『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第37回 欧州名物「反対の賛成なのだ」的な自動車カテゴリー
イタリア・シエナ在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載。第37回は、日本の軽自動車より小さいクルマ「クアドリサイクル」について。
クアドリサイクルというクルマ
ヨーロッパには、「クアドリサイクル(イタリア語でクアドリチクロ)」「マイクロカー」と呼ばれる自動車カテゴリーがある。街乗り用の軽便車だ。
クアドリサイクルは第二次世界大戦後の耐乏期、欧州各国で雨後の筍のように誕生した超小型3輪もしくは4輪車をルーツにもつ。後年、所得の向上とともに、人々が普通の自動車に乗り換えていったことから、大半の製造業者は淘汰された。だが、イタリアやフランスなどでは引き続きさまざまなメーカーによって生産が行われ、カテゴリーとして生き残った。
1992年には、EU(欧州連合)が原動機付き自転車に準ずるものとしてクアドリサイクルの定義を明文化した。続いて2002年には同じくEUによって、「L6e」「L7e」と称する2つのカテゴリー(後述)に分類された。以下がその概略である。
【L6e】
・車両重量425kg以下
・最高速度45km/h以下
・点火プラグを使用する内燃機関車(ガソリンエンジン車など)は排気量50cc以下
・他の内燃機関(ディーゼルなど)や電気モーターの場合、最大出力は6kW以下
L6eはイタリアの場合、14歳から「AM」と呼ばれる原付き免許で運転できる。
【L7e】
・車両重量450 kg (貨物用は600 kg)以下
・最大出力15kW以下
L7eはイタリアの場合、16歳から「B1」と呼ばれる2輪免許の一種で運転できる。
街では、2輪販売店が併売のかたちで扱っていることがほとんどだ。ただし価格はというと、けっして安くない。たとえばフランス系ブランド「ミクロカー」社のL6e規格車「ドゥエ」は、ベーシックモデルでも10,800ユーロ(約155万円。付加価値税込み)する。普通車であるフィアット・パンダの中古車が買える値段である。これはクアドリサイクル製造企業の量産効果と価格低減効果に限界があるために他ならない。
また法規上、自動車専用道路は走行できない。多くの都市では環状道路も含まれる。
近年は、主要自動車メーカーも新たな都市モビリティとしてL6e規格に注目。その結果個性的なEVモデルを発売するようになった。ルノーの「トゥイジー」、シトロエンの「アミ100%エレクトリック」が代表例である。
だが長年にわたって、L6e車には500cc級の汎用2気筒ディーゼルエンジンが用いられてきたのが事実だ。それが発する音と振動は、かなり大きい。また、実際にL6e車両に乗せてもらったとき、シートから体に伝わるそのバイブレーションは、ちょっとしたマッサージ機並みであった。我が家では、近所のおばちゃんが通勤に使うL6e車両の音が毎朝目覚まし時計代わりである。
にもかかわらず、クアドリサイクルが売れるのには理由がある。
2輪のような、4輪のような
ひとつは経済性だ。L6e車両に搭載されたディーゼルエンジンのリッターあたり燃費は30キロメートルに限りなく近い。そのくらいのデータは、日本のハイブリッド車でも当たり前というなかれ。普通4輪車にないメリットが数々あるのだ。まず強制保険が、イタリアでは2輪のものが適用されるので格安である。
保険だけでなく自動車税も2輪に準ずる。たとえば筆者が住むイタリア中部トスカーナ州の場合、L6eは年間57.75ユーロ(約8300円)で済む。参考までに、筆者が乗る最大出力140馬力の小型車は283.78ユーロ(約4万円)かかる。
さらなる強みは、イタリアやフランスにおけるクアドリサイクルの通称「センツァ・パテンテ」「サン・ペルミ」がヒントだ。交通違反などで4輪車の免許が停止となった場合のモビリティとして役立ってきたのである。実際フランスでは、ある時期まで”免停”になった人のために、販売店がレンタルしていた時代がある。
また視力など身体的なものを含む何らかの理由で4輪免許の更新が難しくなった人の需要もあった。また、クアドリサイクルにおいて、変速機はCVTが基本である。片足が不自由な人の場合、普通車では装着車が限られ、かつ高価なオートマチックが、いわばデフォルトなのである。
さすがに今日、イタリアでもフランスでも制度が改正されて、無免許では運転できなくなった。だが、普通免許よりも取得が簡単な原付免許で運転できるのもありがたい。こうした数々の長所を知ると、年配ユーザーが多いのが頷ける。
ついに最高裁判決が
クルマなのかバイクなのかわからない。クアドリサイクルを知ると、故・赤塚不二夫の漫画「天才バカボン」における名句「反対の賛成なのだ」を思い出してしまう。
そうしたあいまいな解釈に2023年2月、鉄拳が飛んだ。イタリア破毀院(日本の最高裁判所に相当)の判決である。
発端は2015年、ローマの一企業が社用のクアドリサイクルを2輪用駐車場に駐めたことであった。同市の警察が交通違反の反則金を課したところ、企業はそれを不服として日本の簡裁に相当する裁判所に訴えた。「道路運送車両法上は2輪車に準ずる扱いであるから、違反の対象ではない」という主張であった。
裁判所は「当該車両は2輪ではなく、その名称からしてもクアドリサイクル、つまり4輪車両である」として訴えを退けた。続く上級裁判所も原告の主張を棄却。それらを覆すことなく今回の破毀院判決となった。
実はクアドリサイクルによる2輪用駐車場の占有は、筆者が住むシエナも含め長年各地で常態化していた。駐車だけでなく、4輪車通行禁止の歴史的旧市街にも2輪車同様進入している例も少なくない。
今回の判決を盾に、他の都市でも取り締まりを強化するのか、それともお年寄りの足代わりとして大目に見るのか、地元警察の判断が分かれるところだろう。
若者もカモン!
ところで、クアドリサイクルのデザインで面白いのは、普通自動車のデザイントレンドを巧みに、かつ堂々と取り入れていることだ。2年に一度のパリ・モーターショーでは、メーカーのスタッフから「これ、DS風でしょ」などと説明されることがある。
彼らは、若年ユーザーの開拓も続けている。そのため一部メーカーのカタログでは、いわゆるインフルエンサーまで動員している。オプションや装備もメタリック・ペイント、パワーステアリング、エアコンだけでなく、今やGoogle PlayやAndroid Auto搭載車両まである。
対してイタリアの未成年者の大半は、「クアドリサイクルに乗るくらいなら、スクーターやバイクに乗る」とクールだ。彼らのマインドをどこまで変えることができるか、見てのお楽しみだ。