2代目S130系「フェアレディZ-Tバールーフ ターボ」
S130系の2代目「フェアレディZ」は1978年8月に誕生。9年間で、日本を含む全世界において約52万台という販売台数を記録し、単一形式のスポーツカーとして破られることはないであろう世界記録を打ち立てた初代S30系「フェアレディZ」の後を受けての登場だった。
初代「フェアレディZ」の最大の特徴であった、ロング・ノーズ&ショート・(リア)デッキを初め、さまざまな特徴を引き継いだ2代目。スポーツカーだった初代とは異なり、GTカーとしての色合いが濃かった。画像の1台は、1980年11月に追加されたグレードの「Tバールーフ」にターボエンジンを搭載し、1982年10月に追加された「フェアレディZ-Tバールーフ ターボ」。「トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑2017」にて撮影。松戸市の「昭和の杜博物館」の所蔵車だ。
S130系の2代目「フェアレディZ」は、大記録を打ち立てた初代S30系(記事はこちら)の後を受けて、1978年8月に登場した。大記録とは、9年間で、日本を含む全世界において、単一形式のスポーツカーとして約52万台という販売台数を記録したこと。今後、破られることはないであろう世界記録を打ち立てた初代S30系に続けとばかり、プレッシャーのかかる中での生誕だった。
2代目「フェアレディZ」はロング・ノーズ&ショート・(リア)デッキを筆頭に、ファストバックスタイル、フロントフェンダー前面に配置された丸目のヘッドランプなど、初代の特徴を引き継いではいるが、すべてを一新。
全長を伸張し、特に2+2タイプの後席の居住性を大幅に拡大した。2シーターのスポーツカーから、4人が乗れて快適に長距離移動できるGTカー(走行性能に加え、長距離ドライブが考慮されたタイプ)に開発の方向性をシフトしていったのである。
2代目「フェアレディZ」は1983年8月まで6年間販売され、初代には及ばなかったが、これまた大ヒットとなり、全世界で10万台を販売した。
初代「フェアレディ 240ZG(HS30H型)」。グランド・ノーズを装着しているため、フロント部分が丸みを帯びている。ロング・ノーズ&ショート・デッキなど、2代目は初代のトレードマークである各所のデザインを踏襲しているのがわかる(初代の記事はこちら)。
トランクルームがなく、リアのラインがテールエンドまでつながっているデザインを「ファストバック」スタイルと呼ぶ。リア部分はゲートとなっており、開閉可能だ。
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エンジンは初代「240Z」をさらに上回る排気量に!
エンジンは2.0Lと2.8Lの2種類が用意された
大排気量のエンジンを搭載していることを強調する狙いもあって、2代目「フェアレディZ」は、初代よりもさらなるロング・ノーズ化が図られたという。「Tバールーフ」車は、前列のルーフを部分的に外すことができ、オープンカーとして走れる。ルーフ部分に着脱ラインが見える。
2代目「フェアレディZ」が誕生した1978(昭和53)年は、自動車メーカーにとって受難ともいえる時代だった。まず米国で「マスキー法」が、国内では世界で最も厳しいといわれた「昭和53年排出ガス規制」が施行され、国内外の自動車メーカーのさまざまなエンジンが死に追いやられた。
そして対策を施した改良エンジンや、新規に開発されたエンジンが登場することとなる。しかし、点火タイミングを遅らせるといった方法で何とか規制をクリアーする形となったため、出力が犠牲となった。このエンジン性能の低下の問題や、第2次石油ショックなどの社会的要因から、この時期からしばらくの間は、クルマ好きにとっては「スポーツカー不毛」といわれる時代に突入していくのである。
そんな時代に2代目「フェアレディZ」は2種類のエンジンを用意して登場した。排気量2.0Lの「L20」型と、2.8Lの「L28」型だ。フラッグシップモデルにはL28型が搭載され、「280Z」の名が与えられたのである。
「240Z」のL24型よりも排気量が0.4Lアップし、2代目の新型エンジンなのだから、さぞかし性能もアップしたものと思われがちだ。しかし、排出ガス規制の影響はとてつもなく大きかった。L28型は排気量が増えたにもかかわらず、最高出力はL24型よりも5馬力ほど劣っていたのである。ただし昭和53年排出ガス規制は、当時、世界一厳しい規制といわれた規制。それをクリアーした上で、5馬力落ちるだけで食い止めた開発陣を褒め称えるべきであろう。
どのような対策が施されたのかというと、L20型に関しては燃料噴射装置をキャブレターからEGI(電子制御燃料噴射装置)に変更、三元触媒でクリアーした。L28型も同じだが、1980(昭和55)年3月のマイナーチェンジで、ECCS(集中電子制御システム)に変更された。これにより、燃料噴射、点火時期、EGR(排気再循環)、アイドリング制御などを統合制御する形になり、最高出力が155ps、最大トルクが23.0kg-mに。遂にL24型を上回ることに成功した。
2代目「フェアレディZ」を真正面から。ボンネット・エアスクープ(エアアウトレット)は1981年10月のマイナーチェンジで設けられた。助手席の前にのみ、NASAの前身のNACAが開発したNACAダクト型のエアインテークがある。
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遂にターボ化が実現した!
待望のターボ搭載車はモデル末期の1982年に登場
2代目「フェアレディZ」を後方から。ターボモデルは独自の外観を備えており、わかりやすいのが上下の2本出しデュアル・マフラー。当時、ターボモデルは国内市場で熱望されており、登場するや否や、話題の中心が「280Z」からターボ車に移ってしまったという。
スポーツカーの宿命として2代目「フェアレディZ」も、オーナーやファンらにより、さらなるパワーとトルクを求められていった。ターボ化が望まれたのだ。そして、最後のマイナーチェンジとなる1982(昭和57)年10月になってL20型をターボ化した「L20ET」型エンジンを搭載したグレードが遂に設定された。
ターボ車は、3代目へのフルモデルチェンジまで残り11か月という時期(3代目「Z31型フェアレディZ」は1983年9月に登場)に登場した。その理由は、どうやらスポーツカーにターボエンジンを搭載することに、当時の運輸省(現・国土交通省)が慎重だったためらしい。
今回撮影した2代目「フェアレディZ」は、1980年11月のマイナーチェンジの際に北米市場の要望に応えるために設定された「Tバールーフ」グレードをベースに、LE20ET型ターボエンジンを搭載した「フェアレディZ-Tバールーフ ターボ」だ。型式に関しては、社団法人自動車技術会(現・公益社団法人自動車技術会)が毎年発行している自動車諸元表の1983年版で確認したところ、「GS130」型とあった(ただし、別の古い資料によれば、「KS130T」型というものも確認できた)。
ターボ車は専用の外観となっており、中でもわかりやすいのが縦のデュアル・マフラーと、2ピースのアルミホイール、そして国産車としては初となる、扁平率60%の超ワイドタイヤなどだ。
デュアル・マフラーを見やすいよう、左斜め後方から。ホイールは当時のものではない模様。
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「Tバールーフ」車は「西部警察」で大活躍!
「Tバールーフ」車はあの団長の「スーパーZ」のベース車!
2代目「フェアレディZ」を真横から。ボディはモノコック構造だ。「88」とは、「トヨタ博物館・クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑2017」でのゼッケン。
走行シーン。一般的にはラジエター冷却用のグリルがあることが多いフロント部分が、完全にシールドされていることに加え、ボンネットの曲面に「理論曲面」が採用されたことから、空気抵抗値は初代「フェアレディZ」の0.465から、0.385まで大きく改善されたという。
最後は、テレビドラマでの2代目「フェアレディZ」の活躍にも触れておこう。
日本のTVドラマで、今後、これほどの規模のカーアクションは撮影できないだろうといわれているポリスアクション「西部警察」。シリーズ途中から、渡哲也扮する主人公の刑事・大門圭介団長の専用車となるのが、「スーパーZ」だ。「スーパーZ」は、今回撮影した「Tバールーフ ターボ」がベース車両とされている。ドアがセミガルウィング仕様に大改装されており、劇中で大活躍した。懐かしく思う方も多いのではないだろうか。
「Tバールーフ ターボ」のスペックは以下の通りだ。
【スペック】
名称:日産「フェアレディZ-Tバールーフ ターボ」
年式:1982年
全長×全幅×全高:4620×1690×1305mm
ホイールベース:2520mm
トレッド(前/後):1395/1390mm
車重:1270kg
サスペンション(前/後):ストラット/セミトレーリングアーム
ブレーキ(前/後):ベンチレーテッド・ディスク/ディスク
最高速度:時速180km
【エンジン】
型式:L20ET型
種類:水冷直列6気筒SOHCターボ
排気量:1998cc
最高出力:145ps(106.6kW)/5600rpm
最大トルク:21.0kg-m(205.9N・m)/3200rpm
ミッション:5速MT(3速ATもあった)