『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第18回 祝・帰ってきたドイツ人家族! イタリアでどう過ごす?
イタリアに観光客が戻ってきた! シエナ在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載コラム第18回目は、旅先としてヨーロッパで大人気のトスカーナの魅力についてお届けします。ドイツ人もハマるその理由とは?
とある家族のヨーロッパの夏休み
今回は知人のドイツ人家族を参考に、ヨーロッパ人のヴァカンス風景を垣間見ることにしよう。
新型コロナウィルスで大きな打撃を受けたイタリアの観光産業に、回復の兆しが見えている。2021年7-8月の外国人観光客数は、2020年比で32%増になると予想されている(出典:イタリア観光調査機関)。
国別ではフランス、ドイツ、英国そしてスペインからの客が上位を占める。平均年齢は36歳から64歳という。筆者が住むトスカーナ州は、北部トレンティーノ・アルト・アディジェ州、南部シチリア州とともに外国人が旅行先に選ぶイタリア3大州のひとつだ (出典: デモスコピカ)
たしかに筆者の体感でも2021年は、路上で外国ナンバーのクルマを見かける頻度は、前年よりも多い。私には上記の例にぴったりと当てはまる知人がいる。ヴァイハーマン一家は、夫のフランクさん、妻アーニャさん、そして一人息子のルイス君の3人家族である。普段はドイツ北西部の大学都市ミュンスターで、祖父の代から続く石油小売業を経営している。
1300kmの道のりをたった1日で
フランクさんはダイムラー・ベンツ製の多目的トラック「ウニモグ」の熱烈なファンである。2012年には、コレクションの1台である1970年代のモデル「ウニモグ406」に乗って、なんと筆者が住むシエナまでやってきたことがあった。
そのヴァイハーマン一家が、再びシエナにやってきた。今回の足はウニモグでも最近手に入れたフォード・マスタングでもなく、フォルクスワーゲンの最上級SUV「トゥアレグ」だ。
前回会ったときは6歳半で、お気に入りのぬいぐるみをバケツ一杯持参してやってきたルイス君は、もはやギムナジウム(日本における中高一貫校に相当)の生徒になっていた。
彼らによると、ミュンスターからドイツ国内を南下すること約600km。国境を越えてバーゼルからスイスに入り、ルガーノを経てイタリアに入国。全行程は片道約1300kmだったそう。日本でいうと東京−鹿児島間に相当する距離である。
「運転しなくても飛行機があるではないか?」という疑問もわく。しかし、かつて彼らがイタリアでレンタカーを借りた経験からすると、やはり自分のクルマが良いようだ。「そうした用途に供されるクルマは先進運転支援システムが不十分」と指摘する。
途中どこで1泊してきたのかと尋ねると、フランクさんは首を振った。なんと1日で走りきったという。妻のアーニャさんは「アウトバーンが混雑しない朝3時にミュンスターを出発してきたのよ」と教えてくれた。さらに幸いなことにドイツ国内は「速度無制限区間が多いので快適」とルイス君が説明する。
国境越えに関して、新型コロナの検疫などによる渋滞が気になるところだが、少なくとも彼らが通過した国境で実施されていたのは抜き打ち検査だったという。ゆえに、さしたる渋滞もなく事実上ノンストップで通過できたとフランクさんは語る。
アーニャさんに「あなたも運転するのですか?」と聞けば、「運転はもっぱらフランク一人」という。クルマ好き・運転好きの夫を持ったパートナーは楽ちんだ。
ところでイタリアのお土産とは?
今回、彼らの滞在期間は10日間である。音楽院の中庭にあるカフェテラスで軽いブランチを共にすることにした。
フランクさんはビールを注文する。しかしイタリアのブランドではなく、ハイネケンだ。せっかく外国に来たのに、と思って聞けば「(ハイネケンの故郷である)オランダ国境は、ミュンスターからたった100kmだからね」と言って笑った。これは私が知るアルプス以北の人に共通することだが、ビールの銘柄にはイタリア人以上のこだわりがある。
ところで彼らは、筆者が前回会った後も、たびたびトスカーナ各地を訪れていたという。「ほら」と言ってアーニャさんが見せてくれたスマートフォンには、過去に写した各地の写真が保存されていた。
そして今夏も、すでにビーチを含めさまざまな村や町を巡っていた。ベースにしたのは、元教会施設を改装したリゾートホテルだ。
旅行先としてトスカーナに目覚めたきっかけは? アーニャさんによると、それは2001年に遡る。中東旅行を計画していたが、その年に発生したアメリカ同時多発テロ事件により、航空便の運航が取りやめとなった。そこで代わりに目指したのがトスカーナだったという。
テーブルの足元には紙製バックがいくつか置かれている。フランクさんは少し前に生まれた甥のためにベビー服を、アーニャさんはイタリアの革製バッグを購入していた。
ルイス君はナイキのスニーカーを手に入れた。「ナイキは、なにもイタリアで買わなくて良いのでは?」と聞けば、イタリアのショッピングモールは、同じナイキでも品数が圧倒的に豊富なのだと教えてくれた。なお後日、他の外国人観光客に聞いたところ、同じスニーカーのブランドでも「イタリアご当地デザイン」があるのも魅力のようだ。さらに、アーニャさんはトスカーナの赤白ワインとオリーヴオイルも”must buy”だと教えてくれた。
ちなみに前述の服飾品同様、食品は、筆者の知るアルプス以北の知人に共通するイタリア土産である。厳しい冬の間、彼らはそうしたイタリアの味を自宅で楽しむのだ。新型コロナで疲弊したイタリア経済を再生するためにも、彼らにはどんどん買っていただこう。
「次はドイツで」と言ったものの
イタリア半島の中で、なぜ多くの外国人観光客が中部のトスカーナを目指すのかには理由がある。
北部はドイツ語やフランス語も公用語として認められている特別自治州があることでもわかるとおり、今ひとつイタリア感に欠ける。地形も平野が目立つ。かといって南部は遠い。
穏やかな起伏の丘が連なり、かつ中世の趣を残す村々が点在するトスカーナは、彼らにとって格好のヴァンカス地なのである。
公共交通機関はけっして充実しているとはいえない。たとえば州都のフィレンツェからシエナまでの鉄道は、途中単線区間になる軌道車が昼間は1時間に1本しかない。だが、自家用車でやってくる彼らにとって、それはまったく問題ないのだ。
アーニャさんはシエナに来るたび、音楽院の中にある井戸にコインを投げ込む。ローマのトレヴィの泉のような伝説を、少なくとも筆者は聞いたことはない。だが、彼女にとってはヴァカンス中の大切な”行事”だ。
そうした彼らの様子を眺めていると、長年住んで、ときに退屈になる自分の街も「意外にいいじゃん」と思えてくる。同時に、久しく忘れていた長距離ドライブへの夢を、にわかに掻き立てられた筆者は、「次はドイツで会いましょう」と言って一家と別れた。
ただし筆者の場合、幅員が狭く、かつ老朽化して工事箇所ばかり目立つイタリアの無料の高速道路、スーペルストラーダ(制限速度90~110km/h)内がスタート&ゴールとなる。旅の印象は、出発と帰着で大きく左右されるから、これは少なからず問題である。
筆者がぐずぐずしている間に、行動力あるヴァイハーマン一家はミュンスター~シエナ間を、あと何往復かしてしまうに違いない。