【フリフリ人生相談】第428話「夢を追いかけることに、少し疲れています」
登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる『フリフリ人生相談』。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「夢を追いかけることに、少し疲れています」。答えるのは、「夢は世界征服」の男、山田一郎です。
世界征服を夢見る男
今回のお悩みは、たぶん、とてもよくある内容だと思います。
33歳の男性から。
「私は、ある日本料理店で働いています。厨房にはスタッフが5人。自分は真ん中あたりのポジションで、毎日、死ぬほど忙しくしています。専門学校を出て、将来は自分の店を持ちたいと夢見てきましたが、最近、少し疲れてきました。正直、人づきあいがあまり得意ではなく、このまま中堅クラスでこき使われて終わるのではないか、と、不安を感じています。夢を持つのはいいことだと思い続けてがんばってきましたが、夢が叶うとは限らない、という現実もわかってきました。夢を見続けるにはどうしたらいいか、なにかアドバイスをください」
職種は違えど、よくある話ではないですか!
昔は「夢を追いかけろ」とか「夢は叶う」なんてスローガンのもと、がんばる若者を応援していた風潮がありましたが、なにやら最近は「夢が重荷になる」「夢が叶うのは漫画の世界だけ」みたいな話もよく聞きます。
「甲子園を目指しプロを夢見た若者たちの末路」みたいな……。
この「末路」という言葉に、現代の日本人の「将来への不安」がよく表れている気がするわけですね。
というわけで、今回のお悩みは、山田一郎のところに持っていくことにしました。
なにせ、かつては「夢は世界征服」と言ってた男です。いまだに世界征服の片鱗さえ見えないわけですが、山田一郎はいま「夢」についてなにを語るのか、聞いてみたい気もしたわけです。
「ってことで、どう思う?」
と、単刀直入に、いつものカフェの狭いカウンターで横並びに座った山田一郎に問いかけてみました。
「夢を叶える方法じゃあ、ないですよね?」
と、眉を上下に動かしながら山田は言います。
「自分の料理店を出す方法、なんて言われても、よくわかりませんもんね」
「うん、誰も山田一郎にそんなことは期待してないと思うよ」
「っていうか、専門学校を出て、まじめに料理店で働いてる33歳なわけですよね。いつかは自分の店を持ちたい……っていうのは、夢っていうより、そういう人のふつうの将来設計みたいな気もしますけど」
「お、なんだか、ずいぶん、今日はまともなこと言うね」
私は思わず、横目で山田一郎を眺めながら微笑していました。
「夢は世界征服です」なんて言ってたころに比べれば、こいつもオトナになったのかもしれないなぁと、ぼんやりと思ったのです。
「人づきあいが得意ではなく、ってあたりが、弱気の原因なのかもしれないですね」
「お、ますます、まともだね」
「如才なく、いろんな人に愛想を振りまいて、自分の夢を語るタイプっているじゃないですか」
「うん、いるね」
うなずきながら、山田一郎に顔を向けます。こいつのことだから、すぐに「松尾さんはそういうタイプで」みたいなことを言うのかなと思ったら、なにも言いません。手にしたオレンジジュースをグビリと飲んで、カウンターの前の壁を見ています。
「そういう調子のいいヤツが、うまいことパトロン見つけたり、よその店に引き抜かれたりして……みたいなこと、あるじゃないですか。この人、そういうのを気にしてるのかもしれないですね、自分には無理だ、みたいに」
「…………」
「でも、料理人って、そういうのと、ちょっと違うんじゃないですかね」
「…………」
「突きつめれば、料理がうまいかどうか、ですもんね」
「…………」
「でも、あれかぁ、そのなかでも弁の立つヤツが勝っていく世界、なのかなぁ」
まったく、いつもの山田一郎ではありません。言ってることがマトモすぎます。思わず、私は彼の横顔をじっと見つめてしまいました。
「なんですか?」
「いや、きょうの山田一郎、いつもと違うなって思ってさ」
「そうですか? 松尾さんが、ちょっと風邪気味とかじゃないですか」
「いや、こっちの体調は万全なんだけどね」
「どっちにしろ、夢を見続けるコツは……目覚めないことですね」
と、山田一郎は、ふいにつぶやいたのです。
あらあら? 突然それって結論?
みたいなひとことではないですか。
「目覚めない?」
私はまたまた彼の横顔を見つめてしまったのでした。
目覚めてはいけない
思わず聞き返す私にちらりと目をやってから、山田一郎はごくふつうにうなずきました。
「目覚めちゃったら、夢は終わりますからね。目覚めないようにしないと」
「…………」
うーん。どうなんでしょう。比喩的にしろリアルな助言にしろ「夢を見続けるには、目覚めてはいけない」って、ただの言葉遊びではないでしょうか。
私は山田一郎に上半身を向けました。いつものように言い争うつもりではなく、素朴に質問が頭に浮かびます。
「わかりにくいので聞くんだけど……具体的には、目覚めるって、どういうことなのかな?」
「…………」
山田一郎は私を見て、正面を見つめ、また私を見ました。
「具体的には……そうですね、自分は料理人としてどうなんだろうって考えちゃうとか、店を持つなんて無理かも、なんて思っちゃうとか……だから、フリフリ人生相談なんてところに悩みを送ってくるっていうのは、ちょっとまずい気もしますよね。目覚めが近いというか、自分で目覚まし時計を鳴らしてるみたいな」
「そうなの?」
「そうでしょう? これは夢かもしれない、なんて思ってるのはまずいですよ」
「それってつまり、夢を捨てちゃダメってアドバイス?」
「夢を捨てる?」
山田一郎は、しばらく眉毛を上下させて、首を振っています。しばらくして、ぼそりと言いました。
「夢を捨てるっていうのは、ちょっと違う……かな?」
山田一郎は、改めてiPadに目を落としました。
「夢を捨てるって、きっと、目覚めてしまった人のセリフですよね。おれはもう夢を捨てたんだ、みたいな。もう料理人を辞めようと思いますっていうのが、夢を捨てるですよ。そうじゃなくて、この人、夢を見続けていたいんですからね」
「違うんだね……」
「違いますよね。ずっと夢を見続けていたいわけでしょ? 夢の中にいたいわけですよね。だったら……」
「だったら?」
と、私は少しばかり前のめりになっていました。
すると、山田一郎はきっぱりと言ったのです。
「目覚めてはいけない」
夢を見続ける=目覚めてはいけない。
わかったような、わからないような、微妙な方程式です。
「じゃあさ……」
と、私もしばらく考えてから、山田を見ました。
「目覚めないためには、どうしたらいいんだろう?」
「そりゃ、かんたんですね」
と、彼は、すかさず笑ったのです。
「夢中になる、ですね」
夢中になる
夢を見続ける=目覚めてはいけない=夢中になる。
なんだか、方程式が延びただけって感じです。
「夢中になる……」
と、私は小さくつぶやいていました。
「この人、たぶん……」
山田一郎はiPadを見つめたまま言ったのです。
「夢中になれなくなったのかもしれないですね。だから、ふと、不安になっちゃったんですよ。自分の夢は叶うのだろうか、なんて……ちょっと冷静になりかけて、どうしようって思いはじめた」
「うん」
私は素直にうなずきます。
「夢中にならないとダメなんですよ。きっともっと若いころは、いろいろと夢中になれたんですよ。料理学校に行ってたときとか、店で働きはじめたときとか……わからないことだらけで、手順をひとつずつこなすことに夢中になれた。夢中でいろんなことができた。夢中……つまり、夢の中ですからね」
「…………」
「だから、もう一度、夢中にならないと……夢中で料理に向き合うんですよ。中堅になって、たぶんいまは、いろんなことがわかってきちゃって夢中になれないんです。だから、つぎのステップに行かないと。つぎは……料理人だったら、味のなにか、素材のどこか、盛りつけのなにやら……いろいろとありそうじゃないですか、夢中になるべきポイントが……夢中になれば、それって夢を見続けてるってことですからね」
「…………」
山田の話を聞きながら、割烹着を着て、一心不乱に包丁をふるい、煮物の味を確かめている男の姿が浮かんでいました。
私は少しばかり感動していました。
自分の店を持ちたい、人づきあいが苦手、33歳、中堅どころで毎日忙しい……夢を追いかけることに少し疲れている……それはつまり、日常のぼんやりした不安なのです。そこを見つめるのではなく、目の前の料理のなにかしらに集中して夢中になる。
夢中=夢の中、イコール、目覚めない。
山田一郎が言いたいのは、そういうこと?
「なんか、すごいね」
と、私は思わず、山田を見て、つぶやいていました。
「夢中になる。ポイントはそこですね」
山田一郎は総括するような口調で言いました。
自分の店を持つにはどうしたらいいか、なんてことより、目の前の素材の味を引き出すにはどうしたらいいか、そこに夢中になる。それこそが、料理人として成功する道ではないか、と。
感動している私のとなりで、山田一郎はズズッとジュースをすすり、ぽつんと言ったのです。
「大谷翔平も、そうじゃないですかね。彼ってつまり、野球に夢中になってる野球少年なんですよ。ドジャースがどうした、契約金1000億円がどうした、なんて話はあとからついてくるんですよ」
さすが「夢は世界征服」の男はスケールが違うね、と、私は言いかけて、やめました。
きょうの山田一郎には、かなわない気がしたのかもしれません。