ガソリンベーパー問題の最前線を特集。(2/4)
「なんちゃってエジソン」で、体当たりの実験や地道な調査をこなしてきたあのライター横内が帰ってきた!
今度は、かっこいいジャーナリストを目指して、社会問題や世の中の気になる新たな動きに、取材で切り込んでいきます。
国に先駆けて、1978年からガソリンベーパー対策に取り組んできた神奈川県を取材!
公用車として燃料電池車も保有する神奈川県。今回お話を聞いたのは神奈川県環境農政局環境部大気水質課交通環境グループでリーダーを務める久喜玄一郎さん(左)と、大気水質課課長の加藤洋さん(右)
ガソリンベーパーの何がそんなに問題なのか? そして、具体的な対策とは? ガソリンベーパー問題の最新情報を4部にわたって掲載。すべてをつまびらかにしたいと思います! この2部では、ガソリンベーパー問題に積極的に取り組んでいる神奈川県を取材しました。
黒岩県知事が中心となり、ガソリンベーパーへの法規制を国に積極的に働きかけ。
ここは神奈川県庁。今回、取材に応じてくれたのは、神奈川県環境農政局環境部大気水質課交通環境グループ。リーダーを務める久喜(ひさき)玄一郎さんと、大気水質課全体を取り仕切る課長の加藤洋さんです。現在の大気水質課には、交通環境グループの他、3つのグループがあり、総勢28名で公害対策にあたっているそうです。
神奈川県は、埼玉県、千葉県、東京都や5つの政令指定都市(横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、相模原市)と連携し、「九都県市」として広域的課題に取り組んいます。中でも大気環境の保全対策については、「九都県市あおぞらネットワーク」として、さまざまな活動をしています。その神奈川県において、交通にまつわる公害対策を担当する課が神奈川県環境農政局環境部大気水質課です。
神奈川県の環境対策の歴史は古く、国会が「公害国会」として社会を賑わせていた、1970年頃にさかのぼります。
「ちょうどこの頃に現在の大気水質課の前身にあたる、公害対策事務局が発足しました。その後、国の法律に先駆けて県の公害防止条例を施行。当時、国の大気汚染防止法では、大気の汚染のみに着目しているのに対して、神奈川県の公害防止条例では排ガス、排水、振動、騒音にも着目し、すべてを総合的に審査して事業者に立地を許可するという制度を整備しました。その後、1978年には、この仕組みの中で、ガソリンスタンドでガソリンを荷卸しする際に排出するガソリンベーパーも規制の対象としました。実は大気汚染防止法は、今でもガソリンスタンドは規制の対象としていないんです」(加藤課長)
「1978年当時はガソリンベーパーという言葉ではなく、ガソリンベーパーを含む揮発性有機化合物(VOC)ということで規制対象とされました。神奈川県では2014年から黒岩知事が中心となり、ガソリンベーパーに対して法規制をするようにと国に積極的に働きかけてきました。とはいえ、車の公害問題というのは、ひとつの県で頑張っていてもあまり効果が期待できない。そこで黒岩知事が九都県市としてガソリンベーパーの包括的な規制を国に訴えることを提案し、九都県市でまとまって、対策の必要性を働きかけることになりました。その実務を担ったのが、九都県市あおぞらネットワークなのです」(久喜さん)
県庁大会議場で開催されたガソリンベーパーを考えるシンポジウム。平成26年1月29日開催(写真提供:神奈川県)
ガソリンベーパー対策の動き1。車の保安基準が一部改正。
ガソリンベーパーの問題には、ガソリンスタンドでの荷卸しや給油時に揮発するケースと、自動車の走行時や駐車時に大気中に排出されるケースがあります。
アメリカでは対策として「ORVR(※)車」(※オーアールブイアール:Onboard Refueling Vapor Recovery)が義務付けられています。これは、給油時に拡散するガソリンベーパーを車側で吸引してキャニスタ呼ばれるバッファータンクに戻し、それを燃料として再利用する仕様や、走行中・駐車時に発生するガソリンベーパーを回収する装置を搭載した車のこと。
日本でも今回(平成30年)、このガソリンベーパーの問題解決に向けて、大きな3つの動きがありました。
1つ目は、車の保安基準が一部改正されること。キャニスタと呼ばれるガソリンベーパーを溜め置くバッファータンクの大きさが、これまでの1日分の容量から2日分の容量にするよう、保安基準が改正されます。具体的な改正時期などは未定ですが、今回の保安基準改正の前段階である「自動車排出ガスの量の許容限度」(昭和49年環境庁告示第1号)の一部改正が、環境省より発表されました(2018年6月5日に環境省より発表)。先述のアメリカで義務付けられている「ORVR車」の仕様になるわけではありませんが、車から大気中に排出されるガソリンベーパーの量は減ることになります。
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他の対策はどんなもの?
ガソリンベーパー対策の動き2。ベーパーの排出を防ぐ給油機を業界として推進。
そして、2つ目は、ガソリンスタンド側の対策について。環境省の中央環境審議会で、業界関係団体からのヒアリングなどを踏まえた議論がなされた末、ついに国の方針が固まったことです。
「車側では、キャニスタを大型化してガソリンベーパーの排出対策が強化されることになり、一方で、給油時にガソリンベーパーを大気中に排出しない仕組みを備えた給油機をガソリンスタンドで設置することが、業界全体として推奨していくと決まりました。これは、今回発表された対策の中では大きな試みです。私たちもこの動きに合わせて、ますますガソリンベーパーの対策に力を入れていきます」(加藤課長)
具体的には、ガソリンスタンドのオーナーに対して、給油機の入れ替えのタイミングでガソリンベーパー対策が施されている最新の給油設備を導入してもらえるように説明したり、導入に当たってのメリットの数々をピーアールしていくそうです。
ガソリンベーパー対策の施されている給油設備ならば、臭いを抑えられるだけでなく、後述の認定制度により環境に配慮したスタンドであることをアピールでき、さらには、液化回収タイプであれば資源を有効活用できるなど、様々なメリットがあるので、これまで以上に認知・普及に取り組んでいくとのことです。
こうした資料を使いながら、事業者に対して、ガソリンベーパーの問題とその対策を啓発している(資料提供:神奈川県)
一般のガソリンスタンド利用者に対しては、まずガソリンベーパーとは何かについて知ってもらうために、理解しやすい動画をつくりホームページなどで公開している(資料提供:神奈川県)
国や各自治体、石油業界、工業界とも、ガソリンベーパー対策について、その必要性を理解していたものの、具体的にどんなことをすぐに始めるべきかについては、長い間意見の相違がありました。しかしながらこのたび、
1 保安基準の一部改正 → 車側の対策
2 ガソリンベーパー対策を施した給油機の普及→ガソリンスタンド側の対策
において、国や自治体、各業界団体の意見の相違を乗り越えて合意形成ができたことは、大変意義深いことです。神奈川県をはじめとした、あおぞらネットワークの働きかけが実りました。
ガソリンベーパー対策の動き3。「大気環境配慮型SS 認定制度」の導入。
そして3つ目は環境省・資源エネルギー庁による「大気環境配慮型SS 認定制度」の導入です。これは、ガソリンベーパーを回収する性能があると確認された給油機を設置しているガソリンスタンドが対象になります。認定を受けたガソリンスタンドには認定証とロゴマークが交付され、対外的にも積極的にガソリンベーパー対策に取り組んでいるガソリンスタンドであることをアピールすることができます。
この他、環境省や経済産業省で推進しているエコ・ステーションの普及も、ここにきて節目を迎えています。車を取り巻く大気汚染の改善に向け、対策や取り組みが今年に入ってから今まで以上に前進しています。
実際にはどうやって回収するのか?は次回紹介します。
2018年6月29日(ライター 横内信弘)