自動車レーンが減った?アフターコロナにおける道路の行き先。連載|森口将之の「あたらしい交通様式」vol.02
自動運転やMaaS(マース)の登場など、日々進化を続けるモビリティ。人の移動を大きく変える交通インフラのこれからについて、モビリティジャーナリストの森口将之が語る連載。第2回はアフターコロナの交通様式について。
コロナ禍による交通行動の変化
新型コロナウイルス感染症は、モビリティやそれを取り巻く環境にも大きな影響を与えた。
日本では感染拡大初期、テレワークの普及や観光客の大幅な減少もあって、公共交通は鉄道・バス・タクシーのすべてで利用者が激減。モビリティサービスの中ではレンタカーも同様の打撃を受けた。しかし、カーシェアリングは、当初は利用が落ち込んだものの回復。そして、自転車シェアは、三密回避という流れの中で大きく伸びた。
同じように三密回避として注目されたのが自動車(マイカー)だ。こちらはコロナ禍や半導体不足の影響によって生産台数が減少したため、新車販売台数の増加には結びつかなかったが、新車の代わりに中古車の相場が高騰するというカタチで現出していた。また、リサーチ・コンサルティング事業を展開するJ.D.パワージャパンによる、コロナ禍前後に利用した移動手段のアンケート結果では、他の交通機関がマイナスもしくは横ばいのところ、自家用車のみがプラスとなるなど、マイカー利用の増加は顕著だった。
コロナ禍により欧米では歩行者・自転車の空間を拡大
では、欧米はどうだったか。コロナ禍で公共交通を控える動きが出たのは日本と同じだ。しかし、マイカー利用が増えた日本とは対照的に、欧米では歩行者や自転車の利用が増加したようだ。それは、欧米の道路政策からも見てとれる。
米国オレゴン州ポートランドでは、現地の交通局が「スローストリート/セーフストリート・イニシアチブ」を発表。オレゴン州が外出規制を続ける中、今後の市民の交通行動の変化を見据え、いくつかのプランを提示した。
生活道路では市民の憩いの場を提供すべく、一時的にバリケードを設置して地元住民以外の自動車の通行を制限。にぎやかな通りでは、感染防止のために歩道を拡大。自転車レーンの設置も進めた。そして、ビジネス街では交差点近くの歩道を拡大してソーシャルディスタンスを維持するとともに、物流のための専用ゾーンを設けていった。
一方、フランスでは、パリを中心とするイル・ド・フランス地域圏で、「RER V(エール・ウー・エール・ヴェ)」と名付けた広域自転車レーンネットワークの整備を始めた。
「RER V」は、もともとこの地域圏で運行していた近郊電車ネットワーク「RER」をモデルに、自転車を意味する「velo(ヴェロ)」の頭文字を加えたもので、現地の自転車愛好家からは「コロナピスト」と呼ばれた。ちなみにピストは、日本では競技用自転車を指すことが多いが、本来はトラック/競技場という意味である。
そのひとつが、パリのルーヴル美術館北側を走るリヴォリ通りで、ここも歩行者・自転車専用道に切り替えられた。リヴォリ通りは筆者も何度か通ったことがある主要な通りなので大胆な決断に驚いたが、パリではここを含めて50kmの自転車レーンが新たに追加され、市境のパーク&ライド駐車場も2倍に増やすなどの対策が進められていった。
なぜ欧米では、このような交通政策が行われたのだろうか。欧米での初期のコロナ対策が”ロックダウン”という表現を使われるほど厳しいものであり、散歩や生活必需品の買い物以外のお出かけは許されなかったことも一因だろう。徒歩や自転車での近場の外出は許されたため、そのための空間が重要視されることになり、歩道や自転車レーンの拡充を踏み切らせたのだ。
それとともに、彼らにとって環境対策はやはり重要であり、数あるコロナ対策の中から感染対策と環境対策を同時に進められる手法を考え、実行に移していったことも伝わってくる。
公共交通での感染を警戒してマイカー移動を選ぶという発想は、環境負荷を抑え、都心のにぎわいを取り戻すという目的で公共交通への回帰を進めた欧米の都市にとっては後戻りになる。それだけは避けたいという気持ちも、歩行者や自転車を優先した道づくりに結実したのではないだろうか。
日本におけるアフターコロナの道路政策
そして日本でも欧米流の取り組みが始まった。国土交通省は2020年6月、新型コロナウイルスの影響を受けるレストランやカフェなどを支援する緊急措置として、路上でテイクアウトやテラス営業などを行う際の許可基準を緩和すると発表。アフターコロナをも見据えた道路政策ビジョン「2040年、道路の景色が変わる」を提言した。
続いて11月には、5月に公布されていた道路法等の一部を改正する法律が国会で可決施行されたことを機に、「ほこみち」という愛称とともに歩行者利便増進道路制度を創設している。
この制度により、国や地方自治体などの道路管理者がほこみちを指定することで、歩道の中に歩行者の利便増進を図る空間を定められたり、道路空間活用の際に必要な道路占用許可を柔軟に認められたりするようになった。
コロナ禍を機に拡充が続いている歩行者優先の考え方を、欧米では「ウォーカブルシティ」と呼んでいるが、日本でもその考え方が少しずつ浸透しつつあるというわけだ。
自動車を運転する側から見れば、通行できる場所が少なくなりつつあるということになる。不満を持つドライバーもいるだろう。しかし、自動車先進地域でもある欧米は、いままでが自動車優先の度が過ぎていて、コロナ禍を好機と捉えて軌道修正したともいえる。そして、日本もその流れに追随しているのだ。
つまりこれがアフターコロナにおける、あたらしい交通様式なのである。
<筆者・森口将之 プロフィール>
1962年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、出版社編集部勤務を経て1993年に独立。モビリティジャーナリストとして国内外の最新事例を取材。2011年にはリサーチやコンサルティング、セミナーなどを担当する株式会社モビリシティも設立。グッドデザイン賞審査委員。著書に「パリ流環境社会への挑戦」「MaaSが地方を変える」など。