『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第20回 実録・イタリア版ロードサービスのお世話になった話
異国の地での車両故障はスリル満点!? イタリア・シエナ在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載コラム。第20回は、筆者本人によるイタリア版ロードサービスの体験談についてお届けします。
突然、太陽の道で
今回は筆者が住むイタリア、それも同じ州内で、クルマが故障したときの体験談を。
2021年の9月末、イタリア中部トスカーナ州の街アレッツォを女房と訪れた日のことである。1980-90年代のイタリア製小型車「フィアット・ウーノ・ターボ」の愛好会が集結するというのので、それを見に行ったのだった。
天気予報は朝から雨だったにもかかわらず、ときおり太陽も顔を覗かせる空となった。舞台は1997年のイタリア映画「ライフ・イズ・ビューティフル」の舞台にもなったグランデ広場。色とりどりのウーノが約60台も集結。歴史装束の旗振り手によって歓迎を受けた。
万事好調。昼食を済ませてから筆者は同じ州内で約90キロメートル離れたシエナの自宅まで、往路と同じアウトストラーダA1号線・通称「太陽の道」を使い、帰路を辿った。
ところが走行開始から40数キロメートル、つまり帰路行程の半分ほどに達したときである。突如エンジンルームから「パン!」という異音がした。続いて、メーターパネルのバッテリー警告灯がけたたましいアラーム音とともに点灯した。
幸い数百メートル先にサービスエリア(SA)があったので入ることにした。異音発生源をつきとめるべく、とりあえず臭いをくんくん嗅いでみたが、今ひとつ特定できない。15分ほど放置して、再びイグニッションをオンにしたが、やはり同じ警告灯が点灯する。
ガソリンスタンドのおじさんが外にいたので症状を伝えると、「ACI(筆者注:イタリア自動車クラブ。本欄第1回参照)か、保険会社のロードアシスタンスに連絡してみるんだな」と言う。
近年は、SAに限らず整備ブースも持たず、極めて少数の従業員で営業しているスタンドが少なくない。レストアされた古いクルマが外に置いてあり、車好きのスタンド店主がいて「よう、どうした」などと親身に相談に乗ってくれた、なんていうのはイタリアでも過去の話だ。
放置しておいても解決しない。保険会社のコールセンターに電話をすると、400キロメートル以上離れたミラノのオペレーターが出た。ナンバープレートを告げるだけで本人確認は終了。レッカー移動代の約270ユーロ(約3万5000円)は保険で補償されるが、うち35ユーロ(4500円)が免責という。カード払いもできると教えてくれた。
そのあと、今度はアシスタント会社のオペレーターから電話が掛かってきたのだが、もう一度最初からクルマの症状と現在地を告げるのは、それなりに面倒だった。日本のようにすんなりと連携プレーがいかないのが欧州と知りつつも、こういうときは、やはりもどかしい。
さらにアシスタント会社は、地域のロードサービス代理店との連絡に時間を要したようだった。お待たせメロディをひたすら聴かされることになった。後日通話記録を確認すると、たった12分だったのだが、事態が事態だけに1時間近くに感じた。
「ロードサービス到着には、30分程度掛かります」と告げられた。暑さがやや穏やかになった9月で良かった。
いきなりカートレイン感覚?
アシスタンス会社の地元代理店をしているお兄さんが運転する積載車が到着したのは、本当に30分ほど経過してからだった。
原因はエンジンのVベルト破断だった。たしかに、帰路を走り始めてからエアコンがまったく効かなかった。今日は日曜。ディーラーのサービスセンターはどこも休業である。彼らが併設している修理工場まで運んでもらうことにした。
クルマは積載車に載せられた。筆者と女房は、積載車のキャビンに同乗するのかと思いきや、「クルマに乗っていて」と指示された。新型コロナウィルス感染症対策という。
「絶対イグニッションをいじったり、セレクターレバーを操作したりしないでくださいよ」と注意された。
かくして積載車に載ったクルマの上で、筆者と女房は揺られることになった。自分のクルマのドライバーズシートにいながら運転しなくてよいというのは、不思議な感覚だ。
かつてスイスで乗ったカートレインを思い出した。いつも運転していてゆっくり見られない、周囲の景色を、それも高いところから眺められるのも、それなりに新鮮な感覚であった。
電話が鳴るので、とると再び保険会社だった。ただし今度は自動音声で「今回のロードサービスに関して、お客様のご満足度は?」という。アンケートだ。おいおい、まだ終わってないぜ! 相手にせず電話を切った。
ちなみに料金所では、ウィンドーから筆者の通行券とお金をお兄さんに渡しして払ってもらった。やがて、積載車は高速道路を降りて、一般道に入って行った。丘が幾重にも続くトスカーナの典型的な田園地帯である。田舎道、かつ高い位置に乗っている筆者と女房に、容赦ない振動と揺れが次々と襲う。
実は筆者がイタリアでロードサービスのお世話になったのは、初めてではない。最初はディストリビューター故障でエンジンが停止してしまったとき。2回目はクラッチがスコーン!と抜けて走れなくなってしまったときだった。ちなみに、後者のときはラジオの交通情報を聴いていたら「◯◯付近に故障車が止まっています」と放送され、「俺だ、おれだ」と、非常事態に相応しくない感激をしたのを覚えている。
それはともかく、当時はACIにも保険会社のロードサービス特約にも加入していなかった。したがってレッカー代はいずれも全額現金負担だったが、代わりに市内の修理工場までクルマを運んでもらったあと、その足で自宅まで送ってもらえた。
しかし今回は保険の規定で「最寄りの修理工場」が原則だ。あとで調べてみると積載したSAから僅か17キロメートル、所要20分ちょっとだったが、馴染みのないエリアだけに、とても長い距離に感じた。
家まで帰れない!
到着したのは4〜5台の整備ブースをもつ、村の修理工場だった。
見ると、同様にアシスタンス会社のロゴが入った積載車が複数止まっている。日本ブランドのSUVも運ばれてきた。筆者同様、自車内に乗ってきた家族に聞けば、「今日ナポリまで帰る予定」という。
筆者のクルマに話を戻せば、工場長の所見として「即日修理は無理」とのこと。その時点で夕方の5時近くになっていた。近所の農園民宿にでも泊まって明朝帰るか、と思って聞けば、「Vベルトが破断しているばかりか、エアコンのコンプレッサーもダメージを受けているので、パーツを取り寄せる必要がある」という。
ふたたび保険会社に電話したところ、残念ながら筆者の契約では、我が家までのタクシー代は含まれていないことが判明した。最寄りの鉄道駅(無人駅)までは14キロメートル。日曜の夕方、こうした村で路線バスなど期待するのは間違いだ。これも後日知ったことだが、歩くと駅まで3時間かかる。晴天だった空も堪忍袋の織が切れたようで、今にも雨に変わりそうだ。
タクシーを呼んでもらおうにも、雨の日はどんなに待たされるか怪しい。そもそも住まいがあるシエナの料金体系で計算しても最低35ユーロ(約4600円)は必要だし、迎車料金が加算されるから、ほぼ倍額になる。イタリアの郊外というのは、そういうものだ。
筆者が考えあぐねているうちに、工場長は例のナポリ家族が乗ってきたSUVの修理を開始した。医療でいうところのトリアージ(負傷具合によって優先順位をつけ分類すること)である。時計を見ると6時近くになっていた。もう9月末。日の入りまで、あと1時間だ。
ようやく筆者と女房の窮状を察したらしい。工場長は手を休め「よっしゃ、”タクシー”を呼ぼう」と言った。前述の積載車代プラス50ユーロという。何のことはない。さきほどの積載車のお兄さんが自分のアルファ・ロメオで最寄り駅まで送ってくれることになったのだ。
ロードサービスの合間に、タクシーよりも安い料金で運んでくれるのだから文句はいえまい。道中で聞けば、お兄さんは新婚したばかりで、お嫁さんは工場長の娘だった。イタリア度満点の家族経営である。
駅前でお兄さんと別れて、広場を見渡すと、我が街シエナ行き路線バスが出発しかかっているではないか。所要1時間20分だが、列車が来るのは1時間以上も後だ。雨も降り出した。そもそもシエナ旧市街に着いたら、別のバスに乗り換えなければならない。我が家の前を通るバスは夜8時30分が最終である。慌てて飛び乗った。
結局、雨が降るなか、我が家に到着したのは夜9時近かった。
頼れるべきは、やはり……
当時の夜インターネット検索すると、エアコンのコンプレッサー交換は、それをきっかけにクルマを買い換える場合もあるくらい高額という。見積もりが安いことをひたすら願った。
結局、直ったのは5日後だった。費用は円換算にして、なんとか約8万円で収まった。
それはともかく、イタリアでドライブ旅行をする方のために、故障体験で得た教訓3つをまとめておく。
●スマートフォン充電は十分しておくこと。もしくはモバイルバッテリーを持っていること。発生当時、筆者のスマートフォンは残量20%。保険会社との度重なる連絡は女房のものに救われた。
それに関連するかたちで…
●家庭用USBアダプターとケーブルをクルマに入れておくこと。筆者はそれが無かったため、SAや修理工場でスマートフォンを充電できなかった。SAの売店のものは高いし、品切れの場合もままある。
●クレジットカードは2枚持っていること。今回、1枚が読み取りエラー等で使えず、もう1枚で助かった。ただし、これはオチがあった。家に帰ってみると、エラーだったはずのカードも実は決済されていて解決に手間取った。焦っているときほど、明細は慎重に確認すべきだ。
そういえば、修理工場で面白いやりとりがあった。
駅までの足をどうするか困っていたとき、工場長は筆者にこう尋ねた。「誰か地元にアミーコ(友達)はいないか?」
25年もいるおかげでイタリア人の知人は多いが、はるばる50キロメートル以上離れた街から来てくれと、気安く頼める者は思い浮かばない。
しかし、イタリアで友達というのは、そういうものなのだろう。助け合い精神があるからこそ前述のように公共交通機関が貧弱でも終バスがやたら早くても、なんとか生活できてしまうのである。空港ターミナルで、友達に送り迎えしてもらっているイタリア人を見ても、それは納得できる。
毎年保険更新のたび高額で諦めてしまう代車手配付きロードアシスタンス特約。あれはイタリアにおいて「ヴァーチャルのアミーコなのだ」という、妙な結論に至ったのであった。