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最終更新日:2023.06.14 公開日:2020.12.02

『イタリア発 大矢アキオの今日もクルマでアンディアーモ!』第10回 なぜイタリアではドラレコが普及しない?

イタリア在住のコラムニスト、大矢アキオがヨーロッパのクルマ事情についてアレコレ語る人気連載コラム。第10回目は、なぜ普及が進まない? イタリアのドライブレコーダー事情について。

文と写真・大矢アキオ(Akio Lorenzo OYA)

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筆者に身近なイタリア人で、いち早くドライブレコーダーを装着したヴァルテルさん。アクションカメラにアタッチメントを付けて使用している。

タクシードライバーの9割が強盗被害を経験

他人に自慢できることは皆無の筆者だが、ひとつ信じていることがある。それは「イタリアでドラレコを極めて早く装着した個人ドライバーである」ということだ。

イタリアにおけるドライブレコーダーは2000年代に入ってから、まずタクシーで普及し始めた。それは犯罪対策としてである。

その状況は、近年も変わっていない。イタリアの防犯専門サイト「シクレッツァ・マガジン」の2016年2月記事によると、この国のタクシードライバーの90%もが何らかの強盗被害に遭遇している。

被害額が小額だったため警察による聞き取り時間を惜しんで通報しないドライバーを含めると、割合はさらに上がるのではないかと記事は解説している。そうした由々しき状況ゆえ、ドラレコはタクシードライバーの間から広まったのである。

いっぽう、筆者がドラレコを購入し、イタリアで使おうと思った理由は、何よりも事故発生時の記録の重要性である。住み始めて間もなく知りあった保険代理店の支配人は「とにかく事故現場の写真を撮っておくことだ」と、たびたび教えてくれた。そのため――当時はスマートフォンが無かったため――要らなくなったコンパクトデジカメを車内に忍ばせておくようにした。

その後、イタリア人をバカ笑いさせる会話力はなんとか獲得したが、逼迫した事故現場で100%完璧なやりとりができるかと問われれば過信はできない。ましてや、相手は国境を越えてきたドライバーなのかもしれない。そう考えると、事故の発生状況を的確に記録してくれるドラレコの重要性を感じるようになった。

ところが当時、イタリアでドラレコは一部の社会派自動車雑誌が海外事例として紹介しているくらいで、一般の間ではほぼ普及していなかった。そもそも上述の保険代理店支配人からして「ドラレコって、なんだ?」と聞き返す始末だった。

ダメだこりゃと思った筆者は、東京でドラレコを買ってくることにした。2007年秋のことである。

日本版ドラレコをイタリアで使ってみた

ただし、イタリアに持ち帰って自分で装着できるものでなければならない。インターネットで見つけたのは、ある日本のベンチャー企業製のものだった。今日一般的なドラレコと違い、ディスプレイさえ付いていないタイプだったが、直販サイトによる価格は3万円弱だったのを覚えている。

取付は付属の両面テープによるものだったが、車上荒らしが多いイタリアである。ちょうどその頃、筆者の知り合いのドゥッチョ君は簡易型カーナビを購入したのも束の間、あっさりガラスを割られて盗まれてしまった。

それを聞いてビビった筆者は両面テープで固定する代わりに、強力マジックテープを本体とフロントガラス双方に付け、乗降のたびに着脱することにした。

2007年秋、筆者が東京で購入してイタリアで装着したドラレコ(左)。右はイタリア版ETCである「テレパス」の車載機。

 この日本製ドラレコ、操作は驚くほど簡単なのだが、時差が調整できないため、記録された画像の日付が日本時間のままだった。それでも電源ケーブルを繋げば即作動することから、フランスやドイツでレンタカーを借りるときもたびたび持参したものだ。

見た目以上に頑丈だったことも証明された。あるとき我が家が入居しているレジデンスの3階踊り場から誤って1階ロビーまで落下させてしまったことがあったが、何事もなかったかのように作動した。

そのミリタリー仕様かよと思うほどの頑丈さに心酔して8年後の2015年、同一メーカーの後継機を今度は日本の一般通販サイトで入手した。価格はなんと3980円にまで低下していた。

3階から誤って落下させても無事だった直後の秘蔵スナップ。ガラスとの着脱時にSDカードが抜けてしまわないよう、粘着テープを貼っていた。2013年撮影。

 そして2019年11月、今度は東京の家電量販店でディスプレイ付きを探すことにした。といっても、やはりイタリアではいつ車上狙いに遭うかもしれないから1万円以下のモデルを捜索した。それが現在使用している、筆者にとっては3機めのドラレコである。

時差が調整できるようになったものの、冬時間と夏時間を年2回切り替えるのは意外に面倒だ……と思っていたら、2021年から欧州ではこの時間切り替え制度が廃止されることになった。ひと手間減った。

OTAKUの最新兵器

イタリアにおけるドラレコ普及事情に話を戻そう。筆者が確認した範囲でいえば、この国でようやくドラレコが広く店頭で見られるようになったのは、2019年夏頃からである。それも主に外資系のカー用品店だ。

イタリアのチェーン系カー用品店で。付加価値税が22%と高額なこともあり、左のモデルが139.95ユーロ(約1万7千円)、右のモデルが179.95ユーロ(約2万2千円)と、機能のわりに安くない。2019年7月撮影。

同じ店にて。左(59.95ユーロ。約7300円)は筆者が東京で購入した機種とブランドこそ違えど同じ商品だ。同じ工場で生産されているとみた。雑然とした置かれ方に、販売する側の気合の低さが感じられる。右上は、また別の製品。

 本稿を執筆にあたり、そろそろ家電量販店にも?と思って店頭に出向き確認したが、いまだコーナーは設営されていない。

そうしたなか少し前に知り合ったイタリア人、ヴァルテルさん(1965年生まれ)の車には、この国の個人ドライバーに珍しく、カメラが装着されていた。正確にいえば、レジャー用アクションカメラのドラレコ機能を活用している。

2019年初頭に取り付けたという。なぜ装着したのか聞くと、「事故時に加え、治安が悪い駐車場対策だよ」と教えてくれた。わざわざ日本語を用いてOTAKUを自称する彼の愛車には、自身の企画による特注カッティングシートのデコレーションが全周に施されている。イタリアで極めて稀な”痛車”だ。その作品への保護本能も、ドラレコ導入のきっかけだったのだ。

ただし話には続きがあった。個性的な風貌と対照的に慎重な彼は、「ドラレコ装着前に国家警察(ポリツィア)の県警本部に出向いた」というのである。これには理由がある。イタリアではプライバシー保護のため、公共・民間問わず監視カメラおよび、それによって撮影された記録物の運用が厳格である。たとえば、監視カメラがある場所には記録媒体の管理者名を記したプレートを掲示しなければならない。

そこでヴァルテルさんは、ドラレコも特別な規制が存在するのかと心配になり、確認に行ったというわけである。「結果として、録画した映像を動画共有サイトやSNSにアップロードしなければ、ドラレコに何ら問題はないことがわかったので、装着したんだ」と説明してくれた。

イタリアでは監視カメラの設置場所には、記録媒体の扱い者を明記しなければならない。これは市警察が設置したもの。

ヴァルテルさんがドラレコを導入したきっかけは、世界でただ1台の愛車を防衛するためでもあった。

イタリアでのドラレコ映像の取り扱い

ヴァルテルさんが県警で聞いてきたのと同様、記録内容を公共に晒さなければドラレコが合法であるとの見解は、イタリアの法律専門サイト「ディリット・デル・インフォルマティカ」でも確認できる。

さらに同サイトは、事故の際、証拠となるかどうかについても言及している。要約すると、イタリアの民法において、事故時の複製物や記録は法的な証拠として提出できる。ただし、事故の相手方が認めない場合は、それを採用するかどうかは裁判官に判断する権利がある。また、同様に相手方が不服を申し立てた場合、記録物を提出した当事者は専門家にその真正性の分析を要求することができる。

目下のところ、イタリアにはドラレコを装着しているドライバーに対して保険料の割引といった優遇制度はない。だが今回の執筆にあたり、前述の人物とはまた別の、大手保険会社代理人に確認したところ、「ドラレコはきわめて重要な装備だ。もしすべてのクルマが装着していたら、責任の所在を確定する作業がきわめて簡単になり、保険金の支払いも迅速化するだろう」と語る。

ましてや筆者の場合、もしものとき語学力を補ってくれる大きな助っ人になってくれることは明らかだ。

ところで先日、ドラレコにまつわるサプライズがあった。車検に車を持ち込んだときである。検査終了後にマイクロSDを抜き出して家で見てみると、ライトの光軸検査をはじめ、検査員がどのような仕事をしているのかが子細にわかった。ちょっとした「お仕事図鑑ビデオ」である。同時に、その機敏かつ真面目な仕事ぶりに、いつも所要時間が短い割に高いなーと文句を言っていた自身を反省したのであった。

筆者と現在使用しているドラレコ。物覚えの悪さを補うため、各ボタンの名称をラベルプリンターで印刷して貼り付けた。

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