2022年07月13日 09:30 掲載

クルマ リアウイングの無いレーシングカー、プジョー9X8がWECモンツァでデビュー

2022年7月10日に行われた世界スポーツカー選手権(WEC)の第4戦モンツァ6時間レースで、プジョーのレーシングカー9X8(ナイン・エックス・エイト)がデビュー戦を飾った。9X8が2021年7月に発表された時の姿は衝撃だった。なんとレーシングカーに不可欠なリアウイングが無かったのだ。そして1年間の開発期間を経てデビュー戦に登場した姿はどのように変わったのか? その変化をモータースポーツライターの大串信が解説。

文・大串信(モータースポーツライター)

1年前のリアウイング無しの衝撃

決勝スタート後の1コーナーに入るプジョー9X8

決勝スタート後の1コーナーに入るカーナンバー94のプジョー9X8 写真=プジョー

 2022年7月第1週、イタリアのモンツァ・サーキットで開催された世界スポーツカー耐久選手権(WEC)シリーズ第4戦モンツァ6時間レースのル・マン・ハイパーカー(LMH)クラスに、プジョー9X8が実戦デビューを果たした。1年前の202178日、新たにWECへ参入するため開発したプジョー9X8が公開されたとき、モータースポーツ界は騒然とした。というのも、高性能レーシングカーには不可欠なアイテムだと考えられてきたリアウイングを備えていなかったからだ

 レーシングカーが、空気の力を応用して走行中の性能を引き上げるようになったのは1960年代のこと。それ以来、空気抵抗が増す反面ダウンフォースが生じて走行安定性が向上するアイテムとして、ウイングはレーシングカーの基本的な装備として定着した。だが70年代後半、車体下面と路面の隙間を流れる空気を用いてダウンフォースを生み出すグラウンドエフェクト効果が実用化されると、ダウンフォースをグラウンドエフェクトに任せ、空気抵抗を減らすためにウイングを廃すことはできないか、という技術的な挑戦が繰り返されるようになった。しかしどれも目立った成功を収めることはできなかった。

 ウイングを装備していないプジョー9X8の詳細構造はまだ明らかではないが、パワーユニット(ガソリンエンジン)とハイブリッドパワー(電気モーター)を合わせて実用最高パワーが700PSを超えるレーシングカーが、パワー相応のダウンフォースを得ないまま走行するのは事実上不可能と考えられていた。プジョー9X8 発表当初は、プジョーの技術陣が何かこれまでにない方法でウイングを補うだけのダウンフォースを生み出すことに成功したのか? それとも話題作りのためにウイングを取り外した状態で発表はしたものの、その後開発熟成テストを進めればやはりウイングを廃すことは無理であることが判明し、結局はウイングを装備して実戦デビューするのか? 1年後のデビュー戦までにさまざまな観測が為されたものだった。

発表時の9X8のボディ後端

発表時の9X8のボディ後端。ステーなどでボディから独立したリアウイングは存在しない 写真=プジョー

 昨年の発表後、プジョー9X8は非公開の場で開発熟成テストを繰り返し、少しずつボディワークに改良を受けていった。この過程で、ボディ各所に小さなフィンが追加されたほか、リアカウル後部左右に発表時には存在しなかった小型のウイングが設けられていることが2022年5月に発表された写真で確認できた。しかし、最終的には昨年と同様にメインとなる大きなリアウイングが設けられないままの姿で、デビュー戦が行われるモンツァ・サーキットに現れた。

デビュー戦仕様のプジョー9X8

デビュー戦仕様の9X8を後方から撮影。黄色い模様の入っている部分が追加された小型リアウイング 写真-プジョー

BoPの見直しが繰り返される2022年シーズンWEC

 プジョー9X8が参戦したのはWECの最高峰クラスと位置づけられるLMHクラスで、ライバルはトヨタGR010、グリッケンハウス007 LM、アルピーヌA480ギブソンとなる。昨年新たに導入されたLMHクラスではトヨタGR010が圧倒的なパフォーマンスを発揮しル・マン24時間レースを含むシリーズ6戦で全勝を遂げた。

 これを受けてシリーズを運営するFIAは、2022年度のWECでは車両毎のハンディ(BoP=バランス・オブ・パワー)を見直し、トヨタGR010には昨年より重いハンディを課した。これも影響したか、セブリングで開催された今シーズン開幕戦ではアルピーヌA480が優勝。しかしスパ・フランコルシャンでの第2戦と第3戦ル・マン24時間ではトヨタGR010が逆襲して優勝した。

 そしてシリーズ第4戦モンツァにプジョー9X8が参戦するにあたって、FIABoPを新たに見直した。まずプジョー9X8については、最低重量が1079kg、最大出力は515kW(約700PS)、1スティントでの最大エネルギー量は909MJとした。対するトヨタGR010は最低重量が1kg増やされ1071kg、最大出力は7kW増の513kW(約697PS)、1スティントの最大エネルギー量は7MJ増の905MJとなった。

 ここまでならほぼ同等ではあるが大きく異なるのは、フロントに搭載しているモーターを起動できる最低速度(デプロイメント・スピード)で、トヨタは開幕時から190km/hとされているのに対し、プジョー9X8150km/hとされた。つまり150km/hから190km/hの速度域ではプジョー9X8が前輪も駆動してパフォーマンスアップできるのに対し、トヨタGR010 はエンジンのみの後輪駆動車として闘わねばならないということになる。FIAによればタイヤサイズを考慮した設定だということだが、トヨタGR010にとってはきわめて重いハンディである。


いざデビュー戦
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