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ライフスタイル最終更新日:2016.10.13 公開日:2016.10.13

台風襲来!そのときダムは!?

台風などによる大雨のとき、ダムがどういうはたらきをしているのかはあまり知られていない。今回は台風が接近する中、ダムの管理所にお邪魔して、大雨との戦いの一部始終を取材した。

●今月のオススメダム
下久保ダム(重力式コンクリートダム/埼玉県児玉郡神川町・群馬県藤岡市)
主堤体と副堤体が直角に接続された、全国的にも珍しい構造のダム。洪水調節や上水道・農業・工業用水の供給、発電など多くの目的を持つ。ダムを使った地域おこしにも積極的で、多彩なイベント開催で全国のダムを牽引する。

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関東地方の重要な水源のひとつ

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水不足で水位は通常よりだいぶ低い

→次ページ:台風の最中のダム管理所に潜入!

台風の最中のダム管理所に潜入!

ここは埼玉県と群馬県の境を流れる神流川に造られた下久保ダム。平成28年8月22日、台風9号が関東地方を目がけて北上している、そんな最中にダムの管理事務所にお邪魔させてもらい、大雨のときにダムが下流の町を守るため、どんな働きをしているのかを取材させてもらえることになった。

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1Fには資料室があって自由に見学できる

台風の進路が関東地方を直撃する予測が出ていたため、下久保ダムは前日の夕方から「注意態勢」に入っていた。「注意態勢」とは言っても特に慌しいことはなく、洪水警戒態勢に入りそうなとき、通常時より河川の流量に注意を払いましょう、という意識を共有するのが主な目的だ。

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いきなり操作室へ!

午前8時30分、管理所の始業と同時に、職員さんが1枚の紙を持って事務所から上のフロアにあるダム操作室へ向かった。手にした紙は気象協会から午前8時に届いた、この後の神流川流域の降雨量予測だ。そこに記された、今後1時間ごとの予測雨量のデータを、ダム操作室にある端末に打ち込んだ職員さんの声に緊張が走った。

「あ、500立方メートル超えますよ!」

データを打ち込み終わった端末の画面には、今後の予測降雨量とそれに伴うダム湖への上流からの予測流入量が、棒グラフと折れ線グラフで表示されていた。それによると、昼過ぎから夕方にかけて雨がピークとなり最大降雨量は13時から14時の1時間におよそ30ミリ。8時現在は毎秒13立方メートル程度のダム湖への流入量も、午後になってから右肩上がりに増え、19時頃に毎秒500立方メートルを少し超えるというシミュレーション結果だった。

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これがふだんは見ることができないダムの操作卓だ!

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大雨の際は降雨予測が送られてくるたびに流入量の予測をする

通常、下久保ダムは、上流からの流入量が毎秒500立方メートルを超えると洪水調節を開始する。洪水調節とは、上流から流れ込む大量の水をダムに貯め、下流には安全な量だけを流す運用だ。

ただし、取水制限となるほどの水不足の影響で貯水池の水位は通常よりかなり下がっており、降雨予測から考えると、流入量が増えたとしても放流せず、水不足解消のためにほとんど貯め込むことになるのではないか、とのことだった。何しろ、貯水池の水位は洪水調節で使用する放流ゲートよりも数メートル下なのだ。

台風が直撃しそうなダムの管理所という、貴重な現場の取材に来た身としては、災害が起こらず無事に台風が通り過ぎてくれることを願いつつ、しかし洪水調節の放流まで行ってほしい、という複雑な心境だった。

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台風が迫る!果たして雨量は!?

午前9時。先ほどの降雨予測の影響もあるのか、下久保ダムは洪水警戒態勢に入ったという。とは言っても、所長さんが全職員を集めて「これより洪水警戒態勢に入る。総員配置につけ!」みたいなことはなく、事務所の上階にある操作室は静かで、その隅に座っていた僕はあとになってからそのことを知ったくらいだった。もしかしたら階下の事務所では関係各所に連絡したり、慌しかったかも知れない。

突然、操作卓の横に設置された端末から声が流れてきた。さいたま新都心にある水資源機構の本社と、利根川流域の各ダムの操作室を繋いでいるテレビ会議システムだという。各ダムとの回線チェックのあと、それぞれのダムの状況と今後の見通しを話し合っていた。特に、下久保ダムより貯水率が高く、予測降雨量も多いダムがあるらしく、このあと洪水調節の放流を行うことになりそうだ、といったやや緊迫したやりとりがなされていた。しまった、取材先を誤ったか。

別の端末の画面に表示された気象庁のレーダー雨量を見ると、ちょうど東京上空に強い雨を表す赤い雲が渦を巻いていた。しかし埼玉県と群馬県の境にある下久保ダムはまだ風も弱く、弱い雨が静かに降っていた。

そのまま時刻は10時を過ぎた。職員さん同士の連絡、情報共有もひと段落し、事務所内は落ち着いていた。雨は昼過ぎから夕方にかけて激しくなりそうで、上流からダム湖への流入は19時から20時頃がピークとの予測。台風は着実に近づいてきているけれど、操作室は待ちの状態。

11時を過ぎると、雨がやや強くなってきた。風も少し出てきて、操作室の窓から見えるダム湖が霧に煙る。

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霧に煙る神流湖

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台風、逸れる!

11時に気象協会から送られてきた降雨予測データを予測システムの端末に入力したところ、なんと降雨量が大幅に少なくなり、最大流入量が毎秒500立方メートルを大きく下回った。台風の進路を確認すると、太平洋を北上してきた台風は、相模湾で急に進行方向を東よりに変え、いつの間にか房総半島に上陸していた。台風は中心より東側で強い雨が降る傾向にあるため、進路が東に逸れたことで、利根川水系のダムでは強い雨が降る可能性が低くなったのだ。

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朝より予測がかなり下回ってきた

今年初めての洪水調節になるかも知れない、と早朝から台風を待ち構え、放流まで行かなくても大量の水を貯め込んで水不足解消だ、と意気込んでいた職員さんのテンションは、後ろから見ていても分かるくらいに落ち込んだ。

とは言え本体の雲がかかるのはこれからだ。まだ緊張感を緩めることはできない。しかし腹が減っては戦はできぬ。本当は籠城するつもりでおにぎり等を買い込んできたのだけど、雨足もそれほど強くないので近くの道の駅にダムカレーを食べに行った。

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と思ったらダムカレーが好評のため第二弾、ダムラーメンが登場していた

→次ページ:台風、過ぎ去る

台風、過ぎ去る

12時を過ぎると雨はだいぶ強くなり、管理所の窓に雨粒が叩きつけられる音が聞こえるほど風も出てきた。13時になると雨粒が大きくなり、風に飛ばされてかなりの荒れ模様だ。上流からダム湖への流入量は若干増えてきたものの、まだ毎秒20立方メートル未満。雨も風もピークを迎えつつあるように感じるけれど、操作室内はほとんど動きがなく、静かに時間が過ぎていた。

ちなみに、もし洪水調節で放流を行うことになると、まず下流の河川に人がいないかなどを確認する巡視に行き、川沿いに何ヶ所か建てられた警報局のスピーカーから放流の警報を鳴らす。その後、河川管理者(国土交通省や都道府県など)、下流自治体、警察と消防、そして下流のダムや堰の管理者などに連絡を行い、放流設備の点検を行って、放流開始となる。

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警報局のイメージ(下久保ダムのものではありません)

放流量は流入量を見ながら計算して、急な水位変化が起こらないよう10分ごとに放流ゲートの開度を調整。下久保ダムの場合、最大放流量は最大で毎秒800立方メートルに決められていて、流入量と貯水池の空き容量、下流の水位、降雨予測データなどを分析しながら、上限を上回らないように、かつ貯水池の空き容量をもっとも効果的に使えるように放流を行っている。

過去、下久保ダムでもっとも流入量が多かったのは、平成11年8月14日の熱帯低気圧による大雨で、最大で毎秒1500立方メートル以上の水が押し寄せたという。

そういう白熱した現場、いつか取材したい…!!

14時を過ぎると強風が吹き荒れ、常に雨が窓に叩きつけられる状況となった。ここで、上流にある発電用のダムが放流を開始するという連絡が飛び込んできた。比較的珍しいので見に行きたいけれど、道の状況がどうなるかわからないのでじっと我慢。

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台風の置き土産を発見!

15時頃、雨は相変わらず強いものの風の音が静かになってきた。その後、16時になると風はパッタリ止み、とうとう雨も小降りに。どうやらこの付近には大きな被害が出ることなく、台風は過ぎ去ったようだ。ここで、上流と下流に巡視に出るというので同行させてもらった。川の水はチョコレートのような色だったけど、下久保ダムからはほとんど放流していないので、下流の流量はそれほど多く感じなかった。

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巡視に出発!

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下流は異常なし!

続いて貯水池上流へ。ちょうど神流川がダム湖へ流れ込む部分までやって来ると、濁流がものすごい音を立てて目の前を流れていた。大雨のときに川の近くに行ったことがなかったので、個人的には目の前で見た過去最大流量だったかも知れない。あとで調べてみると、このときダム湖に流れ込む水の量は毎秒200〜300立方メートルあったらしい。

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轟音を立てながらダム湖に流れ込んで行く濁流

洪水調節開始の流量である毎秒500立方メートルには遠く及ばないけれど、これだけの水を受け止め続けているダムという施設のスケールの大きさに、改めて舌を巻いた。

上流にも異常はなかったが、管理所に戻る途中に台風の置き土産でものすごい光景に出くわした。下久保ダムと、ダム湖である神流湖を包み込むように巨大な虹が架かっていたのだ。

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放流は見られなかったけど粋なお土産をもらった

というわけで、台風9号襲来にともなう下久保ダムの対応は、ほぼすべての流入を貯めて翌日午前9時に洪水警戒態勢が解除されたことで無事に終わった。洪水調節に達しなかったとは言え、台風が近づく中、洪水警戒態勢に入っているダムの管理事務所の中からのレポートは過去にほとんどなく、我ながら貴重な体験だったと思う。多くの人は気にしていないと思うけれど、大雨が降るたびに、こうしてダムと管理所の職員さんは人知れず戦っているのだ。

ちなみに、台風9号の翌週に迷走しながらやってきた台風10号でも、下久保ダムは洪水警戒態勢に入り、しかも流入量が毎秒500立方メートルを超えたうえ、洪水調節で放流も行ったという。その日は別の仕事が入っていて取材に行けなかった。なかなかうまくいかないものだ。

ダム写真と文=萩原雅紀

●1974年東京都生まれ。偶然出会ったダムの魅力に取り付かれ、98年から本格的にダムの撮影を開始。以降、ライフワークとして「ダムめぐり」を続ける。著書に写真集「ダム」、「ダム2」など。ダム人気の火付け役となった。これまで訪れたダムは400か所以上。最新刊は「ダムに行こう!」(学研プラス刊)

→【バックナンバー】これまでの「絶景!ウワサのダムめぐり」を見る

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