『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第31回 なぜか溢れるファミリー感覚!? これがイタリア式免許更新だ。
イタリア・シエナ在住の人気コラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載。第31回は、日本とはまったく違う、アットホームなイタリア式免許更新について。
保健所でも、できるんです!
今回はイタリアにおける運転免許証更新のお話を。この国の現行制度で普通免許の更新は、50歳未満が10年ごと、50歳以上が5年ごと、70歳以上が3年ごとと定められている。くわえて、80歳以上は2年ごとの健康診断が追加で義務付けられている。
筆者がイタリアの免許を取得したのは、住み始めた翌年の1997年だった。現地の教習所に通ったのではなく、日本の運転免許を書き換える形をとった。この経緯については長くなるので別の機会とし、今回は更新の手順に話題を絞る。
まずイタリアでは、どこで免許更新が可能かについて説明しよう。日本では、運転免許試験場や警察署に赴くが、こちらの事情はかなり異なる。以下、日本の普通自働車の運転免許に相当する、B免許の例を解説する。
もっとも伝統的な場所は、本欄で複数回紹介したイタリア自動車クラブ(ACI)である。筆者も最初の10年目の更新では、自分が住むシエナのACIに赴いた。ただし、役所然としていて受付時間が極めて限られているうえ、狭いロビーはいつも混んでいた。後述する健康診断も予約がとりにくかった。
そこで、2回めの更新で赴いたのは「プラティケ・アウト」と呼ばれる事務所だった。名義変更をはじめ自動車に関する手続きを幅広く扱う、行政書士と公証人を一緒にしたようなオフィスで、かつては、カーディーラーでクルマを買った際も、セールス担当者の指示で、お客みずからこのプラティケ・アウトに行かされた。同じ事務所が、免許の更新業務も行っているのだ。
第3の選択肢は自動車教習所である。プラティケ・アウトの一部を兼業していると考えればよい。イタリアの教習所は、他の欧州諸国と同じく、練習コースをもたない。したがって、かなりこじんまりしている。おかげでといってはなんだが、旧市街の商店街にあることが多い。そのため、ACIや専業のプラティケ・アウトよりも格段に敷居が低い。
なんと近年では、地域の保健所や、一部の民間医療クリニック、さらに一部の旧国鉄系健康保険組合でも免許更新業務を行っているところがある。ということで、少なくとも6カ所で更新が可能というわけだ。
かつてイタリアの運転免許証がピンク色の紙製だったときは、監督官庁の機関から後日郵送されてくる更新済ステッカーを貼り付けていた。そのたび昔、商店街で配られていた◯◯チップの類の台紙を思い出したものだ。
いっぽう今日のカード式では、日本と同様にその都度、新しい免許証が発行される。後日、携帯電話のショートメッセージで通知が来るので、取りに行く。考えてみると、紙製時代のほうが資源節約できていたのでは? と思うのは、筆者だけだろうか。
教習所にお医者さんがやってくる!?
今夏の更新で筆者が選んだのは、ふたたび市内の自動車教習所であった。かつてイタリアの免許に書き換えた頃は、「免許を取得した日から◯年有効」という数え方であったが、今日では「誕生日から◯年有効」に切り替わっている。更新手続きは誕生日の4カ月前から可能だ。
今回筆者は、約1カ月前に教習所へと赴いた。イタリアの更新は、医師による健康診断に始まり、健康診断で終わるといっていい。決められた日に監督官庁指定の医師が教習所にやってくる仕組みだ。受付のスタッフは「明日も医師が来ますが、すでに混んでいます。週後半なら比較的空いているので、待ち時間が少ないですよ」と、PC画面を見ながら教えてくれた。そして彼女は、現在有効の免許証、IDカード、そして持参した証明写真を次々とスキャナにかけた。ちなみに写真の寸法は不問で、スキャンしたあとすぐに返してくれる。
指定された日、まずは教習所が決めた料金109ユーロ(当日のレートで約1万5400円)をクレジットカードで支払う。前述した他の事務所や機関だと、80ユーロ前後で済む場合がある。ただし、待ち時間をはじめとする所要時間は、教習所のほうが明らかに少ない。
参考までに、イタリアの自動車専門サイト「アウトモビル・プントイット」によると、内訳は印紙代16ユーロ、陸運局の事務手数料10.2ユーロ、医師の診察料が60〜80ユーロからという。そこからすると、意外に教習所の手数料は少ないことになる。新しい免許証を郵送してもらう場合は、別途で書留郵便料金が必要だが、筆者は取りに行くことにした。
中二階の待合室に上がってゆくと、筆者と同様「更新にやってきた」という3名が待合室にいた。彼らと世間話をしながら、受付で渡された健康状態のチェックシートにイエス・ノー方式で記入してゆく。やがて予定の時間をちょっと過ぎたくらいに、医師がやってきた。といっても、白衣を羽織るわけでもなく私服のままだ。ドアは開けっ放しである。
筆者の順番がやってきた。彼は健康状態を筆者に聞くが、大半はチェックシートと重複する内容だ。聴力を試しているのだろう。続いて視力検査。日本のような、おしゃもじ状の目隠しは無い。自分の手で片目ずつ隠し、壁に掛かった視力表を読んでゆく。なお、イタリアの視力表は、アルファベットの「E」のような記号がランダムに上下左右へと向いている。
医師はPCにデータ入力したあと1枚の紙を出力して、筆者に手渡した。正式な免許証が有効期限までに届かなかった場合、代用となる証書である。医師の署名があるが、発行元は「社会生活基盤および持続可能交通省」だ。なんのことはない。2021年2月に「社会生活基盤および運輸省」が省名変更したものだ。健康診断が始まってから修了までの所要時間は約5分であった。
船舶免許も、ついでにいかが?
教習所から「免許証の準備ができました」というショートメッセージがスマートフォンに届いたのは、それから12日後のことだった。その数日後、取りに行ったら、残念なことに臨時休業だった。シエナの伝統行事である競馬「パリオ」の日であることを忘れていた。
後日仕切り直して再度赴く。思えば、大半の人が免許取得後に教習所へ戻ることが一生無い日本と違い、イタリアでは免許更新のたび、多くの人が教習所を訪れる。イタリアの教習所は、二輪免許はもちろん、小型船舶免許の教習も行っている所が多い。実際、検診で訪れたときの待合室には、船舶の挙動を示す図が片付けられないまま掲げられていた。自動車の免許更新を機会に、「よっしゃ、次はモーターボートも取得するか」となる。また、子どもなど家族も同じ教習所に通わせるきっかけになる。というわけで、教習所にとって免許更新は、マーケティング的に大いなるシナジー効果をもたらしていると筆者は読んだ。
ところでイタリアのデジタル移行省は、2023年の導入を目標に、スマートフォンのアプリケーション式免許証を開発中という。仮に予定どおり実現したとしても、健康診断はなくならないだろうから、もっとも気軽にその予約ができる教習所の優位は揺らがないであろう。
そのようなことを考えていると、筆者が個人的に長年知り合いの指導員、ガエターノさんが「よう、元気か?」と言って握手してきた。そして「テスラ・モデル3」をはじめ、新規導入した教習車の話で、しばし盛り上がった。このアミーチ(友だち)感覚も、人々が教習所を選ぶ理由に違いない。