ピラーの死角(柱)が大きくて、代車を断った?|長山先生の「危険予知」よもやま話 第8回
JAF Mate誌の人気コーナー「危険予知」の監修者である大阪大学名誉教授の長山先生に聞く、危険予知のポイント。本誌では紹介できなかった事故事例から脱線ネタまで長山先生ならではの「交通安全のエッセンス」が溢れています。
ピラーの死角が大きくて、代車を断った?
編集部:今回の問題は、交差点を右折する際のピラーの死角による危険です。問題写真と結果写真を見比べると、女性と男性の2人がピラーの死角に隠れていました。ピラーの死角は思ったより大きいものですね?
長山先生:衝突安全性能を高めるため、最近の車のピラーは太くせざるを得ないようです。車を修理に出したとき、ディーラーの人が代車として最新の車を持ってきてくれたのですが、右折するときのピラーの死角が大きく、右から来る車などがまったく見えなかったので断ったほどです。
編集部:代車を断るなんて、相当ですね。
長山先生:私が乗っていた古い車とは比較にならないほどAピラー(※)の死角が広く、よほど注意深く情報を取りにいかなければ危険です。ずっと車に乗っていて、新車に変えられた方なら死角の危険に気づくでしょうけど、免許を取ったばかりの方など、初めて乗った車が新車だった場合、死角の危険性そのものをよく理解していない可能性が高いので危険ですね。
※車の前方、フロントガラスの左右にあるピラー(柱)のこと。
編集部:ピラーの死角なんて教習所では教えられませんからね。
長山先生:そうです。初めて車に乗った人は「運転席からの見え方はこんなものだろう」とか、見えない部分があることすら意識せずに運転するので、問題点を明確にして意識付けする必要があるでしょう。また、誌面の解説には入っておりませんが、同じピラーの死角でも、左右のAピラーで死角の大きさが違う点にも気づいてほしいですね。
編集部:左右というと、運転席側と助手席側のピラーのことですか? ピラーの太さは同じですけど、左右で死角は違うものですか?
二輪車事故の原因にもピラーが関係
長山先生:けっこう違いますね。運転席と助手席では、ドライバーとピラーまでの距離が違うからです。
編集部:運転席のピラーはドライバーに近く、助手席のほうが少し離れています。
長山先生:そうです。近くにあるほうがより死角は大きくなります。これは簡単な実験でよく理解できます。鉛筆をピラーに見立て、立てた状態にして目の近くに持っていき、見えない範囲を確認します。そのまま少しずつ鉛筆を目から遠ざけると、だんだん見える範囲が広がり、死角の違いが実感できるはずです。
編集部:指でも分かりますね。近いほうが視野を覆う量が大きく、より見えない死角が増えますね。
長山先生:そのとおりで、運転席のピラーの死角が大きく、助手席とは比較にならないほど影響があります。実はピラーの死角を問題にしだしたのは、四輪車と二輪車との事故を調べたことがきっかけでした。
編集部:車とバイクとの事故ですか?
長山先生:信号のない交差点で起きた原付・二輪車との出会い頭事故を分析したところ、左側から来る原付・二輪車との事故に比べて、右側から来るものとの事故が2倍以上起きていたのです。当時、大阪府警で交通統計を分析していた室長に出会い頭事故の数量的分析を依頼したところ、図のような顕著な差が認められ、統計的にも証明されました。
編集部:原付・二輪車の種類にかかわらず、右からのほうが2倍以上多いですね。
長山先生:そうです。なぜ、右側からの二輪車と事故を起こしやすいか原因を分析したところ、まず、二輪車の発見から衝突までの時間と距離が異なること、さらに運転席のAピラーの死角によって発見が遅れることが原因として考えられました。ひとつ目の発見から衝突までの時間と距離の違いについては、下図のように左右から来る原付などを発見できるa・b時点から衝突する地点C・Dまでの距離が異なり、それまでの時間的余裕が異なります。すなわち、右からのa車は相手が交差点の直近まで近づかないと発見できないのに対して、左からのb車は交差点の手前、まだ交差点まで少し距離のある地点で発見できます。
編集部:たしかに左側通行では右側から来る車両は手前を走っているので、発見してから衝突するまでの時間的余裕はないですし、右側の角に建物などがあって見通しが悪くなっていると、本当に直前まで来ないと見えませんね。速度を出せない原付はより道路の左端を走っているので、さらに危険ですね。
長山先生:そうですね。先ほどのデータには自転車はありませんでしたが、自転車は路側帯や状況によっては歩道も走行できるので、より出会い頭事故になる危険性が高いでしょう。
相手に見落とされない配慮も必要
編集部:もうひとつの原因である「ピラーの死角」については、先ほど触れられた右側のピラーのほうが死角が大きいことが問題なのですか?
長山先生:そうです。下図が先ほど説明した運転席(右Aピラー)と助手席(左Aピラー)の死角の違いを図で示したもので、ピラーは同じ太さでも、運転席のピラーはドライバーの目線近くにあるため死角は大きくなるのに対して、助手席のピラーはドライバーから離れているぶん、死角の大きさはより小さくなります。つまり、右側から来る車両は左側からと比べて発見しづらく、発見が遅れる傾向が強くなります。
編集部:図で見ると違いがよく分かりますね。バイクに乗っている人も、このように死角があることを知っておく必要がありますね。
長山先生:そのとおりです。米国ではピラーの死角以外に二輪車の走行位置の違いでドライバーからの視認性も変わる点に着目して、二輪車教育に生かしています。米国では右側通行ですので、日本の左側通行に変えて説明したいと思います。二輪車から見て交差点の左側から接近してくる、あるいは左側に停止している四輪車は、右側の四輪車に比べて危険性が高いと解説しています。
編集部:立場は変わりますが、車から見て右側から来るバイクのほうが危険であるというのと同じことですね。
長山先生:そうです。危険な理由として、これまで説明した点と同じで、お互いの進路が近い点などを挙げていますが、興味深い点にドライバーから見て、右側から来る二輪車は左側からの二輪車に比べてより正面から見ることになり、視認性が低くなる点があります。
編集部:右側から来るバイクは手前を走っているぶん、交差する道路からバイクが来る右側を見た場合、バイクの正面を見る形になるということですか? でも、正面だと、なぜ視認性が低くなるのでしょうか?
長山先生:バイクを正面から見たのと横から見た場合を想像してみてください。正面から見た場合は、バイクは小さい面ですが、横から見ればバイクの側面が見えるので、より大きな面として目に入ります。実際は真横が見えるわけではなく、斜めから見る形になりますが、それでも右より左から来る二輪車のほうがドライバーから見える面積は大きくなるので、より見落とされる危険性も低くなるのです。そこで、二輪車は左からの四輪車との事故を防止するため、自分の像を少しでも大きく見えるように、走行位置を右に変えることを教えているのです。
編集部:左に寄りすぎないことは死角に入らないだけでなく、相手に少しでも大きく見せることで、見落とされないようにする目的があるのですね。
長山先生:事故に巻き込まれないための防衛運転と言えるでしょう。四輪車側には事故の当事者にならないために「安全運転」をする必要がありますが、安全運転とは具体的にどんな運転をすればいいのか、分かりますか?
危険予知は安全確認の母?
編集部:安全運転、ですよね。文字どおりで、あえて聞かれると……。危険予知から考えると、「事故の原因になる危険を見つけ、あらかじめそれに対応した運転をすること」でしょうか?
長山先生:危険予知の概念は簡単に言うとそうですが、では、危険を見つけるにはどのようにすればいいでしょうか?
編集部:脇見や漫然と運転せず「よく見ること」だと思います。
長山先生:そうですね。児童から高齢者まで交通安全を指導する人も「状況をよく見る」ことを教えています。ただ、目を見開いて「よく見る」だけでは、事故を防ぐために重要な「安全を確認すること」にはつながりません。
編集部:よく見ることが安全確認の基本だと思っていましたが、そうではないのですか?
長山先生:よく見ることは基本中の基本でありますが、それでは十分と言えません。たとえば、今回の例で言うと、右折するのに当たってピラーの死角に歩行者が隠れてしまうケースがあることを考えに入れて運転することが肝要です。というのは、そんな危険性を知っていることで初めてピラーに隠れているかもしれない歩行者がいないか? 見ようとするからです。
編集部:でも、今回は誌面をじっくり見れば、ピラーの下に歩行者の足が見えることを見つけられますよね。「よく見れば」済むことではないのですか?
長山先生:たしかに間違い探しのように誌面をじっくりよく見れば、たいていピラーの下にわずかに見える足を発見できるでしょう。ただ、実際の運転状況では、それほどじっくり見ることはできませんし、ピラーの死角に歩行者が隠れる危険性があることをまったく知らない人は、わずかに見える足自体、見落とす可能性が高くなります。つまり、ピラーの死角という危険性を知っていて初めて、そこに注目し、わずかな手がかりでも見落とすことがなくなるのです。
編集部:なるほど。たとえが合っているのか分かりませんが、赤ちゃんや子供は大人が見ていて危ない行動をしがちですが、目が見えないわけではないですし、よそ見をしていてそういった行動を取るのではなく、それが危険なのかどうか知識がないから事故につながる危険な行動をしてしまうわけですね。
長山先生:そうです。今回の場面で言えば、誌面では歩行者の足の一部が見えていましたが、たとえ完全にピラーの死角に歩行者が隠れていても、「ピラーの死角がある」という点を知っていれば、そこに歩行者などが隠れていないかどうかを積極的に「探しに行く」心理が生じます。それがまさに危険予知・予測運転なのです。
編集部:「安全運転」は「危険予知」によって初めて可能になるものなのですね。
長山先生:そのとおりで、それが以前から私が話している「危険予知は安全確認の母である」という所以で、「危険予知なくして安全確認なし」なのです。下図は危険予知の背景にあって危険予知を可能とする要因と、危険予知に必要な能力・機能、さらに危険予知が行われることによって可能となる諸側面を描いたものです。
編集部:危険予知を可能にするには、まず安全態度や危険感受能力が高いことが重要ということですか?
長山先生:そうです。さらに安全と危険な体験・知識があると、危険予知の教材に接した場合に、そこからより学ぶことが可能になります。
編集部:逆に危険に関心を持たない人の場合、どうなるのでしょう?
長山先生:安全態度に欠け、危険や安全を学ぼうとしない人は、せっかく危険予知の教材を見せても、関心が低く、学習効果も低くなりますね。
編集部:でも、安全態度はその人の持って産まれた性格というか、あまり変わらないものですよね?
長山先生:安全態度は子供の頃から形成されますけど、危険や安全を学ぼうとする意識さえあれば、危険予知の教材に接していろいろな危険の可能性を考えることで、いつしか形成されるようになります。『JAF Mate』の危険予知コーナーの意義は、危険予知の効果と結果をもたらすだけでなく、危険予知の背景となる意識構造、すなわち安全態度を形成することにもなります。また、図のように安全態度と危険予知は相互作用で高め合い、安全態度が形成されれば危険予知を強め、その危険予知がさらに強い安全態度を形成するという「好循環」が生まれるので、ぜひ危険予知に興味を持って、事故防止に役立ててほしいですね。
『JAFMate』誌 2015年6月号掲載の「危険予知」を元にした
「よもやま話」です
【長山泰久(大阪大学名誉教授)】
1960年大阪大学大学院文学研究科博士課程修了後、旧西ドイツ・ハイデルブルグ大学に留学。追手門学院大学、大阪大学人間科学部教授を歴任。専門は交通心理学。91年より『JAF Mate』危険予知ページの監修を務める。