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クルマ最終更新日:2017.04.19 公開日:2017.04.19

マルティン・シュタットフェルト ~スピード狂の奏でるバッハ~

グルーヴ感のある軽快なピアノ

 ゴールデンウィークも近づき、ドライブの予定を組んでいる方も多いでしょう。運転中のストレスを鎮める作用があったり、大切な人との車内の雰囲気を素敵に彩るには、クラシック音楽がおススメです。今回は中でも、「疾走感」という意味でドライブミュージックに最適な、異色のピアニストをご紹介します。

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1980年ドイツ・コブレンツ生まれ、37歳の気鋭ピアニストMartin Stadtfeld。クラシック界の”イケメン”ピアニストとしても人気が高い。@Marco Borggreve

 マルティン・シュタットフェルトは、2002年に国際バッハ・コンクールで優勝した。22歳の史上最年少にして、14年間第1位受賞がなかった後の第1位受賞者、また同コンクールで優勝した初のドイツ人として、世界中の注目を集めた。本格的なピアニストが長く途絶えていたドイツに、彗星のごとく現れた新しい才能である。

 その2年後、2004年に「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」で、ソニー・クラシカルからCDデビュー。あのグレン・グールドとマレイ・ペライアという、2大巨匠によるゴルトベルク変奏曲の名盤をもつソニー・クラシカルから堂々肩を並べてデビューするということ自体が、彼の非凡さを物語っている。

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グレン・グールドの再来か!?

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新しい才能の誕生を世界に知らしめたセンセーショナルなデビューCD「バッハ:ゴルトベルク変奏曲」(ソニー・クラシカル)

 ”天才ピアニスト、グレン・グールドの再来か!?”
 ”デビュー盤が一瞬にして本国ドイツのクラシック・チャート1位を記録!”

 当時、話題で持ちきりだったデビュー直後の彼に、コンサートの演奏後にインタビューしたことがある。

 ひょろりとしたスレンダーな肢体に、スーツと白のスニーカーをまとって現れた彼は、はにかんだ笑顔にまだ少年っぽさを残す、素朴な青年といった印象だった。

 「木登りが好きだったし、近所の子とまったく変わらない子供でしたよ。今はピアノが思いっきり弾けるから、田舎の家におばあちゃんと一緒に住んでいます」。

 当時の彼を取り巻いていたクラシック界の華やかさとは、対極の素朴な環境。そんな自然に恵まれた子供時代が彼の感性を豊かに育てたことは間違いあるまい。商業主義とは距離を置いて、思索と内省に浸れる精神的な環境がドイツにはある。

 「グールドは偉大だけど、特に影響を受けた訳ではありません。あまりにも弾きこんで自分のものとしていたので、デビューはゴルトベルク以外には考えられなかったんです」

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スピード狂の奏でるバッハ

 もちろん、シュタットフェルトの紡ぎだすゴルトベルクは、グールドとはまったく違う現代的なバッハだ。確かな技巧を土台とし、自在にオクターヴを変え奏でられる自由な旋律。それは、きらびやかな光が降り注ぐコンサートホールの天上に、何かが舞い降りてくる情景をみるようだった。

 そして、その軽快なテンポ!フィニッシュへ向けて聴衆を高揚へと導く感覚は、まるでグルーヴ?クラシックを超えた表現力を感じさせる理由はどこから来るのか、と考えているとその予感は当たった。

アウトバーンを飛ばして演奏会へ

 「はい、スピード狂です(笑)。車の運転が好きで、ドイツ国内の演奏会だったらアウトバーン(高速道路)を飛ばして駆けつけちゃいますね。実は来週アウディの新車が届きます」嬉しそうに目を輝かせる姿は、車好き青年以外の何者でもなかった。

 ピアノがこんなにも透明でグルーヴィーなものだったのとは・・・クラシック音楽を聴かない人にも是非、手にとってほしい1枚だ。

 ザルツブルク音楽祭に出演し、ウィーン・フィルなど名門オーケストラと共演し、世界的な演奏家と成長したシュタットフェルトは、バッハからウィーン楽派~ロマン派(シューマン、リスト、ワーグナー、ブラームス)へとレパートリーを広げている。

 そして今年のはじめに、最新アルバムを発表した。

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曲の合間に即興曲が

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「ショパン+」はソニー・クラシックから発売中。

 2017年1月に発売された初のショパンアルバム「ショパン+」だ。

 メランコリックな抒情派のショパンと、曲の緻密な分析を行う冷静なシュタットフェルトという対極ともいえる取り組みである。期待と不安を抱いて聞いてみると、彼がショパンの曲の合間に自作による即興曲を挿入するという、斬新な試みを行っていることに驚かされた。作曲家の作品を絶対的と考えるクラシックファンからは賛否両論ありそうだが、アルバムを流していると、自分の中にある「クラシック音楽」という既成概念がいつしか壊れ、解放される心地よさを感じるのだ。曲の合間に短いイントロを挟むことでアルバム全体にトータルイメージをもたせようとする、R&Bなどのアルバム作りの手法のように、ひとつの分野にとどまらないクロスオーバーな広がりが彼の作品にはある。

 イントロや合間に流れる即興曲は、ショパンの世界を損なうことなく、情感を高めることに成功し、独自の作品に昇華させてしまっている。ショパンでありつつシュタットフェルトの作品であるという、新しいショパンアルバムの誕生である。

エクスタシー・ミュージック!?

 「音楽はぼくにとって、エクスタシーです」と、彼はいう。

 不眠症のカイザーリング伯爵を慰めるために作られたというゴルトベルク変奏曲も、彼の手にかかれば、眠るどころか意識が覚醒してエクスタシーへのミュージックドライブをはじめてしまいそうだ。

 どちらのアルバムも、クラシックファンでない方にも楽しめる美しいピアノ・アルバムである。小気味のいいピアノのリズムと車の疾走感が一体となる快感(エクスタシー)を体感してほしい。

2017年4月10日(JAFメディアワークス IT Media部 荒井 剛)

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