深夜の首都高トンネル、年に一度の点検作業を密着取材!
東京都を中心として、千葉県や埼玉県、神奈川県にまで広がる首都高速の総延長距離は、327.2kmにも及ぶ。その中には多くのトンネルが含まれ、首都高速では定期的にトンネル内の点検整備を行っている。今回は、そのうちのひとつ、S2 埼玉新都心線上にある「新都心トンネル」において実施された「トンネル防災設備点検」に密着取材した。
トンネル火災で怖いのは煙。設備点検が重要
S2 埼玉新都心線は、さいたま市中央区にある与野ジャンクションから同市緑区のさいたま見沼出入口に至る全長5.8kmの短い路線だ。そのちょうど半分の2.9kmが「新都心トンネル」になる。これほど短い路線なら、もしかして首都高最短路線か、とも思ったが、最短路線は路線図にも載っていない「8号線」で、その距離はわずか100mしかないそうだ。
さて、首都高に限らず、トンネルの点検作業は施設の老朽化対策として極めて重要な作業に位置付けられる。そのため、首都高速では点検作業をおよそ1年に一度実施する重要な作業としている。取材日の点検対象は、スプリンクラーから消火栓、火炎検知器など多岐にわたった。それらを一つずつ、作動状況を確認しながら点検していくというもので、当日は交通量が少ない深夜にトンネル内上り線を一時通行止めにして実施された。
見学の前には、埼玉アリーナのすぐ隣にある首都高の事務棟において、簡単なブリーフィングが実施された。事務棟内に入ると、そこには巨大な換気扇が備わっていた。直径2m、高さ10m以上はあるだろうか。この設備は、実際にトンネル内の排気口から吸い込んだガスを外へ放出する「換気ファン」なのだという。聞けば、トンネル内の汚れた空気を巨大な換気扇に吸い上げた後、何重ものフィルターを通して外気に放出するのだという。
この設備は、ただ換気するばかりではなく、トンネル火災時の排煙対策でもあるのだそうだ。高速道路では、トンネル内で事故が発生すると火災に至ることも少なくない。そして、火災が発生すれば、トンネル内には炎だけでなく大量の煙が発生することになり、ドライバーの視界を失わせると同時に、一酸化炭素中毒も招きかねない。そうした事態に素早く対応し、被害を最小限にするためにも、設備の点検は欠かせないものなのだ。
ブリーフィングではもうひとつ、煙対策も兼ねた設備について説明された。その設備とは、トンネル内で天井から吊り下げられている2本の円柱状の「ジェットファン」だ。このジェットファンによってトンネル内へと空気が送り出されるわけだが、向きは必ず進行方向、つまり出口の方を向いているのだという。これは、避難する方向へ煙を流さない工夫のひとつなのだそうだ。
自動火災検知器から水噴霧、消火栓まで丁寧に点検
一通り説明と準備が整ったところで、いよいよ通行止めとなっているトンネル内の路線へと出ることとなった。開通前の新しい路線で車道に出たことはあったが、通行止めにした供用中の路線に出る体験は初めてだ。夜の静けさも相まって、路線に近づくにつれ、まるで異次元の空間へと足を踏み入れるようなワクワクとした気持ちになってきた。普段はほとんど使われない階段を何段も降りていき、非常口から首都高の車道へと出ると、トンネル内ではすでに40~50名ぐらいのスタッフが点検作業を始めていた。
ところで、首都高速は、基本的に施設管制システムにより24時間体制で監視されている。この管制システムが、災害時などに避難経路が限られるトンネル内において、極めて重要な位置付けにあるのだ。そのため、管制システムとリンクしている非常時用設備も多くあるという。そのうちのひとつ、災害発生時に自動的に天井から霧状に放水するスプリンクラーの点検作業を最初に見学した。
スプリンクラーの放水は、「自動火災検知器」によって管制センターへ自動通報され、同センターのコントロール下で作動する仕組みとなっている。検知器は、トンネル内に約25m間隔で設置されており、万が一トンネル内に煙が充満しても、熱センサーによって火災を検知できるという。
点検作業では、トンネル内に鳴り響く合図ともに、天井から路面に向けて一斉に放水が始まった。放水時間はおよそ10秒間程度。大量の放水により、停止後も周囲はしばらく霧が発生したようになっていた。約50m区間で放水区間が管理されているので、点検もその区間ごとに行われていた。また、放水に使われるスプリンクラーの点検も行われ、トラックのカゴに乗り込んだ作業員が一つひとつ丁寧にチェックしていた。
次に見学したのは、消火栓の点検だ。この設備も約50m間隔で設置されているのだという。消防用の消火栓が備えられているほか、消火器や泡消火栓も用意されている。特に泡消火器は、水では対応できないガソリン火災で使われるもので、最近では高電圧の電気自動車の電気火災にも有効だという。もちろん、事故や火災の備えにおいて万全と言い切れることはないかもしれないが、初期消火の体制は一通り整っていると感じられた。
ちなみに、消火器や泡消火栓は一般人でもボックスの扉を開けて使うことが可能だ。見学会では、実際に泡消火栓を使った泡放水体験をすることができた。とはいえ、この日はあくまで点検作業の一環で行われる体験。泡を使うと片付けが大変になってしまうので、中身は普通の水を代用しての体験となった。
放水口は太めのガングリップ形状となっているため、さぞや強い放水の反動があるのかと身構えたが、放水が始まってもそれほど大きな反動はなく、感覚としては家庭用消火器とそれほど変わらなかった。これならば、男女を問わず、誰でも消火作業に入ることができそうだ。
極めて重要なトンネル入口の警報版と信号機の存在
設備の見学を一通り終えた後は、非常時の避難通路の体験へと移った。首都高速によれば、非常時には地上へ出られるよう、非常口が350m以内ごとに設置されているそうだ。トンネル内には、最寄りの避難通路までの距離が表示されているので、それに従って移動すれば、最寄りの通路から避難することができる。ただし、地上出口までの距離は場所によってさまざまだという。新都心トンネルは、地上までの距離が比較的短い方だというが、それでも階段を出口付近まで上った時には息切れしそうになった。
そうして、地上出口までたどり着いたわけだが、そこは鉄製の扉で塞がれていた。扉は壁面に設置されているレバーを押し下げると、およそ20秒ほどで完全に開くという仕組みだった。扉を抜ければ、外はもう地上だ。地上出口について首都高速に話を聞いたところ、新都心トンネルでは階段で上がる仕組みだが、横浜北西線トンネルのようにすべり台で降りる方法を採用しているトンネルもあるそうだ。
最後は、トンネル入口側の警報版と信号機を見学した。この二つの設備は、トンネル内の状況をドライバーに知らせる重要な役割を持っている。例えば、トンネル内で事故や火災が発生した場合には、警報版を用いて直ちに非常事態の告知がされる。そして、赤信号を表示することで、危険な現場に利用者が進入することを防ぐのだ。ところが、高速道路には信号がないと信じ込んでいる人が結構多いようで、非常時に赤信号を表示してもなかなか停止してくれないのが現実なのだそうだ。実際、過去にはこの表示があったにもかかわらず、車両がトンネル内に進入してしまい、痛ましい事故につながった例もあるそうだ。自分の身を守るためにも、今一度、これらの表示への意識を改め、重要性を認識しておきたい。
非常時の警報については、拡声スピーカーでの告知も体験できた。拡声スピーカーは、非常時に音声を使ってトンネル内の異常を知らせるもので、スピーカーは約200m間隔で設置されているという。かなりの音圧レベルで流されるため、見学の際には、トンネルから出た位置からの体験となった。トンネルの外からでもスピーカーから発生される音はかなり明瞭で、しっかりと聞き取れたので車内にいても十分に内容を把握することができそうだ。
一方で、このスピーカー音は、周囲の住宅にとっては “迷惑” になる側面をはらんでもいる。個人的には、非常時であれば仕方がないのではないことだとも思えるが、首都高速では今後、非常時以外の運用も考えているのだとか。そのため、スピーカー音がトンネル内では確実に伝わりながら、外へは漏れない方法を試行錯誤して探している最中なのだという。この日も、そのための実験が行われていたが、思うような結果は得られていない様子だった。
とはいえ、こうした点検作業や改善へのトライアルなどの積み上げが、より安心安全な首都高速の提供につながっているのは間違いない。今回はそのスケールの大きさを改めて実感する取材となった。