車中に不安を感じることはなかった。

前方の歩行者を検知すると、適切な距離を保ちつつ徐行した。後方からジョギングする人や自転車に接近された際も、左側に回避して停車するなど、しっかりと安全への配慮が行き届いていた。

CiKoMaのインパネまわり。

後部座席に座ると、眼前にモニターが設置されていた。表示内容は手首に装着した端末と同じで、これまでのCiKoMaとのやり取りを確認することができる。

次は、まるでペットのように愛嬌があるWaPOCHIを体験した。WaPOCHIは登録した人の特徴をカメラで認識し、周囲に人がいても利用者を識別し、追従・先導をこなすマイクロモビリティだ。WaPOCHIは目的地を設定する必要がなく、本体の前後に搭載したカメラが常に利用者の動きを追うことで、利用者が行きたい方向を推定しながら動く仕様が面白い。

当然、WaPOCHIは前方から向かってくる人や障害物も避ける。先導時は利用者の歩行を妨げないように少し斜め前を進み、人混みの中では利用者が歩きやすいように正面を進む。その様子はさながら忠犬のようだ。手荷物をWaPOCHIの収納スペースに入れれば利用者は手ぶらで歩けるので、商業施設などで実用化されれば便利そうだ。

いちご狩り施設の前で待機するWaPOCHI。手前と奥のロボットでは収納蓋の有無やLEDの色味など、仕様が若干異なる。

先導モードで利用者の前方を移動するWaPOCHI。

なぜホンダはCiKoMaを開発したのか?

「Honda CIマイクロモビリティ」のCiKoMa誕生の背景について、開発を指揮する本田技術研究所 先進技術研究所の安井裕司さんに話を伺った。

「研究所で、2030年以降の新しいモビリティの提供について考えた際に、電車で移動したり、東京駅や表参道などの若者が集まる場所に出向いたりしてみました。そうすると、人が移動する距離って意外と短いことがわかったんです。タクシーの平均移動距離でも、都心で3.3km、地方でも4.5kmなんですよ。

それまでは都市間の移動を楽にすることが重要だと思っていましたが、実は、日常での短距離移動の方が凄く重要なんじゃないかという話になりました。短い距離の移動なら、大きいクルマも要らないし、乗り捨て可能ならば都市部で直面する駐車場問題もなくなる。そもそもタクシーだって、乗る時は1人か2人ですよ。そこから、小型電動モビリティに取り組むことになりました」

本田技術研究所 先進技術研究所 知能化領域 エグゼクティブチーフエンジニアの安井裕司さん。

なぜホンダは地図機能に頼らず、短距離走行に適したマイクロモビリティの開発にこだわるのか? そこには、ごく短距離しか歩けない高齢者や、片時も幼児から目を離せない親の存在などがある。このような人たちにとって、カーシェアのようなサービスですら“クルマの出し入れ場所まで距離が遠い”と感じており、ここに見落とされがちなニーズがあるという。

安井さんは、市街地から高速道路まで走行可能な完全自動運転車を実現するならば、ホンダの基準で2040年頃になるだろうが、低速で街中の移動に特化させたCiKoMaならば、2030年頃にはできるのではないかと話す。

日本の幹線道路での最高速度は60km/hが上限だが、住宅地などでは30km/hまで落ちる。現状でも車道でのCiKoMaの走行速度は20km/hを想定しているため、開発が進めば、住宅地などでの完全自動運転の実現はそう遠い目標ではないのだ。

また、Honda CIの能力をさらに監視機能に特化させることで、事故を防ぐ機能を搭載できないかというユーザーからの声もあり、安井さんは完全自動運転の実用化の前に、事故防止機能の実用化にも力を注ぎたいとした。

Honda CIとHonda SENSINGが交差する未来

ホンダは市販車として世界初の自動運転レベル3となる先進の安全運転支援機能「Honda SENSING Elite」に代表されるように、乗用車での自動運転技術の開発にも力を注いでいる。同じ自動運転技術でも低速域に特化した今回の「Honda CIマイクロモビリィ」は、ベクトルの違う存在だ。

しかし、それぞれの技術の進歩を「トンネル工事と同じ」と安井さんは例える。「低速と高速の両方から自動運転技術を磨いていくことで、それぞれの得意とする技術は段階的に市場投入されるでしょう。それだけでなく、将来的には互いの技術を合わせることで、本当に人が運転しているような完全自動運転車の実現への近道になると思います」と締めくくってくれた。

ドライバーをフォローする運転支援技術も、クルマが運転を代わる自動運転技術も、どちらも目的は皆の移動の自由を守りつつ、事故のない交通社会の実現にある。まだ世界中でも実証実験の段階にある完全自動運転車だが、CiKoMaやWaPOCHIのように日常生活をサポートしてくれる完全自動運転モビリティの実現は、そう遠くないかもしれないと、期待が膨らんだ取材であった。

アグリサイエンスバレー常総内にある、ホンダのショールーム。受付にはCiKoMaとWaPOCHIの動力源である「Honda Mobile Power Pack e:」がデスクの奥に大量に並んでいる。

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