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道路・交通最終更新日:2023.06.20 公開日:2023.04.23

青信号に従っていても起きる交差点事故|長山先生の「危険予知」よもやま話 第17回

2022年8月に逝去されるまで、JAF Mate誌の人気コーナー「危険予知」を監修されていた大阪大学名誉教授の長山先生。本連載は、誌面掲載時に長山先生からお聞きした本誌では紹介できなかった事故事例や脱線ネタを紹介しています。

話・長山泰久(大阪大学名誉教授)

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青信号に従っていても起きる交差点事故

編集部:今回は住宅街の交差点を渡ろうとしている歩行者側からの問題です。手前から斜め横断気味に渡るケースで、よく見かけるケースです。でも、青信号で渡っていて、車に轢かれそうになるなんて、想定外ですね。

長山先生の「危険予知」よもやま話 第17回|問題写真|くるくら

矢印

長山先生の「危険予知」よもやま話 第17回|結果写真|くるくら

長山先生:そこが今回の問題のポイントで、横断歩道を青信号に従って横断していれば歩行者の安全も確保されていると思いがちですが、残念ながら歩行者の安全が完全に守られているとは言えません。歩行者用信号が青でも、同じ向きの車用信号も青なので、青信号で右左折してくる車のドライバーが歩行者を見落としてはねたり、接触することがあるからです。

編集部:それが今回のケースですね。

長山先生:そうです。今回のように歩行者が交差点の左側を横断する場合、右前方から右折してくる車、さらに右後方から左折してくる車との関係が問題です。今回とは逆に交差点の右側を横断する場合、左前方から左折してくる車と左後方から右折してくる車に注意する必要があります。

編集部:要するに、交差点を渡る際は横断歩道上で絡む可能性がある右左折してくる車に注意しておく必要があるということですね。でも、今回のように正面から曲がってくる車は見えますが、後方から曲がってくる車に注意するのは難しいですね。

長山先生:そのとおりで、右前方あるいは左前方から右左折する車は視界に入りやすいので、歩行者としては対処しやすいと考えられますが、右後方または左後方から来る車については、視界に入りづらいうえ、その存在を考えに入れて横断している人は少ないので、よけいにドライバーのミスが事故に直結してしまいます。

編集部:逆に今回のように正面から曲がってくる車はお互い視界に入りやすいぶん、まさかドライバーから見落とされているとは思わないかもしれません。

長山先生:そうですね。そこが落とし穴と言えます。高齢者のように足元を気にして下を向いて横断している人は、曲がってくる車に気づかない可能性がありますが、正常に前方に目を向けて横断している歩行者には、車の存在は視界に入って気づいているはずです。しかし、問題は車のドライバーも歩行者の存在に気づいているかどうかです。両者が気づき、相手の行動に適した行動を自分も取らなければ事故になってしまいます。

編集部: なるほど。自分が気づいているからと言って、必ずしも相手も気づいているとは限らないということですね。でも、今回のように車にはピラーの死角があることを歩行者で知っている人は少ないでしょうね。

ドライバーのミスを補う”防衛歩行”も重要?

長山先生:そうですね。特に免許を持っていない人の場合、そのような死角があることを知っている人はほとんどいないでしょう。でも、それを知っておき、自分が見落とされている可能性があることを考えておくことが重要です。

編集部:たしかに「ドライバーも見てくれているだろう」と、まったく注意せずに渡るのと、「もしかして見落とされているかも?」と注意しながら渡るのでは、だいぶ違いますね。

長山先生:そうです。今回の問題を見た人の中には「ドライバー側が注意すべきことで、歩行者が注意することではないし、注意しようもない」と思う人もいるかもしれませんが、ドライバーも人間で、ミスを犯すこともあります。また、歩行者や自転車が横断歩道に急に走り込んでくるような場合、ドライバーが注意していても発見や対応が遅れるケースもあるでしょう。ドライバーが交通弱者である歩行者に注意すべき点は間違いありませんが、防衛運転と同じで、状況によっては歩行者側がちょっと注意するだけで相手のミスを補い、結果として事故を減らすことも可能になるので、歩行者の人もその点を意識してほしいものです。

編集部:ドライバー側に”防衛運転”が必要なように、歩行者側にも”防衛歩行”が重要になるのですね。本誌の「危険予知」では何度もピラーの死角を取り上げていますが、日頃あまり運転していない人の中には、ピラーの死角をあまり意識していない人が多いのではないでしょうか?

長山先生:昔、左折する車の内輪差による巻き込み事故が問題になり、車社会全体が左折時の危険を重要視して教習所などで教えることで左折事故が大幅に減少しましたが、ピラーの死角については具体的に教わる機会は少ないでしょう。どのような場面で危険が生じるのか、いつも注意していて、具体的な事例を数多く知ることが大切です。私は右折時の右側はもちろん、左折するときの左側のAピラーの死角、右カーブが長く続くとき、右側のAピラーの死角で対向車が隠れてしまうことが気になります。

編集部:ピラーの死角もそうですが、先ほど先生が例に挙げた「交差点に走り込む危険な行動」は、その危険性を知る機会がない、運転免許を持っていない人に多いのでしょうか?

免許を持たない歩行者ほど事故に遭いやすい。

長山先生:そのとおりです。ドライバーとして運転している人は、自分の経験からどんな状況でどんな行動を取ると危険であるかよく知っているので、歩行者として事故に遭う確率は低いのですが、免許を持っていない歩行者は事故に遭う危険性が非常に高いことが明らかになっています。下のグラフが以前調べた結果で、年齢・性別にかかわらず、免許の有無で事故の起こりやすさには明確な差があります。免許を持っていない人は持っている人に比べて、「徒歩」では3.5~8倍、「自転車」では4.4~7.9倍も危険性が高くなっています。

【グラフ:免許有無別にみた10万時間移動当たり死傷者数】

長山先生の「危険予知」よもやま話 第17回|グラフ01|くるくら

長山先生の「危険予知」よもやま話 第17回|グラフ02|くるくら

※グラフは大阪府下交通事故データと1990年第3次京阪神エリア・パーソントリップデータ(調査対象者の1日の移動手段別時間データ)から徒歩時間・自転車時間、年齢、免許有無、死傷者数を合体して分析。免許有無別、性別、徒歩・自転車別に10万時間移動した場合に起こり得る死傷者数を算出し、図表化した。

編集部:移動手段別の時間データというものがあるのですね。

長山先生:そうです。人によって歩行時間や自転車に乗る時間はまったく違うので、単純に免許の有無別だけで事故に遭いやすいかどうかの比較はできませんが、このデータがあれば、条件を同じにして正確な比較ができます。移動時間をベースにして交通事故の露出度を明らかにした分析は初めてのものでした。

編集部:私も免許を取ってからは急な飛び出しなど、危険な行動が減りましたが、やはり免許の有無は大きいのですね?

長山先生:そうですね。ドライバーは運転をする時には「安全―危険」を意識し、また「危険予知・予測」を学習していますが、免許を持っていない人は、歩いたり、自転車に乗る場合に「安全―危険」についてあまり意識していないのではないでしょうか? その意味で免許を持たない歩行者や自転車運転者に対しても、「安全―危険」の意識を持たせるために積極的に「危険予知訓練」を行い、具体的にどのような場面・事態が危険であるかの認識を高める必要がありますね。

編集部:「危険予知・予測の学習」で”防衛歩行”が身に付くのですね。ちなみに、歩行者として交差点を渡る場合、事故を避ける具体的な防衛歩行のテクニックはありますか?

ドイツでは小学校で教わる”アイコンタクト”

長山先生:以前にも話しましたが、交差点などでは「アイコンタクト」が重要です。

編集部:相手と目と目を合わせてお互いの意思を確認する「アイコンタクト」ですね。

長山先生:今回の場合、右折車が動いていると、なかなかアイコンタクトまで取るのは難しいですが、相手が停止していれば、相手の顔がピラーの陰に隠れて見えないことは分かるはずです。相手の顔が見えていないなら、当然相手の意思も判断できませんよね。

編集部:そうですね。「本当に気づいて止まってくれるのか?」不安ですね。

長山先生:安全に行動できるかどうかは、関係する相手と自分が双方ともに気づき、相手の行動を正しく読み合って初めて成り立つものです。たとえお互いの存在に気づいていても、ちゃんと目と目を合わせて意思を確認しないと「相手が待ってくれるだろう」と勝手な思い込みをしてしまい、事故になる危険があります。ドイツでは、小学校2~4年生が対象の『交通の世界』という交通教育読本の中で、下の写真を使って”Blickkontakt”(英語ではeye-contact、日本語ではアイコンタクト)を教えています。2つの写真はほとんど同じように見えますが、1つ重要な違いはどこでしょうか? と問いかけるものです。

長山先生の「危険予知」よもやま話 第17回|『交通の世界 第2巻 質問と理解』(『ドイツ自動車連盟(ADAC))|くるくら

ドイツ自動車連盟(ADAC)が作成した『交通の世界 第2巻 質問と理解』より(Welt des Verkehrs Ⅱ fragen und verstehen)

編集部:上の写真ではドライバーが子供を見ていませんが、下はちゃんと見ていますね。子供もそれを知ってか、横断歩道に踏み出していますね。

長山先生:そうですね。この写真では分かりにくいですが、上の写真では女性ドライバーだけでなく、子供も全然違う所を見ているのに対して、下の写真は、お互いに相手を見て、お互いに目と目を合わせ、ドライバーが自分に気づいて譲ってくれたのがよく分かったうえで横断を始めるのです。このテキストには、「アイコンタクト」のほかにも交通場面の写真から相手の意図を読む練習をさせたり、イラストの中から注意深い人とそうでない人を探させる課題もあり、相手の心を読む(意図を読み取る)ことの大切さを教えています。

編集部:「アイコンタクト」と聞くと、つい目線を合わせればいいと思いがちですが、相手の意図を読み取ることが目的なのですね。それにしても、写真の車(古いフォルクスワーゲン・ビートル)を見ると、ドイツの交通安全教育の歴史の深さを感じますね。

『JAF Mate』誌 2016年5月号掲載の「危険予知」を元にした
「よもやま話」です


【長山泰久(大阪大学名誉教授)】
1960年大阪大学大学院文学研究科博士課程修了後、旧西ドイツ・ハイデルブルグ大学に留学。追手門学院大学、大阪大学人間科学部教授を歴任。専門は交通心理学。1991年4月から2022年7月まで、『JAF Mate』誌およびJAF Mate Online(ジャフメイトオンライン)の危険予知コーナーの監修を務める。2022年8月逝去(享年90歳)。

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