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最終更新日:2023.10.19 公開日:2023.10.16

【フリフリ人生相談】第418話「子どもがほしいけど、妻が同意してくれない」

登場人物たちは、いいかげんな人間ばかり。そんな彼らに、仕事のこと人生のこと、愛のこと恋のこと、あれこれ相談してみる「フリフリ人生相談」。人生の達人じゃない彼らの回答は、馬鹿馬鹿しい意見ばかりかもしれません。でも、間違いなく、未来がちょっぴり明るく思えてくる。さて、今回のお悩みは?「子どもがほしいけど、妻が同意してくれない」です。答えるのは、二児の母、恵子です。

ストーリーテラー=松尾伸彌

画=Ayano

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ハラスメントですね

個人的な話で恐縮ですが、私には息子と娘がいて、ふたりとも30代で既婚です。が、両夫婦とも子どもはいません。つまり、まだ孫がいないわけです。
最近、カミさんとしみじみと話したのですが「最近の若い夫婦にとって、子どもをつくるメリットはなにもないんじゃないか。仕事にも支障が出るだろうし、お金もかかるし気苦労も増えるし、将来、老いたからといって面倒みてくれるわけでもないし……」など、きっと孫はできないかもね、というのが、私たちのいまのところの予想です。

なんて話をしていたところに、こんなお悩みがきました。若い夫婦の夫からです。

「結婚5年めです。ぼくは子どもがほしいのですが、妻が『いらない』と言います。妻を説得するいい言葉をいただけませんか?」

ふむ。要するに妻を説得したいってことなのですね。言葉で説得したい。その言葉が欲しい、と——。

じっくりと考えて、恵子に相談することにしました。男たちの話より、やはり、女性の意見を聞きたいですからね。しかも、恵子は二児の母。経験からもいい話をしてくれそうです。

「ということで、恵子さんにお願いしたいんだけどさ……若い奥さんになにか言ってあげる言葉はないかなぁ?」

と、最初から単刀直入にぶつけてしまう私です。

恵子はいつものように銀座のママみたいな笑顔を浮かべ、酔客をあしらうような手つきでグラスのソーダ割りをタンブラーで混ぜたあと、そのグラスを自分の口もとに運び、ググッと飲んだのでした。恵子はクラブのママではなく、ここは銀座の高級店でもなく、恵比寿の小さな焼き鳥屋さんのカウンターです。ふたり並んで焼き鳥をつまもうというシチュエーションなのです。たまたま時間と都合が合って、久しぶりに、ふたりで軽く飲もうという話になったわけです。

「そんな言葉って、あるんですかね?」
ソーダ割りがのどの奥のほうに入っていく心地よさを堪能したあとで、恵子は小馬鹿にしたような顔つきで私を横目で見ました。
「そんな言葉?」
「だから、子どもはいらないって言ってる奥さんをその気にさせるひとことなんて、あるんですかって? あるんだったら、世のなか、少子化がどうしたなんて話になってないでしょ」
「いや、ほんと、そういうことなんだよね。今回のお悩みってさ……つまり、少子化にあえぐ日本を救う言葉を探そうってことだと思うんだよね」
と、なぜか意気込んでいる私です。

「は?」
肩こりをほぐすように両肩を上にあげて、上目づかいに彼女は私を睨むようにします。
「少子化とかって、関係あります?」
「いや、あるでしょう? ありますよ。いまの若い人たちって、結婚しない、子どもも産まないわで、どんどん人口が減っちゃってるんだからさ……結婚して、その旦那が子どもがほしいって言ってるんだったら、がんばってくれって思うじゃない? なにか言ってあげるべきでしょう?」
「あの……」
と、恵子があせったように私を見ます。
「松尾さんって、息子さんも娘さんも結婚してるんですよね」
「うん」
「息子とか娘に、そういうこと言ってるんですか?」
「…………」
戸惑う私に、グラスを持った手の向こうから軽蔑に満ちた視線を投げたまま、恵子は言ったのです。
「孫はいつなんだ、とか、早く孫の顔が見たいとか……いまのその論調で、少子化対策のためにも子どもつくれ、とか……」
「いや、それはないでしょ。いまの世代の人たちに、そんなこと口にしようものなら……」
私はまじめに言いました。「完全にアウトでしょ?」

「アウトですよ、アウト」
恵子もうなずき、私も深くうなずきます。

いまの時代「孫の顔を見たい」なんて言葉は、あり得ないのです。

「昔だったらね……」
と、弱く言ったのは私です。
「実家の父母とか親戚とかが顔を合わすたびに孫はまだかってプレッシャーかけたりさぁ、会社の上司たちだって、きみきみ、子どもはまだなのかね、なんて言いたい放題が許されてたんだけどさぁ」
「結婚したら子どもつくって当たり前……って時代もあり」
と、恵子は苦笑します。

「まぁ……ぼくらが結婚したころは、そろそろそういう風潮やめませんかって程度だったけど、いまはもう完全にハラスメントだからね」
「本人の気持ちにまかせる」
「本人にその気がなければ、仕方ない」
「ってことで、これ……結論出てるんじゃないですか」

オーダーしたメインの焼鳥が出てくる前に、話のオチどころが見えてきた感じがして、私は少しばかり驚いていました。

むずかしく考えないで

笑いつつ、まとめる気持ちで恵子を見ます。
「奥さんが子どもはほしくないって言ってるんだから、なにを言ったところで無駄ですよ、なので、あきらめましょうってことだね」
それはちょいとばかり悲しい結論って気もしますが、実際のところ、そういうことなのです。

「そういうことですね」
と、恵子もようやくという感じで苦笑します。

「でも、一応言っておくと、この旦那さんの気持ちもまた、理屈ではないってことなんですよ」
「…………」
「松尾さんみたいに少子化対策とか、ジジババの気持ちとか、会社の都合とか、そういうのじゃなくて、純粋に、旦那さんとしては子どもがほしいって思ってるわけですよね」
「ああ、確かに」
「ってことは、それもまた、若者の正直な気持ちなんですよ」
「でも、奥さんは、子どもはいらないって思ってる」
「その理由は……書いてないからわからないし、どんなに詳しく説明されても、ほんとのところは、わからない」
「うん」
「結婚5年めで、夫は子どもがほしい、妻はいらない。単純に、問題はそこだけ、って言いかたもできますよね」
「そこだけって言うか……そこが大きいんだけどね」
「いや、大きくないんですよ、実は」
恵子はグラスを大きく傾けて、納得したようにうなずくと、私にからだを向けます。

「理屈じゃないんです、そういうのは。夫婦で働いていて、妊娠やら出産のとき、仕事をどうする、休めるかどうかって話からはじまって、育児休業とか、保育園はどうするとか、教育費がどうしたとか……」
「いろいろあるよね。子どもになにをさせたいとか、どんな子どもに育てたいとか、将来の夢とか……」
「実際に子どもができたら、あれこれ考えてたことなんて、ほとんどぶっ飛んじゃうんですよ。無我夢中。やれることからコツコツとって言うか、それしかないんですから」
「それは母親経験者の言葉だね」
「そう、ですね」

恵子は笑うでもなくおだやかに首を振って、ソーダ割りのグラスを傾けます。

愛こそすべて

そうこうするうちにメインの焼鳥も登場して、しばらく食事を堪能したあとで、
落ち着いた様子で恵子はつぶやきました。

「地球温暖化とか灼熱化とか言われて……この先、世界はどうなるんだって、ほんとにいろいろ考えちゃいますよね」
「確かになぁ。年取ったせいか、気持ちがつい悲観的になっちゃうんだよね、最近……」
「それは年取ったせいって言うより、若い人はもっと敏感に感じてるんじゃないですか。私たちの世代よりもっと悲観的ですよね……」
「まあねぇ」
「だから……」
と、恵子は、まるでさっきから考えていたように、私のほうにからだを向けて、わりと強い口調で言ったのです。

「だから……この夫婦に言う言葉があるとすれば、むずかしく考えないでってことですよ。旦那さんは子どもをほしいと思ってるけど、奥さんはいらないと言っている。そんなときに奥さんを説得する魔法の言葉なんてないんです。ありません」
「…………」
「でも、旦那さんもあきらめる必要は、ないんです。子どもがほしいんだから、これからもずっとほしいって思ってたほうがいいんです。説得する理屈もいらないし、魔法の言葉もないけど、子どもってかわいいなぁとか、いっしょにキャッチボールをしたいなぁとか、女の子ならこういう関係でいたいなぁとか、ふわっと想像してればいいと思うんですよ」
「うん、彼は、そういうことを考えて楽しいかもしれないし」

「そう……だからと言って奥さんを説得する必要はない。けど、よその子を見て、かわいいなぁって目をしてればいいんですよ」
「なるほど……旦那も奥さんも自然体でいればいいってことね」
「子どもを望んだからといって、ぜったいに妊娠するとも限らないし。ほしいって方向で強烈に望みすぎても、実現しないこともある。男の子がほしいとか女の子がほしいとか、それもどうなるかわからない。キャッチボールとかスキーとか、あれこれ望んだって、いっしょにやりたいことができるとも限らない。とにかく、考えすぎても無駄なこともいっぱいあるし、理屈でどうなるものでもない。だからこそ、むずかしい理屈とか理想とか計画とか将来設計とかじゃなくて、子どもってかわいいなぁ、ほしいなぁって漠然とした気持ちが大切な気がするんですよ」
「うんうん」
「奥さんも、いらないって思ってるんだったら、それでいいんですよ。そこでむずかしい話をしても仕方ないわけですよね。産むのは彼女だし、なんだかんだ言って母親の負担はほんとに大きいですからね」
「でも、もしかすると、いつか、旦那さんの気持ちに反応してくれるかもしれない」
「そう……理屈じゃなくて……」
「なるほど」

私は恵子の言いたいことを理解できた気がして、少しばかりうれしい気持ちになりました。

「つまり……」
と、私は恵子に顔を向けて言いました。
「愛こそすべて……ってことだね」
あまり意味はないのかもしれないのですが、なぜか、自分の思いつきに深くうなずきたい気持ちなのです。

「そう。むずかしく考えないってことが大切なんですよ」
と、恵子は鶏肉から串を引き抜きながら、力強く言ったのでした。

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