ソニーは本気でEVメーカーを目指すのか? 試作車第2弾「VISION-S 02」に込められた真の目的とは
1月初旬、米国ラスベガスで開催された世界最大級のIT家電ショー「CES2022」において、ソニーが再び衝撃的な発表を行った。ソニーは2020年のCES2020でプロトタイプEV『VISION-S』を公開したが、今回はその第2弾として、SUVモデルの『VISION-S 02』を披露したのだ。しかも、2022年春にもEVの販売を検討する新会社「ソニーモビリティ」を設立するという。果たしてソニーは本気でEVを販売するのか!?
2年間の沈黙を破り、ソニー製EV第2弾が登場
実は、個人的にはソニーが『VISION-S』の第2弾を発表するのではないかと予想していた。以前、ソニーグループでAIロボティクスビジネスを担当する川西 泉常務に取材した際、「セダンだけでなく、スポーツタイプなど他の車型へ展開する可能性」を示していたからだ。
しかし、約36分のプレスカンファレンスが進行する中、映画の話やドローンの話はあるものの、VISION-Sの気配はなかなか感じられないでいた。だが、その雰囲気が変わったのは後半8分を切ったときだった。
まず、登壇していたソニーグループの吉田憲一郎社長が「ここでモビリティのメガトレンドをお話しする」と切り出し、背後から出てきたのは2年前の『VISION-S』。「なるほど、VISION-Sの経過報告をここでするのか」と多くの人が思ったはずだ。
しかし、話は違う方向へと向かう。吉田社長は「安全に移動しながらエンターテイメントも楽しみたいという希望に、ソニーは応えられる。(2年前の)発表後、大きな反響を受けて、移動する体験をどのように変革できるか考えてきた」とし、ここで「本日、新しいVISION-Sを披露したい」と述べたのだ。そこからオンラインのカメラは左袖をズームアップし、SUV形状の新たなVISION-Sとおぼしき車両が登場。吉田社長がそれを迎え入れる様子が映し出された。
記者達はその瞬間を逃すまいと多くのフラッシュを放つ。これだけでも記者達の興奮ぶりが伝わってくるが、この日の本当の意味での”真打ち”はこの後だった。
吉田社長は「我々はさまざまな企業から”動”の分野で多くを学んできた。その経験から我々が持つセンサー技術や5Gと、エンターテイメント技術を組み合わせることでソニーはモビリティを再定義するクリエイティブカンパニーになれると確信した」とし、これを加速するため「22年春に新会社『ソニーモビリティ』を設立し、ソニーとしてEVの市場投入を本格的に検討していく」と宣言したのだ。
この宣言に会場は一瞬、静まり返ったが、すぐに我に返ったかのように拍手と歓声が沸き起こった。ソニーは2年前のVISION-Sを発表して以来、一貫して「販売については今のところ検討していない」(前出:川西氏)と述べており、新会社を設立してまでEV事業化を検討しているとは、誰もが想像すらしていなかったはず。それだけにこの宣言には誰もが驚いたことだろう。この後、吉田社長は満面の笑みを浮かべながら会場を後にした。
グローバルで大きく変化する自動車市場がソニーを動かした
本来なら、この後でぶら下がり取材をするところなのだが、残念ながらオンライン取材ではそれが叶わない。ここからはこれまで取材した内容を踏まえ、新会社『ソニーモビリティ』での今後の展開と可能性について解説していきたい。
カンファレンスでは公道走行試験や遠隔操作による自動運転走行などが映像を通して披露され、ソニーがモビリティ事業に対して着々と準備を進めている様子が伝えられた。これらを紹介した上で、プロトタイプの第2弾を発表し、その上で新会社設立の話まで出てくれば誰もがEVの量産化を狙っていると思うに違いない。ただ、見逃していけないのは、ソニーがEVを販売する具体的な話は何ひとつ出ていないことだ。
話が盛り上がっているところに水を差すようで恐縮だが、私はソニーが自らEVの販売を行うことは当面ないと思っている。吉田社長がカンファレンスで強調したのは「ソニーモビリティはAI・ロボティックス技術を最大限に活用し、モビリティの可能性をさらに追求する。我々の知見を活かし、多用かつ革新的なソリューションを世界に提供していく」ということ。この”ソリューションを世界提供”することが今後の重要なキーワードではないかと思うのだ。
ソニーは既にこれらの分野で多くの技術を開発済みで、実際に車両への採用実績も着実に高まりつつある。
ただ、自動車のサプライヤーとして入り込むにはソニーにとって今もなおハードルは高い。ソニーはイメージセンサー全体では60%近いシェアを持つが、車載用だけに絞ると数%にまで落ちてしまう。ソニーとしては車載用としての信頼性を高めるため、自ら車両を開発して試験走行を繰り返すことで高い信頼性を訴えていくことが必須だった。また、ソニーが得意とするエンターテイメントについても具体的なものがあって初めて注目される。そうした認知を高めることがそもそもVISION-Sの役割だった。
ところが公開してみると、VISION-Sがあまりに具体的で仕上がりが良く「ソニー製EV」への関心がにわかに高まってしまった。さらに自動車に対するトレンドがグローバルで大きく変化していることも大きい。欧州委員会が進める脱炭素社会への行動は、世界中を環境対策車の強化へと突き動かしており、これまで対応が遅いとやり玉に挙がってきたトヨタに「2030年までにEVの年間350万台体制」を発表させるに至らせたほど。つまり、こうした市場の変化がソニーとして、EVの事業化を考えさせるきっかけとなったのではないかと推測する。
リスクが大きい中、EV市場にソニーはどう関わるのか
それでも、自動車を家電メーカーが手掛けるにはリスクが大きい。掃除機で知られるダイソンもEV事業計画からの撤退を決めたし、韓国ヒョンデ自動車と手を結ぶとの噂も立ったアップルでさえ、その後の計画は今もなお明確ではない。また、雨後の竹の子のようにEVメーカーが相次ぐ中国でも、高級EVとして参入したバイトンは経営が行き詰まって破産手続きが始まっている。一方で低価格のEVメーカーが中国の地方部を中心に販売を伸ばしているが、ソニーがこの分野に参入するとは思えない。
こうした市場の状況は当然ソニーも熟知しているだろうし、今ここで一足飛びに第2、第3のテスラとなるとも考えていないはずだ。確実なのは、ソニー自身がEVの生産ラインを持つことはないということ。仮にソニーがEVを販売するにしても、現在、プロトタイプの試作を依頼しているマグナ・シュタイヤーなどの会社との協業は避けて通れない。となれば、ソニーモビリティがまず手掛けるのは、これから急拡大していくEV市場の中で、ソニーならではの独自性を出せるソリューションの提供になるのだと思う。仮にソニーがEVを量産化するにしても、こうしたステップを踏んでからのことになるのではないだろうか。
しかも、電動で走るEVはアップデートによって機能改善を行いやすい。加減速だけでなく乗り心地や走行安全性に関わる電子制御サスペンションの設定など、ソフトウエア上で制御できる部分は継続的に改善ができるようになる。これらの対応は当然パーソナライズ化にも応用できる。たとえば、スマホを車内に持ち込めば、自分好みに最適化された状態で発進できるといった具合だ。そこはソニーがもっとも得意とする分野。そんなことをソニーはEVで実現しようとしているのではないか。
果たして近い将来、ソニー製EVが市場に登場するのか、あるいは新たなソリューションを介してソニーがEVで活躍する場が増えてくるのか。いずれにしろ、ソニーがEV市場に本格的に関わることで、EVに対する新たな指標が示されるようになるのは間違いないだろう。